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正しさとは何ですか?

正しさがどうしてもよくわかりません。 何かを導くには正しい順番があり、不正や異常な判断をすれば表面的な効果は期待できるだろうが、問題は深刻化するだけだろう。 「力を蓄える」という選択肢がなぜ重視されないのですか? 神様なんていないと知っていても、それだけではちっとも自由になれない。 自分が愚かなのか、特別なのか、そんなことはどうでもいい。 不正や異常な判断、そして堕落の世の中では何をしても幸せを見出せない。 反応のリセットボタンを押す前に、しなければならないことがある。 すべての人が何が正しくあるべきかを理解させる為に行動をすること。 それでも、人が変わらぬならどうすればいいのですか? 歴史は繰り返すなどと繰り返す人類史に終止符を打ちませんか? もう十分に繁栄してきました。 未来も過去も本当にどうでもいいことだ。 人類最大の科学力をもって宇宙のリセットボタンを探しましょう。

みんなの回答

  • suz83238
  • ベストアンサー率30% (197/656)
回答No.1

正しさというのは、あいまいなものです。そのときの時代によって変わってくる概念です。いい例が、太平洋戦争当時の軍国主義、そしてアメリカ、イギリスを「鬼畜米英」と敵視し、そう教えてきた教師たちが、戦後、手のひらを返したように平和や民主主義を唱える、教科書に墨を入れ、あれは悪いことだったと教える。何が正しくて何が悪いことかは絶対的なものではないのです。目の前にある不正、堕落、退廃などは、自分が正しいと思っている人には耐えられないでしょう。でも、世の中は常に混沌としており、人間の精神的な成長が科学技術に追いついていない現状では、精神的未熟さを持っている人も多いのが現実です。 逆に世の中きれい事ではすまされないことも事実です。この世の貧困や格差社会など、皆、なんとかすべきだと口で言っても、自分とは関係ないと思っている人は何とかしようとはせぬものです。人間には、だれでも欲があります。その欲が人を幸せにもし、不幸にもするものです。 たとえ、宇宙をリセットしても結局同じことだと思います。清濁併せ持つ器量が大切なのかもしれません。

noname#80085
質問者

お礼

曖昧な正しさについて頭で理解していても、受け入れられないのです。正しさについて普遍的なものがあると信じているからです。現在は普遍的な正しさが麻痺していて、それと引き換えに裕福さを優先させています。普遍的な正しさが麻痺している集団の下で私も生活しています。世界的な人口増加によって、わずかな間に野生動物の70%が減少しました。人間にその罪や責任を果たせることはできません。人間は他の動物とは違うということを理解しているはずなのに、わざと動物的に行動する人間が増加しています。正しさの麻痺がこのような現象を生み出すのだと思います。人間の罪は自分の罪と同じであると考える人が全然いないです。現在の共同体は安心を得る為にしかなく、共同体から外されないように必死な人間になるしか選択の余地はありません。私の周りの人間は平和を求めて罪を感じていません。その平和への欲望は戦争をしたいのかと言っているようにさえ思えて不安になります。

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