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春琴の顔に熱湯をかけた犯人は
谷崎潤一郎『春琴抄』ですが、春琴の顔に熱湯をかけたのは実は「佐助」だという説があるようです。 私としては納得のいく説なのですが、友人に話したら猛反発を受けました。 推理小説ではないので、状況的な根拠(隣室の佐吉が気がつかない,忍び込んだ人間がかまどで湯をわかすなど不自然)はどうでもいいと思います。 人間の心理として、佐助犯人説は成り立つのかどうか。皆さんのご意見をお聞かせください。
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どうも。勿論史実での真相は闇の中でしょうが、 僕は小説に於いてはあり得ないだろうと思います。 佐助には春琴の顔を傷つける動機がないと思うのです。 あれ程までに一途に傾倒し、敬愛し、もし彼女が苦痛を味合うくらいであれば、いっそ自分が、というように、極端に献身的・被虐的な愛に、好んで盲従していた人間が、その愛の対象である春琴に大きな苦痛を与えることに果たして躊躇しないでしょうか? 春琴が花顔玉容とまで賞されていたおのが美貌を、何よりも誇っていたのを佐助は当然知っていました。 それでももし、佐助が何かの気の迷いで、春琴に苦痛を与えたとしても彼女の美貌を独り占めにしようと(つまり事前に追々自分も視力を失することを覚悟した上で)そのような凶行に及んだとしても矛盾が生じます。 まず彼は彼女を独占する気はなかったからです。例えば春琴が火傷した後の本文で、 「佐助は何故彼女と正式に結婚しなかったのか(中略)てる女が佐助自身の口から聞いた話に春琴の方はだいぶ気が折れてきたのであったが佐助はそういう春琴を見るのが悲しかった、(中略)もし春琴が災禍のために性格を変えてしまったとしたらそういう人間はもう春琴ではない(中略)結婚をしなかった理由は春琴よりも佐助にあったと思われる(中略)佐助は現実の春琴を以て観念の春琴を呼び起こす媒介としたのであるから対等になることを避けて主従の礼儀を守った」とあります。 そしてまた、独占の方法としても、春琴を追う形で失明した後に佐助はこう言っています、 「眼が潰れると眼あきの時には見えなかったものが見えてくるお師匠様の顔の美しさがしみじみと見えてきたのは眼しいになってからである(中略)眼あきの時分にこんなに迄と感じられなかったのが不思議におもわれた。(中略)失明して初めてお師匠様の三味線の真価が分かった」、 つまり眼しいになって結果的に初めて気が付いたというのだから、自分が眼を潰したのは春琴を独占したいなどと言う事前の計算ではなく、春琴が火傷顔を見られたくないというからと言うそれだけの理由で、盲従的に自分の眼を潰したのです。 以上の点から、佐助が春琴の顔を傷つけるとは僕は思いませんでした。 (状況証拠にしても、昔は今程厳重に戸締まりなどしていないでしょうから入りやすいでしょうし、犯行は午前三時で隣室の佐助は寝てましたし、美貌を誇った春琴を懲らしめるには熱湯を顔に、というのは事前からの計画でしょう。よってあり得ない事でもない気がします。)
お礼
う~ん。納得いく御回答ではありませんが、何はともあれ回答ありがとうございます。