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この世で悲しむことで生命を磨くために生まれるの?
人は人界と極楽浄土を行ったりきたりしています。(「輪廻のはなし」より) 極楽浄土が快適ならなぜ人界に来る? それは、死をとうして悲しみ、人に優しくなるため、と「輪廻のはなし」には書いてありました。 しかし、この世で悲しんで生命を磨いても、次に生まれたときには、記憶が消されているのだから意味がないと思います。 そのへんがよくわかりません。 この世にはどんどん新しい人が生まれています。 しかし、生まれる前の記憶があるという人はほとんどいません。 だから不思議なんです。 輪廻、解脱について、そこんとこを教えてください。
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過去の全ての記憶をもって生まれた方が大変な気がしますが・・・ デジャブな事ばっかりで、記憶障害にでもなってしまうのではないでしょうか? >記憶が消されているのだから意味がないと思います。 記憶とは脳細胞の電気信号の事ですよね。 生まれ変わったら、脳細胞も新しくなるので、 基本的にゼロクリアされるのだと思いますが、 (ここから表現が難しいのですが) 生きている間に経験した、悲しみや優しさは、 消えたのではなく、こころの奥底(深層心理)に 沈んでいる状況だと思っています。 質問者の表現で言えば、「磨かれた生命はこころの奥底で光っている。 それは、新しい生命を得た時に、無意識に取り出される」・・・と。 だから他人に優しくして、生命を磨く必要性を説いているのだと思います。 生命を磨く修行は、極楽浄土では出来なくてこの人間界でしか出来ないのでしょう。 だから、何回も生まれ変わるのだと考えます。
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- First_Noel
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魂のリサイクルと考えれば, 現世で草臥れたり傷付いたり,或いは汚れたり人として不適切な影響を受けた魂を 極楽浄土で修理と言うか浄化して,また現世へ戻す,浄化されているので,良い行い,効果が期待される, と言う解釈はいかがでしょうか. ところでゾウリムシや酵母菌のための極楽浄土ってがあったとすれば, 上記のことはそのまま,ゾウリムシや酵母菌の社会?へ適用されましょう.