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マスコミの国民審査の対象となる裁判官の情報があまりに少ない気がするが・・・・
今回の選挙でも、毎度の事ながら、又、国民審査が併せて行われます。皆さんは、投票所に行くまでに、国民審査の対象になる裁判官の過去の仕事ぶりの知識を、どの程度把握されて投票されていますか? 私は、心掛けている積りですが、対象者(今回は9人)全員の合否を確定出来て投票に望めた事が未だ有りません。 今回の8/30の選挙でも、又、一緒に「国民審査の対象となる裁判官」への合否を問われるわけですが、衆議院選挙の報道は、ミーハーなものまで含めてやたらに有るのに、特に今年は、裁判員制度初年度と言う重要な年の国民審査に対する、啓蒙や解説、過去の問題、今後の課題などの番組枠があまりにも少ない気がします。 国民審査の結果は、ダイレクトに裁判員制度と関わりは無いかも知れませんが、過去の冤罪などを生んだ土壌は、最高裁トップやそれに近い人達のスタンスで捩じ曲げられたのではないかと思える裁判事例を報道された記憶が有ります。 更には、政治家の選挙後の影響や結果ばかりが言われますが、選挙後の政治が健康的であるか否かにも関る要因の一つに国民審査も含まれると思うのです。 その現状の賛否を問う大事なこの時期なれば、国民審査対象裁判官のこれまでの裁判内容と判決、その後の推移や結果など、国民が自己判断できる報道を一層の力を入れてするべきと思うのです。 新聞では最低限はありますが、それとても、感心を呼起こす紙面作りとは思えないし、ましてや、TVはNHKを含めても選挙日前日までに1回有るかどうか??有ったとしてもニュースショー番組の一画を即席に割り当てた感しか有りません。 独立した番組での特集や解説があってしかるべきだと思いますし、この時期だからこそ専門家と一般人を交えた討論番組などが有っても良いのではないかと思うのです。 国民の手出しの出来ない国民審査には間が有り過ぎる時期には最高裁の硬直し形骸化し、世間の常識とは懸離れた組織維持感覚を問題視した報道をする癖に、最も世間の常識を影響させられるタイミングでの番組が、何故、成されないのでしょうか? ちなみに、今回、国民審査対象になる裁判官は、以下の人達です。 http://senkyo.yahoo.co.jp/judge/
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先ほど全員にバツをつけて投票を済ませてきました。 正直な話、国民審査については私自身気がつくのが遅すぎて、自分の投票以外には何も有効な手が打てなかったことを反省しています。 hossannpapさんの問題提起については、マスゴミに期待しすぎだと思います。マスゴミは視聴率確保のためにポピュリズムに迎合することはありますが、そういったこと以外は権力の犬と化していると考えるべきです。 国民は主権者ですから、参政権の行使のみならず、三権すべてについて真剣に考え今後の社会をよくするために努力する義務があります。 国民審査について失念していたという点では、司法について関心を持っているつもりでも、権利を行使するためにすべき準備については怠っていた様な気がして反省をしております。 司法について何か問題があった場合、専門家の内比較的自由な行動をとれる弁護士がなのらかの手段でアピールを行っている場合が多いです。たとえば前回の回答で挙げた竹内判事に関しているページを作っているのも弁護士さんです。 こうしたページを見つけたときに、たとえばソーシャルブックマークにつけておく程度なら、自分の作業負荷が軽い割に大きな効果が得られることを期待できます。あとで自分がまとめるためのものですが、それを他人が参照できることで別の人の考え方にも影響を与えることができる可能性が出てきます。 国民審査に関するページを立ち上げたら、同様の考えを持つ人とともにWebリングを構成するのもよい方法でしょう。 10年後の次回審査時にはまた有用なツールが立ち上がっていることが期待できますが、結局のところ準備のために作っておくべきものはテキストですので、都度考えればいいでしょう。 なお、判断材料を判例を頼りすぎているのもどうかと思います。 最高裁判事を天下りポストにしている次官出身者にNoを突きつけるのもよいですし、任命を決めた小泉・安部・福田内閣にNoを突きつけるという視点もあります。
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- debukuro
