こんにちは。
神経系に分泌される伝達物質は発生する反応によって種類が異なりますので、これが我々の感情と関係しているというのは特に間違いではないと思います。ですが、果たしてその分泌量が少ないという事実は何処にもなく、感情がジワジワと発生するのはそのためであるという解釈は明らかに間違っています。
もちろん、与えられた状況や反応の強さによって分泌量は変わりますから、当然それは感情の大きさを左右します。そして、発生した感情が強ければすぐに自覚されますし、弱ければ時間が掛かるか、自覚されずにそのまま終わってしまう場合もあります。ですから、「ジワジワ」というのは神経伝達や生理反応の量的な変化ではなく、どちらかと言いますならばそれは我々が自分に発生した感情の自覚に至るまでの「時間的な感覚」の方ではないかと思います。
感情を発生させるということは、我々の脳が「嬉しい・悲しい」といった判定を下すということです。この判定を下しているのは「大脳辺縁系(扁桃体)の情動反応」であり、ここでは与えられた情報に対して「利益・不利益」の価値判断を行っています。
この判定結果は神経伝達によって身体全域に伝達され、これにより「泣く」「笑う」といった、自分の与えられた状況に対応した適切な「情動性身体反応」が速やかに選択されます。そして、我々が持っている感情といいますのは、この神経伝達での分岐・選択によって組み合わされる「情動性身体反応の表出パターン」を喜怒哀楽などと分類したものです。
では、我々が自分の脳内に発生した感情を自覚するためには情動反応に従って表出された身体反応のパターンを分類しなければなりません。そして同時に、自分は今どうしてこのような反応を発生させているのかといった状況判断が成されることにより、ここで我々は感情の発生というものを自覚するわけですが、これを大脳皮質における「情動の原因帰結」といいます。
ですから、反応といいますのは発生するまでは知覚することができないわけですから、我々の大脳皮質が感情を自覚するということは、即ち大脳辺縁系では既に情動反応が発生してしまっているということです。ならば、それは反応の進行が速いか遅いかではなく、大脳皮質が何時それに気付くかの「タイム・ラグ」ということになると思います。
大脳皮質の原因帰結といいますのは必ずや一回で済まされるというものでもありません。例えば、いきなり自転車が飛び出してきたので慌てて避けた。この時点ではまだ「驚き」という反応に対して「危なかった」くらいの原因帰結しかできません。ところが、良く見れば自転車は携帯電話のわき見運転です。
「危ないじゃないか、気を付けろ!」
脳の反応はここで「驚き」から「怒り」に発展します。
これがどういうことかと申しますと、大脳辺縁系は大脳皮質で行なわれた原帰結に基づいてもう一度情動反応を発生し直したということです。
このように、我々の感情といいますのは大脳辺縁系と大脳皮質の間で結果や情報がやり取りされることにより「心の動き」として発生するものです。
そのときは黙っていたがだんだん腹が立ってきた。
小説を読んでいたら何時しか主人公の運命に共感していた。
感情というものが「ジワジワ」「むくむく」と発生するのは、それが我々の「心の動き」であるからです。ならば、一瞬のうちに上り詰めてしまうというのは、こちらは急激な心の動きということになります。ではこのような場合、大脳皮質での原因帰結がまだ一度も行われていませんので、理性を以ってそれを抑制するというのはまず無理です。ですから、それは「ジワジワ」ではなく、気付いたときには頂点に達してしまっているというわけですね。
神経伝達物質にも様々なものがありますが、我々の感情と関係しているのは主に大脳辺縁系の情動反応に従って脳内に広域投射される「修飾系伝達物質」と呼ばれるものです。そして、その量は必要に応じて分泌されるようになっており、少ないということは決してないはずです。
我々の脳内で伝達物質といいますのは「神経細胞同士の信号のやり取り(情報伝達)」と「神経細胞の働きをコントロール(修飾作用)」を行なうために使われています。
中枢系の情報伝達に使われるのは主に「グルタミン酸(興奮性)」と「GABA(抑制性)」であり、大脳辺縁系に発生した情動反応はこれによって「一次運動野」「視床下部」「海馬」などといった脳内の主要機関に伝達されます。
情動反応の結果が運動系に出力されますと、顔の表情が変わる、怖くて身を竦めるなどといった無意識行動が実現されます。また、視床下部からは全身の自律神経系に命令が下されますので、ここでは心拍・発汗・血圧などに様々な情動性自律反応が発生します。因みに中枢系を出ますと「Gul」や「GABA」ではなく、末梢系では「AD(アドレナリン)」や「Ach(アセチルコリン)」などが使われます。
これに対しまして、大脳辺縁系の反応結果といった特定の情報を伝達するのではなく、神経細胞の働きをコントロールするために使われるものを「修飾系伝達物質」といい、中枢系では「NA(ノルアドレナリン)」「DA(ドーパミン)」「5-HT(セロトニン)」といったものが代表的です。
確かにこのような「修飾系伝達物質」を分泌する神経細胞は脳内の限られた場所にしかありません。それは事実です。ですが、この修飾系伝達物質を含有する神経核といいますのは脳内の様々な部位に無数の神経線維を伸ばしており、いざここに反応がしますと必要な伝達物質が脳内広域に対して一斉に投射されるようになっています。これにより、神経細胞の働きが活性化され、中枢機能そのものの覚醒状態が一編に亢進されますので、修飾系伝達物質の分泌は我々の感情を大きく左右します。
ですから、このような伝達物質の神経核が脳内の限られた場所にしかないからといって、その伝達にジワジワと時間が掛かるなどということは一切ありません。それは一瞬のことであり、「こんちくしょう!」と思ったとき、質問者さんの脳内では必要なだけのNA(ノルアドレナリン)が一斉投射されています。
大脳辺縁系の情動反応が「利益」と判定を下しますと、この信号は「腹側皮蓋野A10」に伝達され、ここから「側坐核」「海馬」「扁桃体」「前頭前野」などで構成される「報酬系回路」に「DA(ドーパミン)」が投射されます。
では、判定が「不利益」であった場合はA10に信号は送られず、「青斑核A6」から「NA(ノルアドレナリン)」が脳内広域に一斉投射されます。これにより、我々の感情はまず「快」と「不快」に分岐します。そして、それはやがて「喜び」や「悲しみ」といった特徴を持つ反応として身体に表出されます。これに対しまして、「5-HT(セロトニン)」といいますのは情動反応とは無関係に恒常的に分泌される伝達物質であり、こちらは主に中枢系の働きを安静覚醒状態に戻す役割を担っています。
このように、情動反応の結果に対して分泌されるNAやDAなどの修飾系伝達物質は我々の感情と直接に関係しています。ですが、同じ伝達物質でも「Gul」や「GABA」といいますのは、その情報を特定の組織に伝達するためのものであり、この分泌は「嬉しい・悲しい」の判定結果とは対応しません。
お礼
詳しく御解答頂きありがとうございます。 じっくりと読ませて頂きました。 「情動の原因帰結」の話しで、起こった事に対して怒り等の感情が出る、それに気付くかの「タイム・ラグ」はなるほどと思います。 実際、「情動の原因帰結」で何度もイライラしたりて嫌になる事があります・・・ 「グルタミン酸」と「GABA」で情報伝達、「NA」「DA」「5-HT」で感情等、伝達物質と言っても色々と種類があるのですね! 「情報伝達物質」の役割で見たり、又は思考したりして反応し、「修飾系伝達物質」の役割で感情が起こるという感じでしょうか。 人間の脳は、ほんと良く出来ていて関心してしまいます。 ありがとうございました。