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霊感
小学5年生の息子が、家で何度か妖怪や幽霊を見たと言います。 外見なども詳しく話してきます。嘘をつくような子ではないので心配です。 そんなものいないとはっきり言ったのですが「本当に見た」と繰り返します。 霊感って本当に存在するのでしょうか?
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こんなところで霊感の虚実を問いかけても答えは出ませんよ。 肯定する人もいればまったく否定する人もかならずいますが、あなたはそのどちらをどうやって信じるのでしょうか? テレビなどでもさんざん霊能力を取り上げる番組が多数ありましたが、それらをあなたも今まで見たり聞いたりされて信じていない訳でしょう。 年齢も性別もどこのだれかもわからない人の意見をあなたは聞き入れられますか? 霊感などは本人が体験しない限り本当に信じることはできません。 私も子供の頃からいろいろ体験しましたが、それを他の人に話しても全く信じるひとはいませんでした。 あなたも他人の意見を聞く前にあなた自身の子供さんの話を信じてあげたほうがよっぽど人間らしいと思いますが…。 子供さんも小学五年生にもなっていれば充分物事の善悪の判断はついている年齢です。 信じてあげれば良いと思います。
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- chupaku
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うちの子もちょうど五年生位から見えだしましたよ。 その力はどんどん進化していきましたが、お子さんが大変ですから、お子さんの様子をみながら、今後は霊の世界を拒否して、一切無視して過ごすか、 親も協力して、心身共に、勉強していくかを考えられた方が良いでしょうね。 でも今後、たとえ何か力を貸してくれると言われても、一切信仰宗教には関わらない方が良いです。
有りますよ。私は幼い頃から見えていました。 ぬいぐるみに人の霊が付いているのが見えて、父が霊能士に相談したら、自殺者の霊がついていました。 特に幼い頃はよく見えます。 信じてあげてください。
根拠は何?と聞かれると困ってしまいますが、霊感って存在するかも知れないですね。 そう言う私は予知能があると言われますよ。
- h1r0s13
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心の透明な人には見えます。 僕のお父さんが亡くなって一年が過ぎようとしていたころ、田舎に帰り、仏壇の前に座りました。 「親父が死んで一年経ったか、今頃どうしているのかな… 」と思って、小さな蝋燭に火を灯しました。すると、二度三度とその小さな炎が、仏壇の天井まで燃え上がりました。 「あれっ、おっかしいな、何でなんだろう」と後ろを振り返りました。すると、右手の縁側のガラス戸から二個の球体がすり抜け、僕の後ろをゆっくりと浮かんできて止まりました。 その瞬間、誰だか分かりました。 「親父か… 」 「するとこの方が親父の守護霊さんなのか」と分かり、お父さんより前にいる球体を見ました。 その方は直径40センチ位の丸い透明な球体でした。その側にいるお父さんの球体は、やや赤みがかかった直径30センチの、やはり透明な親父の球体でした。 「でも死んで一年だもんな、しかしよく透明な球体に成ってるな、成仏してたんだなあ…」と思い部屋の真ん中に浮かぶ二個の球体を見つめていると、二個の球体は、左手の襖の中に消えて行きました。 母は、襖の向こうで寝ていました。きっと夢の中で親父と話をしているんだなあ、と思いました。 僕は何度か幽体離脱をしたことがあります。その時の状況は、横になり目を閉じた瞬間に起こるようです。 嫌なノイズが聞こえた後、四次元以降の天空に昇ります。そこには幾つもの村々や街々がありました。 これが皆様のいう霊界です。 更に上昇していきますが、このとき分かったのは三名ほどの守護霊さまたちです。僕が昇りきれない処まで、腰を持って引っ張っておられる感じがするのです。 鮮明に記憶に残っているのは、天の童子たちに囲まれた時でしょうか、本当に可愛い、絵にも描けぬ美しさでした。不思議なことにまだこの世で会ったこともないのに、知ってるというか、どこか懐かしいなあ という気持ちが沸き起こってきました。 そして今回の旅の最終目的でもあった、ある方とお会いすることが出来ました。その方は、誰もが知っている方ですが、あえてお名前は言いません。本当に完璧な美しさでした。 背後の守護霊さまから、「またお会いできるから良く覚えていなさい」との言葉でしたから、現在でもはっきりと覚えています。よくよく拝見していたら、「あれっ、俺は何を見ているんだろう」という肉体の表面意識が出てきて、ぱっちりと目が開きました。 その帰りしな、そのお方は「にこっ」と笑われました。 それからまた仕事に戻ったのです。何ともいえない清々しい気持ちになっていました。 まだまだ不思議なことがあったのですが、これ位にしておきます。 ご参考になれば幸いです。 ついでながら、私は何の宗教も信じてはいません。 じゃあ、 ・
- evekisa
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存在するのか分かりませんが、見たと言っているなら見たのでしょう。 蜃気楼のようなものです。無くても見えるのです。 今度見たときにすぐ呼んでもらったらどうでしょうか?
- kasumimama
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いるかいないかと言えば… 見える人にはいる。 見えない人にはいない。 信じている人にはいる。 信じていない人にはいないという回答でしかないと思います。 そして私は 存在するという回答になりますね。 ただ小学生の子に 嘘かどうか本当の所は本人しかわかりませんよね。 それにもしも本当に見えているとしたら、いないと言ってしまえば その子の気持ちはどうなるんでしょう。 肯定しなくとも否定することはないと思います。 本当に見えているとしたら、否定されるとすごく孤独になりますし… 不安がっているのですか? もし不安がっていたり怖がっているのであれば、 「そう、見えたの…じゃぁあっちいけ!!っと言いなさい 怖い怖いと思うと余計に来るからお前なんて無視だ!っと ぼくの方が怖いんだ!っと強く思いなさい」っと 言ってあげる方がいいかなと思います。 詳しく本当に見えている様子であれば、気休めですが 毎日綺麗に掃除を行う、毎朝きちんと空気を入れ替える 怖い時は音楽をかけたり、手拍子でもいいし、大声で歌を歌うでも良いしとにかく音を鳴らす。 後は盛り塩 これは自然の海の潮で。海の水は清める効果がありますので食塩ではダメです。 質問者様が見えないのであれば、それは存在しないと思って当然ですし 信じないのも全然おかしくありません。 でも見えてしまう人にとっては見えているのだから存在するのですよ。 よくそんなのウソだと肯定する方がいらっしゃいますが、 見えてないのに肯定も出来ないでしょう? 気持ちの問題、幻覚、そういう人もいるでしょう。 ですがすべてを化学やいろんな事で証明出来るものばかりではありません。 見えている物を信じる事はしなくてよいですが、否定するのはやめてあげてほしいなと思います。 それは幻覚だとしても、本人は見えているのでしょうから。