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国民審査は広報に基づいて行われるのです 公報がすべてを公開していないだろうけれど民間の情報にも作意はあるでしょう どれを信じどのような投票をしようと有権者の選択です 問題は公報の内容よりも審査の方法です ×を付けるだけではなく○×で審査させるべきです
お礼
回答有難う御座いました。 投票のあり方も酷く作為的で問題ですね。
補足
再度の投稿、有難う御座います。 >問題は公報の内容よりも審査の方法です >×を付けるだけではなく○×で審査させるべきです この審査方式は、私も問題が大有りと感じており、debukuro様と思いは同じです。 しかし、本当にそれだけで解決しますか?? その方式(○×)が採用になって審査しても、その前提となる資料が不完全では意味が無いと思いますが? 審査対象者側の都合の良い情報だけに絞って載せている公報に基づくという事は、実際の裁判でも、検察側の都合の良い証拠だけを採用して、それ以外は、どの様な内容の証拠も全て棄却で良い訳ですね? 裁判員制度で、私が一番危惧するのは、裁判員が参加した時点で示される検察側弁護側の両方の証拠が、作為を以って省かれていないか解らない事です。若し後になって省かれた証拠が見つかり、裁判の中で採用提示されていたら判決はまるで違っていた。と言う可能性だってある訳です。 その時の誤審に対して、召集された一般人(裁判員)も結果の責を負う訳です。詰り判断材料不足のまま誤審の片棒を担がされる訳です。 公報に基づくと言う事は、内容の精査をするまでも無く正しい情報が無いままで、国民の総意に基づく安泰な地位のお墨付きを与えるという事ではないでしょうか? 昨日届いた公報を、改めて見てみて、情報の少なさ、特に×が点けられかねないと判断したのではないかと感じる事案は、その存在さえ無きが如き公報に感じます。
- kaz-a
- ベストアンサー率27% (132/480)
明らかに冤罪以外の何物でもない高知白バイ事件の上告を、まともな審理もなく棄却した最高裁の体質がまともであるわけがない。 対象となる第二小法廷の担当判事に今回の審査にかかわる人がいない点も不振ですが、だからこそ政治だけでなく裁判所への不信が高まっていることも見せつける必要があります。 このような棄却は判事全員が警察権力の奴隷となっている証拠で、不適格としか言いようがありません。 国民審査に関して何も考えず白票を投じるのは信任扱いなので、「自分を奴隷扱いしてくれ」と言っているのとまったく同じです。 一方、最高裁判事になるような人はかなりの経歴の持ち主ばかりで、生活の不安がありそうな人は一人も見当たりません。 免職になったところで余生が生活苦になると見込まれる人は誰一人いないのですから、自分の一票が人の一生を変えるなどと恐れる必要は全くありません。
お礼
お答えで頂いた事案も含め「公報」の、あまりに間引き操作された情報提供に不信感は以前より募る気がします。 より強く思う様になったのは、裁判員制度と言う不備なままのシステムの見切り発車と、それに対するプロ達の穴だらけの理由付けからでした。 私如きど素人が、素朴なレベルで思う、疑問さえ押えていない彼らの想像力や感性の鈍さを思うと、せめて、象徴である天秤の像に照らして、最低限、情報だけは包み隠さず出して欲しいと思うからです。 彼らが、己のご都合に合わせた情報しか出さないのでは、スピード審理を旨とする裁判員精度下の審理で、検察側の都合に差し支える証拠が隠されてもそれを指摘し正す事は出来ないと思うからです。 若し、何時の日にか、私が裁判員に招集された事案で、証拠不十分を見抜けずとんでもない判決の片棒を担がされるのは御免蒙りたいですからね。 偶にはTV番組などで、×印以外が全て信任になる事を指摘するコメントは聞きますが、「公報」など、宛がいぶちな不完全情報への指摘は聞いた事が有りません。 信任不信任を判断する元になる過不足の無い情報提供と言う最低限の義務さえも守れていない「公報」で、司法最高決定機関トップの全てを認める事は出来ないと思いましたので、活字媒体以外で、もっと多くの人に行き渡り易い方法が考えられないものかと思った次第です。 この度は、有難う御座いました。
補足
現状に,僅かでも疑問をお持ちと思える方に補足を書いております。 想いは共通するところが、沢山有りますね。 そこで、 kaz-a様が「私ならこんなアイディアを考える!」・・・・ ってな事、有りませんか?
