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親からの虐待経験:小中学生時代の叩かれる日々
- 私は小中学生の間、親に毎日のように叩かれていました。しかし、最近の虐待のニュースや経験談を読むと、それは虐待とは言えないのではないかと疑問を持つようになりました。
- 日常的に叩かれることがあり、家に入れてもらえなかったり、辱められたりしていました。しかし、自分が虐待を受けていると思っていたが、他の虐待の経験と比べるとそれほどひどいものではないと感じるようになりました。
- 私の経験は躾の範疇に入るのか疑問です。叩かれることや辱められることはある程度受け入れるべきなのか、それとも虐待として問題なのか、どこが線引きなのか判断に悩んでいます。
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貴方が親を信頼しているかどうか、です。 大人になった貴方が、困ったとき苦しいとき悲しいときに、親に頼りたいと思えるなら、それは虐待ではないと思います。 実際に頼りになるかどうかではないですよ。 子供が困っていたらなんとかしようと必死になる親だから、あえて頼らないのと、最初から助けてくれるわけないと諦めているのとでは全然違いますから。 生活の面倒さえ見ていれば、それで親の義務は果たしていると考える方も多くいらっしゃいますが、私個人としては、親の最大の義務は「子供に信頼されること」だと思っています。 それをせずして叩くなら、それは親の躾ではないですよ。 言葉通り、家畜としての躾です。 貴方の親は、いざというとき自分の身を投げ出してでも貴方を守ってくれると信じることができますか? イエスなら大丈夫。貴方は虐待なんてされていません。 でも、ノーなら…他人がなんと言おうと、やっぱり虐待だと思います。 その場合、間違えないで欲しいのは、他のときに優しくしてくれても虐待は虐待だということ。 親がのべつまくなしひたすら子供を苛め続けるのは珍しいんです。大抵、機嫌の良いときは優しくて、機嫌が悪くなると子供に暴力を振るいます。 「生活の面倒を見ているのだから、親は子供を殴っても良い」とか「愛情があれば殴っても良い」などと思わないで下さいね。 虐待された人は、それを認めたくなくて、なんとか状況を肯定しようとします。 そして「殴られたけど、でも…」と必死に親の良いところを探して「虐待じゃない」と思い込もうとします。 しかし、そうやって肯定してしまうと、一番恐い「虐待の連鎖」が始まってしまうんですよ。 「殴られたのは自分が悪いからだ」「つまり悪い子供は殴って良い」 絶対にそんなふうに思っちゃダメですよ。
お礼
ありがとうございます。 信頼しているかしていないかといわれれば、していません。 あえて頼らないのでも、諦めているのでもありません。私にとって親は頼ってはいけない存在です。 「虐待の連鎖」怖いです。こんなにかわいい我が子をあんなに叩いたり蹴ったりすることが あったらと思うと本当に怖いです。