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(王維の鹿柴)「返景」の読み方は?
王維作、「鹿柴」の転句(と果たして言うか?第3句)は「返景入深林」です。ここの「返景」に手元の書籍では「はんえい」と仮名を振り、ネット上のページでは軒並み(といっても調べたのは三つのページだけです)「へんけい」と仮名が振ってあります。この事情は何に基づきますか。両説とも理由があって正しいのですか。 意味はどちらも、夕日の照り返しで一致しています。 鹿柴 王維 空山不見人 但聞人語響 返景入深林 復照青苔上 よろしくお願いします。
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手元の「漢字源」によると、「景」の項には以下のように書かれています: <音読み> [一]ケイ(漢)/キョウ(呉) [二]エイ(漢)/ヨウ(呉) <意味> [一]ひかげ。ひかり。日光によって生じた明暗のけじめ。明暗によってくっきりと浮きあがる形。 また、転じて、日光。<類義語>境(ケイ/キョウ(さかいめ)) (第2義~第4義は省略) [二]かげ。光によって生じたかげ。(<同義語>影) 「夕日の照り返し」ということは[一]の意味ということですから、音としても[一]が採られるのが 妥当ということになり、「へんけい」の方に分があるように思われます。 (なお、「返」については、常用音訓が「ヘン/かえ・す/かえ・る」とある一方、音読みとしては 「ヘン(慣)/ホン(呉)/ハン(漢)」となっていました) ただ、これとは別に、「反影」という単語見出しがあり、その項には 「ハンエイ =反景。光が反射して映る。また、反射した光。照りかえし。」 との説明がありましたので、お手元の書籍の振り仮名は、この語に拠ったのかもしれません。 (「反」と「返」の字の違いがありますが、「返」には上記辞書で同義語として「反」が挙げられて おります。もっとも、著者がこれを意図的に採ったのか、或いは単に字を勘違いしてのもの なのかは、判断が難しいところですが・・・)
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- diogenes
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たんなる誤植ではないでしょうか?確かにどのように読もうと自由ですが、通常の場合、解釈的に読む場合はやまとことばをあてるのではないでしょうか?ある熟語の読みを、別の熟語の読み方で読んだ例をあまり知りません。「返景」を「へんけい」ではなく「はんえい」と読ませるのは、私としては違和感があります。語釈で「返景は"反映"の意」と解説するなら別ですが。つまり私としては「返景」の音読みはあくまで「へんけい」でなければならないという意見です。
お礼
ご主張はよく分かりました。 その後、判ったことを記します。 同一著者のA社の昭和39年第一刷、昭和56年第十刷の書籍で「はんえい」となっていること、B社の1996年第一刷の書籍で「はんえい」となっていることに鑑みれば誤植ではなさそうです。 A社版の解説に ・返景 反景のこと『初学記』巻一「日」のところに「日西に落ち、光反(かえ)って東を照らす、これを反景と謂う」といい、また「景の上に在るを反景といい、下に在るを倒景という」ともいう。 との記事があります。このことが「はんえい」と読ませることの直接の根拠ではないにしても背景に、なっていはしまいかと想像します。といっても因果関係は推測できません。 有り難うございました。またの機会にもよろしくお願いします。
高校時代漢文担当の先生に読み方について聞きました。 その結果、「意味が正しく、日本古典の文法に合っていれば、どの様に読んでも良い」 ただし、専門家、つまり古典中国語について研究している人にとっては読み方は課題であるそうです。
お礼
そうでしたか。素人には「へんけい」が無難です。 市中に流布している書籍にも「へんけい」と振ってあるものがありました。 双方に深い訳があるのだと推測します。暫くこのまま様子を見させて下さいませ。 有り難うございました。またの機会にもよろしくお願いします。
お礼
詳しく調べて頂いて恐縮します。 著者を交えずに勝手なことを言うのも何ですが、話が核心に迫ってきた気がします。ANo.2のお礼の記事と、お説の >>「ハンエイ =反景。光が反射して映る。また、反射した光。照りかえし。」 >>との説明がありましたので、お手元の書籍の振り仮名は、この語に拠ったのかもしれません。 の推測は符合します。「ハンエイ =反景」に重要な意味がありそうです。 著者の目にでも触れないと、これを上回る推測は出なそうな予感がしますが念のために3日(日)までは締め切らないでおきます。 有り難うございました。またの機会にもよろしくお願いします。