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私は弱くて傷つきやすくて、人に何か言われると
私は弱くて傷つきやすくて、人に何か言われると 相手を恨んだり、憎んだり、呪ったりしてしまう悪いクセがあります。 自分でも良く無いから改めたいし 何を言われようと気にしない心がほしいのですが 一体、どうしたらそうなれるのか 自分を変えたいんです だれかアドバイスおねがいします
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>何を言われようと気にしない心がほしいのですが一体、どうしたらそうなれるのか 気にしない心なんてもてる人は恐らくいませんし、基本的な性格も変えられません。 どの人もみんな弱虫です。あるとすれば、強く見えているだけです。 ただ、強く見えるのは、気にした後の心のケアを無意識に体得しているからだろうと思います。 あなたに合うかどうかはわかりませんが、一つの方法としては、自分を客観視するもう一人の自分を作ることです。 1。誰かに何か言われる。 2。深呼吸です。 3。自分を客観視するもうひとりの自分を登場させる。 4。まず、気にしていることをそのもう一人の自分が確認する。 5。どの程度怒っているか計測する。過去の怒り方とくらべてもいいでしょう。 6。怒ってもいいけど、冷静に怒ろう、そういう趣旨の言葉を自分に投げかけます。 通常、ここまでやると、怒りはそれほどでないことに気がつきます。我を忘れたまま怒ると、怒りそのものが怒りを増幅させるんです。少なくとも、客観視することで冷静さをある程度は保つことができると思います。問題なのは我を忘れる(客観視できない)ことです。 7。そして、今、やるべきことに集中する。集中できなければ、もう一度、1~6を繰り返す。 8。これで多くの場合、なくすことはできなくても、かなり弱めることができるのでは?と思います。 ちなみに、なくせなくてもOKです。無理になくそうとしない方がいいです。怒っている自分も自分であることを認めてあげて下さい。それから、つき並みな言い方ですが、あなたを怒らせる言動が多い人は注意ができないような人なら、避けられるようであれば、極力避けてもいいと思います。また、注意ができる人には積極的に注意して、あなたの周囲の環境をあなたが過ごしやすいように変えて行く努力をするのも一法です。
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- sazaesan1111
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心の優しい、まともな家庭で育った方なのでしょう。 そういうまともな人が、この不景気な社会に出た時、特に修羅場をくぐりぬけてきた人が、羨ましいとか、八つ当たりで、意地悪な言葉でおとなしい人を標的に不幸にしてやろうと思っている人が大勢います。 でも、最後の最後に幸せをつかむのは意地悪をされて我慢した経験のある人ですよ。これは長年生きてきて私にまつわる周りの人達の今の人生の姿を見て思いました。 そういう人はどこへ行っても同じことをしていますので、人の恨みを買い続け、結局自分のしてきた事が全て自分に帰って来ているのですね。おとなしい人を絶対にいじめない事はとても大切な事です。 なので、傷つき、何も言わず我慢して、怨んでしまうのも人間なので、仕方はないですが、その人たちはほっておくだけで、それ相応の人生を歩まれるので安心してください。 自分を変えるのも一つの考えですが、気にしないほど図太くなるには今から相当の苦労をしないと難しいようです。それより沢山の仲間や友達をより増やすのもいい方法です。 大変だとは思いますが、頑張って日々すごしてくださいね。あなたは悪くないのですから。
お礼
ありがとうございました とても勉強になりました 心から感謝します
私の経験からアドバイスします。 「何か」を言われている自分を、特別だと思わないことです。 言っている人も、その周囲の人も、同じように、人から「何か」を言われて成長してきた経験があるのです。 人は、自分の経験したことしか他人に伝えられません。 自分に投げかけられる言葉は、他の人も誰かから言われた言葉です。 そう思ってから、N0.1さんの >「そういわれる自分」に目を向けてみてください。 を実践してみてください。 「気にしない」のではなく、「言葉面だけを捉える事をやめる」「その言葉が投げかけられた理由を考える」と言うことの方が、あなたのためになると思いますよ。 その結果、相手の言葉に納得出来なければ、恨むことも、憎むこともあります。 それは、仕方のないことです。
お礼
言われる人間は、私だけじゃないんですよね。 そう、私はすっかり視野が狭くなって 自分だけが言われる特別な人と思い込み 自分を嫌っていたような気がします。 自分だけじゃないと、わかっただけでも 大変な収穫です。 ありがとうございました