- ryuken_dec
- ベストアンサー率27% (853/3139)
選ぶ投票と罷免審査では意味合いが全く違う。重要度や内容の量が圧倒的に違う。 >衆議院選挙の報道は、ミーハーなものまで含めてやたらに有るのに、 このように書いているが、量や質を考えると衆議院選挙の説明も裁判官同様に不十分。
補足
>選ぶ投票と罷免審査では意味合いが全く違う。重要度や内容の量が圧倒的に違う。 >量や質を考えると衆議院選挙の説明も裁判官同様に不十分。 だったら、ryuken_dec様なら、何をしますか? 現状で良いのですか?いけないのですか? 二つの違う&不十分 だったら、どうするべきと???
- AUGUUUAAA
- ベストアンサー率17% (73/412)
確かに、情報が少ないですね。 私は、審査の方法が、ズルイ というような感じを持っています。 例えば、この裁判官は、不信任したい、こちらは、信任。あとの人は分からない。というような場合、分からない人については、棄権する、というようなことができないのです。バツをつけなければ、信任、一部棄権はできない という制度なのです。 この制度を変える必要があると思います。
お礼
私も、審査用紙の投函が自動的に信任になる事への不信感は昔から抱いておりましたが、それ以前の、公報と言う穴だらけの情報を撒くだけで、被審査人達の正しい情報を出そうとしない事への疑問と、ジャーナリストを抱えている筈のマスコミから、この事への指摘や疑問が成されない事の不思議さも有って皆さんにお尋ねしました。 番組内で、×印以外が全て信任になる事を指摘するコメントは、稀有では有っても偶に聞きます。が、信任不信任を判断する元になる過不足の無い情報提供と言う最低限の義務さえも守れていない「公報」で、司法の最高決定機関のトップ達の全てを認める事は出来ないと思いましたので、活字媒体以外のもっと多くの人に行き渡り易い方法でそれだ出来ないものかと思った次第です。 この度は、有難う御座いました。
補足
そうなんですよね! 確かに、投票のあり方も、今のままで良い訳が無い!! 棄権すれば、信任したい人への支持が出来ない。 投票するなら、×以外、全て信任! 判断が出来ない審査対象者が、毎回いますので本当に困ります。 何故、○△×が出来ないのだろう? さて、私の質問に戻って・・・・・ 同じ迷うにしても、もっと豊富な情報を与えて欲しいと思います。 この人たちは、表立ってそう大きく存在が現れないかも知れませんが、時に因っては議員より重大な影響を与えるポジションなんですよね。 啓蒙などのあり方は、民度のレベルに因って、有効な手段が違ってくるでしょうが、現状の日本人にはどの様な手立てが有効なのでしょうね?
- bismarks05
- ベストアンサー率33% (221/666)
>私は、心掛けている積りですが、対象者(今回は9人)全員の合否を確定出来て投票に望めた事が未だ有りません。 確定できて投票に臨める人は、それこそ妄想・偏見を持った人であって、悩みながら投票する姿が、本当の有権者の姿です。 意見は全うだと思いますし、私も国民審査の啓蒙活動をしている一人ですが、 果たして審査能力が有権者にあるのか?という視点も論点に挙げられると思います。 報道番組として国民審査報道は非常に難しいものがあります。 むしろ、国民審査を学べば学ぶほど、報道に適さない(民主主義に適さない)というのが私の見解です。 ちなみに、国民審査は選挙ではありません。事実、公職選挙法に規定される選挙ではありませんし、在外有権者には、国民審査の権利すらありません。 (有権者・投票者資格は、公職選挙法の基準ですが・・) ただ、私は情報が少ない、というのは、一面の評論に過ぎないと思います。 那須・田原・涌井・近藤の4人の裁判官は数多くの判決に関わっていて、比較しやすく、情報量も多いです。 特に、国籍法違憲判決・一票の格差・広島条例違法判決など極めて有効な審査材料があります。 問題はその意味・意義を理解できない民意水準もあります。 ただし、残る5人の裁判官(長官含む)は新任で評価するための判決が不足しています。全員一致の判決では審査しにくいですし、裁判官の姿が見えてきません。 選挙公報の判例は極めて個性のない・平凡な判例が記述されていることも含めて個別評論するだけの番組は必要だと思いますが、どれだけの人がその番組の意義・内容を理解できるでしょうか? そういう部分では、マスメディアによる啓蒙活動よりも、市民レベルでの啓蒙活動の方が有益・有効だと思います。 自ブログでも国民審査を取り上げていますが、興味がある人の水準の問題があって、大衆向きではないことは事実でしょう。
