親鸞は、私の過去の記憶でしか話せないので多少の誤差があるかもしれず、それに対しては、正確な事実を調べてください。。
親鸞は、いわんや悪人もやといったといわれます。なみあむっと唱えるならば、悪人でも、救われるというものです。それ以前の仏教は、例えば、芥川の蜘蛛の糸にあらわれるように、生業として、動植物を殺す人(殺生)や遊女等は地獄に堕ちろとといてました。かつ、キリスト教の神父のように結婚は禁じられていた(神だけに仕えるように)出家は、現世を捨てた人にか、
修行をつんだものだけに許されていた。恵信尼との生活もしかり。率先して、女との生活をしたもので、これも、詳しく、説明、出来るはずなんですが、調べてないので許してくださいね。。
高校時代に、親鸞の出現に強い衝撃をうけたものです。
親鸞以前の仏教がいかに、浄土にいきたい、西方(天国)を求めている
普通の庶民を排除し、成金(それはキリスト教もたどった道、、プロテスタントの出現によって)におちていったか。。から、なぜ、どのような経由で
親鸞があらわれ、彼の思想を、もちだしたか、そして、展開したかを
考えてみてください。。
カトリックが、拝金(ローマ教皇を中心に権威主義に陥った時に、
ルターが、祈りによって、だれでも救われる、結婚さえ、(いわゆる姦淫すら祈る言葉さえあればそれを妨げないとした思想がいかに、優しいものであったか、、考えてください。。
遠藤周作が、沈黙の人で、踏み絵を描きましたね。踏んだら、天国にいけないとして、虐殺される、、が、踏んでも、信仰は、左右されるものではないとした、、そのあたりを踏まえて、、だれもが、、いきあたり、出現すべくしてでた人だと思ってます。。それが、彼の偉大さと思ってます。。だれもが、そして、自らの罪を認める多くの一般人が成仏できるとした親鸞のすごさは、本当に、すごいって思ってます。。今と違って、第一次産業の人口がいかに多いかそれを、それ以前の仏教がいかに排除したきたかも。。
お礼
ありがとうございます。大学の試験で・・調べてみます♪