- tomban
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>何を言われようと気にしない心がほしいのですが一体、どうしたらそうなれるのか それは「心を失う」ってこと。 傷ついたり、呪ったり、恨んだりするのが人間なんだよ。 良いとか悪いとかの問題じゃないんだ。 だからその逆…好きになったり、許したり、理解する、ということを、今よりももっと強めればいいんだよ。 それも人間だからこそ出来ること。 好きになれることを好きになり、愛せる人を愛し、理解したいことを理解するようにすれば良い。 それはそうそうすんなりと出来ることじゃないから、その中でいつも自分と戦っていくことになる。 戦うことで物の見方が広くなり、答えを導き出しやすくなってくる。 そうなると、自然と人が許せるようになってくるんだよ。 好きになって裏切られ、愛した人から憎まれ、理解が浅くて人を傷つける…でも「それでいい」んだから、怖がらないことだよ。 人の心は大きいんだから。
お礼
すごく深いお言葉、ありがとうございます >傷ついたり、呪ったり、恨んだりするのが人間なんだよ。 そう言われてみれば、そうですね。 もっと愛や理解の幅を広げてみようと思います >その中でいつも自分と戦っていくことになる。 >戦うことで物の見方が広くなり、答えを導き出しやすくなってくる。 >そうなると、自然と人が許せるようになってくるんだよ。 そうですか。ではこれから、とことん自分と戦ってみます そして堪忍袋を広げることができたら。頑張ります!
- asdfasdfas
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一見何だと思うかもしれませんが、「本を読むこと」です。 普段本は読まれますか? 本にはたくさんの生きるヒントがあります。 今のあなたにぴったりの一冊がきっとあるはずです。 自分を成長させることが大切です。 自分の心が大きくなれば、誰が何を言おうと気にならなくなります。
お礼
本は大好きです^^ 自己啓発本ですか? 今朝、この回答を読み さっそく今日「内在神への道」を買いました。 ちょっとマニアックでドン引きされそうな本ですが、 人生観が変わるはずだとススメられて買ってみました。 なにかオススメの本がありましたら教えてくださいね ありがとうございました
- LOTUS18
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人に何か言われた 時に 相手ではなく 「そういわれる自分」 に目を向けてみてください。 言われた言葉が 相手の単なる八つ当たりなのか ムッとするということは的を射た意見なのか 冷静にそういう区別をして考えると 悪いと思われることは直すヒントになるし 八つ当たりなら受け流すことができるし という感じで 思考が柔軟になります。 あとは 言葉の通じない場所に行くとか 入ったことない場所に行くとか 知らない人ばかりの集団に入るとか 必要以上に自分のことを考えられない場所に 身をおく経験をしてみることです。 弱くて傷つきやすいのは いろんなことに経験不足だからです。
お礼
朝早くに回答していただき有り難うございます >そういわれる自分」 >に目を向けてみてください。 私にも原因はあるでしょうね。 そうでなければ何も言われないはずと信じたいです。 しかし人間は悲しいかな 「あなたの、ここを治してほしい」 などと言葉で言えない代わりに 態度や表情、または「バーカ」などといった幼稚な一言に、 気持ちを置き換えて表現してきます。 そして私が自分の非に気付くまで そんな間接的な行動をし続けますね。 私はひたすら、考えます。 「なぜ、怒ってるんだろう」 「自分でも気付かないうちに失礼なことをしたのかも」 「誰かがウソを言いふらしたのかしら?」 「私が幸せそうだから妬ましいのかな」 「なにか勘違いして、私のせいにしてるかも」 こう色々と考えを巡らせても 気持ちを言葉でハッキリ言われない以上は 断定はできないんです。私だって霊視が出来るわけじゃないし。 人間にはテレパシーなんか無いんですもの。 言わなくても解るだろう、なんて思ってほしくないですね。 だから そういわれる自分に目を向けるのは もうヤメました 人の顔色を伺ってばかりになります。 そこで私が悟ったことは そういう人達を反面教師にして 人に改めてほしい面が有るなら やんわりと言葉でキッチリと伝えようと思いました。 そうすれば お互いに余計な我慢が必要なくなりますからね。
お礼
気にしない ではなくて その後が大事だったんですか >また、注意ができる人には積極的に注意して、あなたの周囲の環境をあなたが過ごしやすいように変えて行く努力をするのも一法です。 そうですね。ごもっともですm(_ _)m この回答を何度も読み返して そして自分なりに頑張っていきます ありがとうございました