お礼
現状を踏まえた冷静なポジションでのお答え有難う御座いました。 無知な私如きが何かを成せる訳では有りませんが、形骸化したシステムにはどうしても納得のいかない青二才同然の還暦爺は今後も自分に不快でない道を歩むしか無いようです。 投票締め切り時間までもう四時間を切った今も、よりベターと思えるアイディアーはカラッキシ出て来ません。 ぶしつけを承知で、補足に新たなお願いをした形になってしまいましたが、何方からもそれに対する、お応えが頂けなかったのが少し残念では有りますが。当の本人が何も浮ばないのですから当然の事ですね。 これを機に、改めて冷静な視点で今後も考えてみます。 この度は、有難う御座いました。
補足
ブログを拝見させて頂きました。全くの素人の私には,正直、スムーズに読み進められません(恥)。多少でも感心を持たなければと思うのですが、やはり敷居は高いのが事実です。 お書きの様に、国民審査の為のメディアによる啓蒙というものが、大変デリケートで困難な手法である事は承知で敢えて質問させて頂きました。 現状の、国民審査の有り方が、形骸化したセレモニーでしかないのに、審査する多くの国民側の思考停止状態のまま、国民の総意の下に信任されたと言うお墨付を強固に与えた事になっている。 この強固さは、三権のどの立場より強固に守られていると感じます。確かに司法の強固さは歴史的に見れば、絶対守られるべきだとは思っていますが、それだけに、国民審査と言う滅多に意思表示出来ない国民の真の総意を正しく反映出来ない現業の姿は、微々たると言えども税金の無駄遣いに過ぎません。 この様な質問の仕方をしたのは、他にもっと適切で有効な手立てが有るならそれで良いのです。 忙しく過去る日常の中、誰もが、過去の一時に触れた報道を、国民審査の日まで忘れず整理出来ているのなら問題は有りません。 私に限って言えば、国民審査が近付いた時、審査対象の名前を聞かされても、その人がどの裁判に関り、どの様な意見を述べ、判決の結果が如何だったか覚えておりません。 宛がいぶち(公報)での俄か勉強が、関の山と言うのでもマシな方ではないかと思います。その公報も注視すれば、審査対象側のご都合主義と思える情報の欠落がある。特に一般が注視しそうな事案であればあるほど・・・・・ この状態のまま白紙投票すれば、思考停止の審査で強固な信任! 予断ですが、右利きが多いので、審査用紙の右側の名前に×付き易いとか!? これでは何の意味も無いと強く思っています! 意味の有る審査をするのには、マスメディアが適さないなら、どの様なアイディアーが考えられますでしょうか? 無いからしょうがないでは、不作為の罪!かと・・・? 大衆向きではない!のに、毎回、当たり前の様に思考停止の大衆に審査を強いているのは、伏魔殿維持に都合が良いからと解釈出来そうですが・・・・
- papabeatles
- ベストアンサー率15% (316/2083)
最高裁の判決については多くの報道番組でその都度報道されます。 国民の多くが「この判決をだした裁判官はおかしい。」と思ったときに国民審査で罷免されることになると思います。 今まで罷免された裁判官がいないのはおおむね世間が妥当だと思う判決を出しているからだと思います。
お礼
