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皇室の贅沢について
皇室とは、すなわち、王権の継続(残滓)的なものと認識しています。なので、当然贅沢(ハイソ、セレブ)という生活様式を継承することになっているようです。 しかし一歩翻って、人間宣言したあとの天皇陛下や、それに伴う皇室の方々は、「人間」になったのはいいが「庶民」になることはなかった。もちろん最近その傾向に行こうとすることはありますよ。しかしベースは「庶民」とはどうしても一線を画さねばならぬ、という意識は変わらないと思います。 ではなぜ、「身分」は特別であって、「生活」は庶民であってはいけないのでしょうか?そこらへんの公団団地にでも天皇陛下、皇室の方々は住んでいけないと言うことがあるでしょうか?そうであるほうが、よりすばらしいことではないでしょうか? あくまで「庶民」じゃないよという市政を頑なに守り続ける皇室と言うものに対して、どうしても共感できないでいます。
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まず、天皇は人間となりましたが、別に庶民になったとはいっていません。はっきりいえば、現首相だって庶民じゃありません。選挙のとき「しもじものみなさんこんにちは。アソーです」っていったらしいですから・笑。 それに、皇室が格式のある生活を送っているから庶民も贅沢できるってもんです。もし皇室が公団住宅に住まわれていたら、ヒルズ族は実にけしからんとなります。実際問題、皇室よりヒルズ族のような連中のほうがはるかに「バカな金の使い方」をしています。 もうひとつ重要なことは、皇室なかんずく天皇や皇后、皇太子クラスとなるとプライバシーなるものは皆無だということです。四六時中誰かがついてまわり、気軽にオナラもできません。生活をしもじもの者に合わせるなら、プライバシーだってしもじもと同じくらいにもらわなきゃ割に合いません。今上天皇は、車を運転したいと希望されたそうですが、まさかテンノーヘーカに免許を持たせるわけにもいなかい。そもそもヘーカは本籍地は現在の皇居なのかしらん・笑?そうすると京都の人が反発しそうですね。それはさておき、だから運転方法を教えて、たまに皇后を乗せて皇居の中を走っているそうですよ。でもヘーカにおかれては「俺も庶民と一緒になって高速道路をぶわーっと飛ばしてみたいもんだ」と思われているかもしれません。 それに皇室というと外交にしかみなさん目が行きませんが、皇室にとって一番重要なのはむしろ内政です。その中で一番大切なことは「血を絶やさない」ことです。千年以上続いた(ことになっている)血統を守らなければなりません。これと同じことは例えばお茶の千家とか歌舞伎の市川家とかもそうです。それが何よりも大切なことで、はっきりいえばあとは全部オマケみたいなもんです。天皇家の血統相続を否定することは、この国の伝統、前述の茶道や歌舞伎なども全部含めてですが、日本の伝統モノというのは大概血統によって継承されているので、天皇家はその血統による伝承の象徴的存在なので否定できないんですよ。 またそのことを除いても、天皇皇后のスケジュールって結構びっちりです。そもそも、日常生活の毎日毎日がしきたりでびっしり決まっています。何月何日に何をやるかが何百年も前から決まっています。それに加えて国内行事に顔を出して、国外の要人と会って、やれ内閣改造したといえば大臣の任命書渡して、相当多忙といえます。 つまり結論としては、かたっくるしくて、プライベートも全くない生活を365日休みなしにやってるんだから多少の贅沢くらい大目に見てくれよってことですよ。高貴なご身分の方にはしもじもの者にはわからぬ悩みがおありだと思います。「王子と乞食」をお読みになってはいかがでしょうか。
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- aburakuni
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贅沢云々は感覚の問題ですね。 天皇機関説というものがありましたが、国内では余った予算でロマネコンティを買い込み自分達で飲みまわし、国外ではもっぱら議員の接待が第一優先で相手国に感謝されない金をバラ巻く外務省のコストパーフォーマンスに比べ、天皇家の外交CPは高いと思いますよ。 あの中国に対しても、首相より天皇の訪問が価値が高いと思われる事からも、「お得な」外交ツールだと思いますし、そのコストの大半は「昔の生活様式の維持」に向けられ、伝統文化に関する雇用対策と言う意味で国内に還元されます。
お礼
伝統文化という、「死場」に還元していると言うことなのだと思います。予算の使い回しが整然としていると言うことがますますいやらしさを増長しているのではないでしょうか。つまり、庶民的な暮らしということをべーすにしてこそ、現在の象徴ではないか。
