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みのもんたの日本史ミステリー
http://www.tv-tokyo.co.jp/nihonmystery2/ この番組を途中から見たので、わからなかったのですが、日本のルーツがイスラエルで、その証拠が諏訪大社にあるとはどういうことですか。また、平家とペルシャが深いつながりがあるとはどういうことですか。
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私も見てましたあの番組。 日本のルーツがイスラエルというのはVFRさんの言う通り「日ユ同祖論」の事です。 番組では失われた10支族の調査をしているイスラエルの組織「アミシャブ」の人が来日し、諏訪大社を訪れていました。そこで、手を洗う場所の手水舎を見て、イスラエルでも同じように古代イスラエルの時代から礼拝所の前に手を清める場所がある。と言っていました。 そして諏訪大社の近くに守屋山があるのを見て、「モリヤというのは神の言葉であり、イスラエルにもモリヤ山という山があり、信仰の対象になっている」と言っていました。 その二点だけのお話でした。 まあ、これからも番組は「アミシャブ」の動向を見守り追跡調査をするそうなので、今後に期待します。 平家とペルシアは、平家の人がペルシア人だったという説でした。 1.平家の出自がはっきりしない。889年に高望王が祖となったのが定説だが、国立公文書館に保存されている「日本三代実録」では、862年に雄風王の息子、定相王など15人が平の姓を賜ったとある。 2.奈良興福寺の大乗院寺社雑事記に「外来人の営む倉が京都三条坊門にある。彼らは外国との貿易をしているが、そのことごとくは平の姓を名乗っている。 3.平家の力が巨大だったのは貿易で巨万の富を得たためで、瀬戸内海を支配していた。その瀬戸内海の真ん中にある平家の氏神として知られる厳島神社は平清盛が造営した。そこには弁財天が祀られている。弁財天は元はインドの神であり、それはサラスバーティという川の女神である。ペルシアではアナーヒターという水の女神が信仰されている。水の女神の信仰で繋がりがある。 4.平家で使われていた刀と、ペルシアで使われていたシャムシールという刀は形がそっくりである。 5.戦で名乗りをあげて一騎打ちする戦の方式は、ペルシアの戦の方式とそっくりである。 6.平家琵琶はペルシアの発祥と言われている。 7.源平の頃から女性が使い出した「頭冠り」は、イラン女性の使うチャドルとそっくりである。 8.平家には平姓以外の家臣がいない。平家物語には直属の家臣の名が見えない。だが、合戦となると平家は大兵力を揃えている。 また、平家が都落ちした時の人数は7000人。それから二度敗戦した。味方につく豪族はいない。それなのに壇ノ浦の合戦では兵力が1万5000人に増えている。 これは何故か?きっとペルシア人の傭兵団が味方していたに違いない。 9.壇ノ浦で敗北した後、生き残った平家は1万人。全国に落ち延びた人数は3000人。後の7000人はどこえ消えたのか?ペルシア人の傭兵団は海外へ逃亡したに違いない。 10.義経をしつこく追討し死なせた源頼朝は、不思議な事に平家を追討していない。それは何故か?平家が外国人だったからだ。 11.平家の人はチーズを食べていた。 というようなお話でしたよ。今後もこの説について番組は追跡調査するそうです。
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- VFR
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私は見ていませんが、おそらく昔からある「日ユ同祖論」を扱った番組だと思います。 これは簡単に言うと、日本人とユダヤ人が同じ祖先を持つという説で、古代イスラエルの失われた十支族が日本に流れ着いて今の日本人となったという話が一般的です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%83%A6%E5%90%8C%E7%A5%96%E8%AB%96 おもしろい話だとは思いますが、あまり信憑性はありません。 あくまでバラエティ番組として楽しむのがいいと思います。
お礼
そのような説があるとは初耳です。古代のロマンは果てしないですね。ありがとうございました。
お礼
ペルシャ系の人が日本に来ていたということはありそうですね。神楽の面の中にはペルシャ人に似ているものがあるそうです。また、清盛が比叡山の神輿を矢で射たという逸話も、ペルシャ系だったからできた、とも考えられます。しかし、傭兵団であれば、もっと強くてもいいような気がしますが。ありがとうございました。