>最高裁の判決については多くの報道番組でその都度報道されます。 凄いですね。私は、裁判の推移や結果はある程度覚えていても、その時の裁判官名は、殆ど記憶してないのですよ(苦笑)。 > 今まで罷免された裁判官がいないのはおおむね世間が妥当だと思う判決を出しているからだと思います。 そうでしょうか、その確信を皆さんお持ちなのでしょうか? 昨日(8月27日)我が家へも漸く、選挙公報と共に国民審査公報が届きました。 未だ、ザットしか目を通しておりませんが、私が質問欄の最後に載せたURLのサイトと見比べたところ、都合の悪そうな判例の殆どを省いてある印象でした。 若し宜しければ、公報とサイトを見比べて頂きたく存じます。 尚、サイト、トップページの各審査対象者欄の最下段「一覧を見る」から入ると、公報よりは具体的に解り易い足跡が色々載っています。 今回も又、公報そのものが情報操作した記事内容と感じております。 回答者様のようには覚えていられない私の場合、合否に責任が持てない時は、審査用紙は投票せず棄権します。何故なら、×印以外は、投票するだけで全て信任した事になってしまうから・・・
- debukuro
- ベストアンサー率19% (3634/18947)
選挙公報で関わった裁判の判決が公開されています 裁判官の罹俛投票だからどのような裁判にどのような判決を下したが分かればいいでしょう だから選挙公報で十分だと思います
お礼
昨日(8月27日)我が家へも漸く、選挙公報と共に国民審査公報が届きました。 未だ、ザットしか目を通しておりませんが、私が質問欄の最後に載せたURLのサイトと見比べたところ、都合の悪そうな判例の殆どを省いてある印象でした。 若し宜しければ、公報とサイトを見比べて頂きたく存じます。 尚、サイト、トップページの各審査対象者欄の最下段「一覧を見る」から入ると、公報よりは具体的に解り易い足跡が色々載っています。 今回も又、公報そのものが情報操作した記事内容と感じております。 私の場合、合否に責任が持てなかったら、審査用紙は投票せず棄権します。何故なら、×印以外は、投票するだけで全て信任した事になってしまうから・・・
- jklmn
- ベストアンサー率26% (105/399)
なんの知識なく、投票箱にポイってしてるよ。 今まで罷免されたやつおらんから、大多数がそんなもんちゃうけ? まぁ、討論番組だの、なんだのやっても、絶対に見ないけどな。 のりぴーの今後、ボルトの走り幅跳びの記録、マイケル殺人事件の行方の方がよっぽど関心あるぜ。
お礼
真剣にお答え頂き有難う御座います。 私も、普段から国民審査に対する知識集めや心用意が出来ていない、そこら辺の路傍の石です。 回答番号:No.4様が御指摘のように、マスメディア使用には適していないデリケートな問題が考えられる事は、上手く言葉には出来ずとも感じていなかった訳ではないのです。 又 >マスゴミに期待しすぎだと思います。マスゴミは視聴率確保のためにポピュリズムに迎合することはありますが、そういったこと以外は権力の犬と化していると考えるべきです。 も、若し、逆に私が問われたら、きっとkaz-a様と似た様な答えをしたものと思います。 現状の情報提供媒体として「公報」が、その全ての任務を全うするものとして「錦の御旗」になっている状況を危うく感じたからです。 過去の私が無関心であった様に、多くの皆さんの中にも同じ様な方々がいらっしゃるのではないかと・・・・ その様な認識のままある日突然、裁判員として召集される日が来るかも知れない。 思い返せば、いま問題になっている過去の冤罪事件や冤罪になるかも知れない係争中の事案に、検察の証拠隠しや、新証拠の門前払いや棄却など、気になる報道を思い出すけれど、その後の顛末はどうなったのだろう?・・・とか 正しい情報の過不足無い提供が、裁判の大前提ではないのか!?などなど・・・ そんな自問自答の中でお示ししてみた稚拙なアイディアーでした。 皆様が「公報」を如何様にお感じなのか?今のままの「公報」で良いとはとても思えない!? 現状より、より有効な周知手段が考えられないものか、そんな思いからお尋ねしてみた次第です。 私も今朝方、投票を済ませました。合否判定に確信を持つところまでは至っておりませんが、無印も×印も混在しております。今回も多分、全員が信任されるのでしょうから、今後は、今日の私の判定に責任を持つ意味で、普段から記録を残そうと思っております。 ご提示頂いたアイディアーを、公平・公正・中立で、過不足ない情報提供手段として適不適も新たに思考してみなければなりませんね。 投票締め切り時間まで、もう二時間を切りました。 これでこの質問は締め切る積りです。最後に前向きな御対応を有難う御座いました。