政治が分かりにくくなった原因と考えられるのは、
ユダヤ政商の政治手法?戦略にあるとおもいます・・・・
(1) ユダヤ政商・ロスチャイルド資本の世界戦略として・・・
米国では米ウォール街ロックフェラーに代表させ、
米国家と米国軍隊で、
その実行を行う・・
他方、香港上海銀行資本のもとで、
かつて、アヘン戦争、幕末、明治期、昭和期世界大戦時には、
もともとバクダッド出身の印度アヘン商人・サッスーンと
英グラバーの雇い主、ジャーディン・マセソン商会らを使って、
ユダヤ政商らが英国王室政治と大英帝国艦隊を
動かしていて、、
(実際のその国の君主うあ首相、大統領を
使って傀儡政治をおこなってきた・・・
(2) しかも、彼らは占領後、
その国の歴史を書き換えてきた・・・
つまり・・証拠の文物、建築を破壊し、
生き証人は、暗殺やスキャンダル事件や不正・汚職事件を
でっちあげることで、失脚させ、
OR アメで懐柔し、
虚構の歴史文物を残し、
その虚構の歴史シナリオに沿って
国民の教育をする・・・
それは、彼らの世界的経済力と人的ネットワークが
世界中にちらばるユダヤ人たちらで情報網が出来、
自分たちの真の目的「世界征服」の為の
「資本主義化を究極まで進める」ため、
二元論、弱肉強食による淘汰論、効率論を基盤とした視点へ、
勝利させるために
アダム・スミス(53)をスコットランドに帰郷させたあと、
1766年3/9、『国富論』を出版させ、
これを以って、経済学としての体系の始まりとし、
世界的な研究者として大衆に権威づける学会を設立する・・・
(3) マスコミ、メディアを資本力で動かし、
大衆に自分たちの都合のいいシナリオをニュースとして報道させ、
洗脳、扇動する・・
(2)の専門家というカリスマ性権威で国民は信じ込むようにしむけ、
戦前の徳川時代までの日本の教育方針は、
帰納的な視点にも重点をおいて教育、研究、学問するが、
戦後、ユダヤ政商占領下での教育方針は、
演繹視点で、作り上げられたor与えられたマニュアルを
正確に遂行する人材育成を目的にし、
高度に専門化することで、
全体像を自分で推考する視点を持たせない・・・
この全体像を絶対条件として、
ユダヤ政商らの都合のいい情報を
疑いもない絶対的事実として信じ込ませる・・
(4) (2)(3)にリアリティを持たせるために、
一件、根本的でない瑣末な枝葉末節で、
議論や主義を対立させ、
その議論を沸かせることで、
大衆の注意を根本的問題から反らせる・・
問題の解析を細かくすることで、より複雑化させ、
大衆に理解できなくし、
用語を専門用語など難解な用語を多用したり、
根本的には同一内容の政策でも、(例:米国でのジキル島での秘密会議で実は中央銀行制度を計画されたが・・
民主党の「連邦準備制度」と共和党「オールドリッチ法案」と
呼び名を変えたのは、
国民に分かり難くして、
民主党に都合の悪い法案を通させる・・)・・
と、手が込んでるから、
というよりは・・・国民に分かりにくくするために、
手を込ませ、官僚らの専門知識、情報がなければ、
本質にたどりつかないように、、
しているから・・・
(5) 上記は、英国でロスチャイルドが政治経済的に確立したのが・・
チュダー朝を英国王室に仕立て上げ、
世界侵略(大英帝国艦隊)に繰り出し、
その領土が一日中、日が沈まない・・・
英ポンドが基軸通貨として世界貿易で通用したとき・・・
↓
一層、世界征服を進める為に・・
同じ仲間うち・・
ロスチャイルドの部下・ウォーバーグが、
独皇帝IIヴィルヘルムに世界情報コンサルタント役・財務顧問をしつつ、、
モロッコ戦争を起こさせたり、
ドイツ諜報機関リーダーとして、マックス・ウォーバーグが
ソ連建国させるため、
ケレンスキーによりロシア皇帝を倒させてるが、
1905年のロシア革命で
公然と反ユダヤの攻撃を行う保守層の逆襲もあり、
皇帝ニコライII世ツァーリ自身は革命運動に参加した90%はユダヤ人だと言っている
(オデッサでは一日で約500人が殺害:
ナチス・ヒットラーにホロスコープをなすり付けた・・??)
そのあと、
敵対国として戦ってるはずの
ニューヨークで“モルガン家”やヤーコブ・シッフ(ロスチャイルドのゲット時代からの姻戚。クーン・レプ金融商会=ロスチャイルドの米代理人、のオーナー)にかくまわれてるマルクス主義者??!トロツキーを
戦時中に!!270名分もの("ウォール街”ロックフェラー財界人ら)英通過ビザつきパスポートを
アメリカ“赤十字”ミッションの名目で、
発行させ、現レニングラードへ出発・・
他方、チューリッヒで独系ユダヤ政商マックス・ウォーバーグ(ドイツでのロスチャイルドの代理人かつ元・独ヴィルヘルムII世の財務・世界戦略諜報コンサルタント。かつヒットラーにナチスを設立させる第一支援者でもある)が
かくまっていた
マルクス主義者?レーニン含め、
32名の独ウォーバーグ系(スイス:ロスチャイルド本家?金融含)財界人が、
マックスの従兄弟のフェリックス・ウォーバーグ(独国防情報部長官)に準備させた
ドイツの鷲の国章のついた窓扉を封印した特別列車に同乗して、
トロツキーらロックフェラー・グループが待ってる
レニングラードへ出発・・
1902年、キューバの政権も砂糖も米国が支配した年、
マックスの兄弟のポール・ウォーバーグ(初代FRB議長)が、
アメリカで連邦準備制度を創設する為に、
渡米・・・
というように・・・
私たち大衆にはブッシュとロックフェラーが見えているだけですが・・
彼らは、
フランクフルトのゲットー時代から
ロスチャイルドのファミリー・・シッフ家、ウォーバーグ家らの武将とその財務官に過ぎない・・・
(RFB議長ポール・ウォーバーグと姻戚をもったのが、、
ロックフェラー家、ルーズベルト家・・という関係・・・)
他方、、
アジアで清国の時代に活躍??略奪した・・ユダヤ政商・・
ジャーディン・マセソン商会(グラバーもそこの長崎営業所長だったが、
のち、日本支店の支店長になってる・・
1858年6/19:ハリスが日米修好通商条約(不平等条約)を迫まり、
翌年7/1、横浜が開港されたとき、
出島オランダ商館(グラバー邸)は閉鎖され、
横浜外国人居留地に縛街時点で
50家族のユダヤ人町(市長もいた)ができ、
領事館・商館・住宅などの建設ラッシュのときに、
鹿島岩吉(「鹿島組」創業者)は、横浜へ進出し、
英商ウィリアム・ケスウィックに選ばれ、
ジャーディン・マセソン商会横浜支店を建築(通称英国『一番館』)
同じく、、アメリカ『三番館』をも建築して、
ユダヤ政商の日本ゼネコンとして、鹿島の基礎を築き、
世界大戦時も、
当時抗日活動家であったはずの統一教会・文鮮明を
1942年4月、22歳で「江本」と名乗って、
早稲田大学附属の早稲田高等工学校電気工学科入学し、
第二次国共合作中の大韓民国臨時政府(中国の上海の亡命政府)の主席で、
日本の敵であるはずの(対日戦線布告していた)
金九(キム・グ、テロも厭わない独立運動家)
と連絡を取り、日本人の振りをして、
地下活動を行い、