皇室は「日本国民の象徴」即ち「外交官の中の外交官」です。 だから、海外の重要人物が来日した時は、皇室が国賓としてもてなす事が、「(国の総意として)最高の敬意の表明」になる訳です。 外務省に務める外交官には、当然その業務で目にし、処理する「機密」があります。 「最高位の外交官」として、皇室はもっと多くの「機密事項」を有していると当然考えられます。 その機密を守秘する為には、外出時の護衛、在宅時の護衛、個々人の有る意味見張り、等がどうしても必要になります。 ご存知でしょうか? 主要国の中で唯一日本だけが「首相官邸の掃除を外注」している事を。 日本は各国諜報員が最も「スパイし易い国」をされているそうです。 麻生さんがホテルのバーで連夜の飲み会だとか、叩かれましたけれど、じゃあ、そこらの居酒屋等で飲み会をしたら、大変な事になります。 国の機密が「ダダ漏れ!」でしょうね。 まあ、「今後は官邸で」となったのでしたっけ。それも良い方法とは思いますが。。。。 皇室を公団住宅に住まわせて、彼らが保持する機密を守秘するのは不可能。 更に、彼らの身に危害が加えられるような事態が起きたら、それは(彼らが「国の象徴」である事から)「日本の国そのものに危害が加えられた」事に等しくなります。そうしたら、当然戦争迄運良く行かない迄も、大騒ぎになるのは見えていますよね。 こちらが身を守っていさえすれば、唯でさえややこしい世界情勢を更なる混乱に陥れずに済む訳です。日本自身の為でもあり、世界の為でもあるのです。 日本国憲法と皇室典範、出来れば大日本帝国憲法等を暗記出来る程読み直してみてはいかがでしょうか? 自分の目と心で確かめるのが一番だと思います。^^
お礼
機密保持やら外交特権やら、政治的な意味では特例化しなければならないのでしょう。それは納得します。しかし、その特例化した中身が豪華でなくても一向構わないのではないでしょうか。特別な公団、要塞のような。そういう刑務所然とした荒涼とした中にお住まいになっても世ろ紙のではないでしょうか。
- sisimarudawan
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私はいまよりも、もっと自由でもいいくらいだと思っています。 エレガントでスマートで、諸外国の王族と比べてどこの国よりもつつましく、気品に満ちていて自慢できると思っています。 そこらへんの公団に住む理由が解らない、そんな事しなくてもいいし、むしろするべきでは無いと思います。 なぜ日本国の象徴であるべき存在の天皇陛下が日本国民の平均より下の生活をしなければならないのでしょうか?逆に資産を自由に投資したり活用して増やすような経済活動をすれば良いのに、、、。と思います。 暇な人が読むような下世話で低俗な雑誌にとやかく言われているような事を国民の総意とは勘違いなさらずに、自信を持って過ごしていただきたいと思います。
お礼
象徴であるからこそ、その超越的な存在と言う土台があるからこそ、暮らしにも超絶していてはならないのでないか、と感ずるからです。公団住宅に住んでかつ絶対的な象徴であると言うことは、なんと威厳のあることだと思うのですけどね。
- yuyuyunn
- ベストアンサー率41% (20359/48650)
こんにちは おうちは豪華ですが 暖房も少なく、照明も多くないそうですよ 昔の作りなので (赤坂御用地はどうかわかりませんけど) 食事も質素で洋服もリフォームで使いまわしで痛むまで着るそうです 一般人の方が近代的な家電を使って 新しい洋服を着て、好きなものを食べられるだけ贅沢だと思いますけど
お礼
節約の精神があるのと、質素であるあるいは豪華なのとは違うでしょうね。いくら節約しても、豪華なベースには変わりありません。洋服その他にしてもそうです。
- bagnacauda
- ベストアンサー率18% (228/1247)
そうですねぇ…。 日本人の多数は皇室の人たちを、「贅沢が出来て羨ましい」と考えているのだったら、その論理は成り立つのかも知れません。 どうなんですかねぇ。 僕はイヤですよ、あんな不自由な生活。 あれで、公団住まいじゃ、そりゃいくらなんでもあんまりじゃないですか?(笑)
お礼
もちろん不自由はすごいですが、それはそれで、言われるとおり生きていればとりあえず死ぬまで生きられると言う特典があるわけですからね。堂でしょうね。
- horiisan
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まずどこの国でも離婚したり交尾したりとちゃんと人間なのだから 過去に遡った人間宣言とかいう話題はもう聞きたくない。 この国は「虎の威を‥」のお役人が「指導」してきた官僚独裁性国家で 今後もあり続けるべきか?という問題は費用をどんどん削減して影響力を無くしていってもらいたい。 公務たるものも来賓されると警備やらなにやらで経費膨らむし誰が呼んでいるのか?大体仮病で公務したくないと言っているではないか。 最小限の暮らしで象徴らしく君臨して継承されていく分には異論は無い
お礼
はい、まったくそう思います。人間宣言そのものがナンセンスのきわみなのかもしれません。最小限の暮らしで君臨する、それならよろしいですね。
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お礼
おっしゃることは大変納得するのですが、それだからって、贅沢を慰みにしていることにたいして、なんら疑問を呈しないということ。そういう感覚ではいけないのではないでしょうか。高貴な方が、襤褸家に寸だって一向構わないのです。