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人は何故生き続けようとするのか?
人間というものは何故生き続けようとするのでしょうか? 生き続けたとして、生命を子孫へとつなげていったとして、どうなるというのでしょうか? 無意味ではありませんか??? 人間がこの地球から無くなるだけで、この地球は人間が無かった時の状態にすぐ(10,000年ほどで)戻るそうです。 地球に人間があること自体、地球にとって不利益だと思うのですが、 以下の質問に対してあなたの意見を聞かせてください。 1)人間は何故生き続けようとするのか。 2)あなたはこの地球に(自分の生き続けることのできる限界まで)生き続けたいか。それは何故か。 3)地球に人間は必要か。それは何故か。 いずれか一つでもいいですので、お答えください。
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- cyototu
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散逸構造という近代物理学の成果が、貴方の質問の参考になると思います。散逸構造の理論はによって、生物の構造や生命の存在根拠を物理学から説明できることになったので、この理論の提唱者イリヤ・プリゴジンはノーベル賞を授賞しています。 先ず、人間が現に生きているということは、それを妨げるいろいろな要因に抵抗できるメカニズムが存在していると言うことです。事実、貴方の細胞も貴方の意思は、外界に起こる偶然な出来事によって、常にその存在を脅かされています。ところが、いろいろな内部要因や外部要因の作用の結果、今貴方がいる状態からずれて、例えば死に向かう方向に動いても、その要因が全体としてはそれを引き戻し、生きていると言う状態に安定して存在できるようになっているのです。その要因には、何故それが存在するのかとか、何の目的で存在しているのかとかには無関係で,外界と内部の相互作用のバランスによる成り行きがその安定性を保証しているのです。このように、外界や内部のバランスの成り行きで安定性が決まってしまう構造のことを,散逸構造と言います。この散逸構造には,その構造を作るためのシナリオも、目的もありません。ただ成り行きで構造が決まってしまい、また安定するのです。この、「成り行き」というのが重要です。前もって存在の目的が決まっている構造では,成り行きが変わると存在できなくなります。ところが無目的に存在する散逸構造は成り行き出て来ているので,成り行きが変わればまた外界とのバランスを調整して存在が可能になります。 このように、散逸構造は何の理由も目的もなくただ成り行きで存在しているために、自分を破壊する環境の変化に強靭な抵抗力があり、存在が可能になっているのです。これがもし、前もって何のために存在すかの目的を持っている、したがって誰かに前もってその存在根拠を付与されている高度な自動機械としての存在だったら、環境の変化から来る破壊要因によって立ち所に崩壊してしまいます。 ですから,散逸構造では、存在目的はそれが存在した後に付与されるものであり、それが存在する前に付与されるものではありません。その散逸構造の一つの典型が貴方自身なのです。
- boke-chan
- ベストアンサー率22% (137/604)
1)DNAの指示に従っているだけ。 2)100年なんてあっという間だから、わざわざ急いで死ななくてもいい。 3)人間なんて、別に気にする存在では無い。(By 地球) 質問者は顔の表面にいる微生ダニが気になる?
基本的には人間も生物ですから生き続けようとするのは当然です。また生物が地球上で生きていられるのは地球の寿命から考えてみればごく短い時間だけです。人間が地球の寿命を支配しているように思っているのは錯覚です。生き続けたいと言っても地球の方がそれを許さないだろうと思います。もともと人間に限らず生物が地球に必要であるということもないと思います。ただ地球には生物が存在できる条件がそろっている時期もあるということではないでしょうか。必要不必要は人間が考えて決めることではないと思います。
- kadowaki
- ベストアンサー率41% (854/2034)
>無意味ではありませんか??? う~ん、質問者さんは「人間が生きるからには、何らかの意味があり、その意味なくしては生きる意味がない」と信じ込んでいらっしゃるようですが、まずはそう信ずる根拠の在処を徹底的に究明してみませんか。 さらには、もし「人間が生きるからには、何らの意味があるからだ」と仮定するなら、必ずその意味が前もってどこかに転がっているはずですが、その意味を誰が、いつ、どういう資格にもとづいて生み出したのか、という新たな疑問と直面せざるをえなくなりますよね。 それよりは、人間はどうして「意味」なんかに拘泥するのだろうか? どうして「意味」がないと生きる甲斐もないと考えたがるのだろうか? 「意味」とはいったい何だろうか? などとお考えになってみませんか。 さらには、そもそもどうして生きることに「意味」があるはずという考えを前提にしたがるのか、むしろ「意味」なんて本当はどこを探してもないのではないかを前提にすべきではないか、とお考えになってみませんか。 すると、われわれは、自分でそうと自覚することないまま、あるいは自分では論理的に筋道立てて考えているつもりになっていて、しかし実は数々の先入観、思い込み、偏見等々のみならず、矛盾や飛躍をも平気で犯しつつ、しかもそれらのお陰でこうして生きてこれたという事実について、少しずつ見えてくると思いますよ。 たとえば、ニーチェの有名な「神は死んだ!」という言葉にしても、これは、もう頼るべき「意味」なんてどこを探してもないよ、もうそんなまことしやかな「意味」にダマされたり、自分の魂を誰かに委ねたがるような、自己冒涜的、自己欺瞞的な生き方は許されないのだよ、これからは自分の人生は自分で生きようではないか、という提言でもあったはずです。 >1)人間は何故生き続けようとするのか。 質問者さんにしても、私にしても、人間である限り、例外なく、何らかの「意味」ありげな、自分の盲信する価値の奴隷になっているからにほかなりません。 もちろん、「それでは生きる意味がない!」と言ったところで、この命題にしても何ら確たる根拠を持ち合わせていないことを忘れてはいけないと思います。 >2)あなたはこの地球に(自分の生き続けることのできる限界まで)生き続けたいか。それは何故か。 「地球」云々に拘泥する時点で、すでに質問者さんがある固執の観念(偏見・思い込み等)の奴隷になっていることにお気づきになるべきです。 一度、「オレにこういう質問をさせているヤツの正体は何か?」と自問自答なさってみませんか。 3)地球に人間は必要か。それは何故か。 誰しも、回答の拠り所、根拠をどこに求めるかによって、それこそ千差万別の回答が可能ですよね。 そして、その限りにおいて、どんなにまことしやかな回答が寄せられたところで、いずれの回答も恣意的であることは避けられないはずです。
人は思考という習慣よりも先に、生きるという習慣が身についているからです。(カミュ) ただの習慣です。 生きる意味もないなら、わざわざ死ぬ意味もありませんよ。 子を作る気にはなれない、ならわかります。 理性、知性の進んだ国家ではいくら社会保障が整っていても出生率は下がるのだ、と誰か偉い人は言ったそうです。 まあ、どうだっていいんですけど。
- shift-2007
- ベストアンサー率14% (143/1013)
他人に答えを求める前に、 >どうなるというのでしょうか?無意味ではありませんか??? それなら意味のあるものを残せばいいのではないですか。 子孫を残すことが意味の全てとするのはなぜですか。 >人間が無かった時の状態にすぐ(10,000年ほどで)戻るそうです。 そうでしょうね。だからどうだというのですか。 >地球に人間があること自体、地球にとって不利益 地球とは何を指しているのでしょうか。赤道半径が6,378.137kmの岩石のことですか。 その岩石にとってなんの不利益があるのでしょうか。
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