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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:石棺の蓋に刻まれた仏像)
石棺の蓋に刻まれた仏像
このQ&Aのポイント
- 奈良県天理市から桜井市にかけて南北に伸びる山辺の道を歩いてきました。長岳寺には古墳の石材を利用して作った弥勒大石棺佛がありました。
- 金屋の石仏も古墳石棺を利用して作られたものだそうです。
- このように古墳の石棺を利用して作った石仏はほかにも例はありますか。なぜ古墳の石棺を利用して石仏を作ったのでしょうか。古墳があらされて石棺がむき出しになっていたのでしょうか。お考えをお聞かせください。
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- tanuki4u
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回答No.3
- goo-par1732
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回答No.2
- tanuki4u
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回答No.1
お礼
回答ありがとうございます。 なるほど、播磨には石棺が多いのですね。 それはすなわち古墳が多いということで、古くから栄えた地方だったということでしょう。 山辺の道の近辺ももう、古墳だらけです。 また石材の産地であったのですね。 姫路城にも石棺が使われているんですか! 今度探しにいきたいです。 鎌倉時代の新田開発でたくさんの古墳が破壊されたのですね。 しかも木棺は少なくほとんど石棺であったと。 >先祖の墓を取り壊すことによる「たたり」を恐れた。 これはあると思います。 日本人の怨霊信仰というのは相当根深いと思いますので。 能とかほとんど怨霊の話なのだそうですね。