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教育と社会について
今、大学のレポートで教育が社会に及ぼした影響を調べています。 いい例が見つからず困っています。 みなさんの考えを教えてください。 抽象的な質問で申し訳ないです。 よろしくおねがいします。
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初等教育の義務化が高度な工・商業国家の基盤になったとか、教育と名の下に当然とされてきた体罰が傷害事件になったとか、同様の校則、制服が人権侵害だとして緩和圧力がかかったとか。
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- gooegomi
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このテーマですと、漠然としていますが先ず、教育の場合、戦前と戦後に分けるのか、明治5年の学制公布から、戦後の昭和23年からの6・3・3制による新教育制度による現代までを通して要求されているのかが分かりません。また、社会という場合、政治、経済、社会(国民所得と消費生活)の総称とされますが、狭い意味での「社会」と捉えればいいのでしょうか。1868年(慶応4年)明治と改め明治天皇を君主とした薩長土肥中心の政府を造り、旧高位高官門閥の者を華族とし天皇に代わって政治を行う長を太政官と称した。しかし、庶民には、時代は変わっても社会制度は変わらなかったので、自由民権運動が起こり明治21年に大日本帝国憲法が制定され、衆議院と貴族院の二院制が造られ、伊藤博文が首相になる。明治憲法の三大柱は、教育・軍隊・国民の租税負担で、4年間の小学校の義務化と中学校と国家有用の人材の養成を目指して大学教育が制定された。しかし、国民は、爵位を持つ貴族・旧武士の士族・平民・えた、ひにんの旧身分制が戸籍に記載されて、近代産業の草創期には、旧来産業の分解により国民は職を失い、近代制度は整っても、職はなく高い租税に急迫して小学教育を受ける子女は限られる。西欧先進国に追いつくため富国強兵を掲げる政府は、琉球、朝鮮半島併合、27年~日清戦争、38~からの日露戦争、満州国建国、日中戦争、二次世界大戦と領土拡大と資源獲得と世界の先進国を目指して、庶民大衆の犠牲にした封建階級社会制度を温存したまま近代国家建設の夢を追った体制下の庶民の職業と収入と学校就学率と軍政下での自由平等が抑圧された中の国民の生活様式と意識を現代と対比させてレポートされては。戦後、民主憲法下で、社会制度上どのような権利と義務が与えられたか、天皇の地位・国家体制・企業間の持ち株支配や農地解放による農民の地位の向上、労使関係法の制定による地位の向上、同和差別の解消と生活環境の改善、など、主権在民、基本的人権、自由平等を骨子とした大改革と昭和35年からの朝鮮戦争は、アメリカのアジアでの自由主義の砦として占領国日本を位置づけ、戦争による消耗戦費の大部分を日本えの生産発注でまかなう政策をとったため、敗戦で焦土となっていた日本産業は、にわかに活況になり、40年の南北休戦後は、財閥解体後の企業や新興企業が平和産業へと転換していった。労働三法の保護のもと、労働賃金の上昇による所得の増収は、エンゲル指数の通り家庭の文化水準を押し上げた。23年の戦後の学制改革間もない頃の高校進学率は約30%だったのが、約50%と跳ね上がり年々上昇して約97%に達しているが、教育制度と教師。生徒の社会的、個人的問題が問われるようになって、改革されようとしている。オオバーのため経済の発展が労働所得を押し上げ、食費を除く余剰金が教育を始め文化、レジャー方面に使われること。39年の日本オリンピックが高速道路網とマイカーの普及と家電の普及が余暇の利用を促した反面、精神面の退廃を招いて病んでいる社会環境や小子化傾向が将来に与える不安などを織り交ぜて国造りは教育のあり方と国民の国を思う心の大切さをまとめられては。各省庁からの年代別白書を地域の中央図書館でご参照されては。
お礼
こんにちは。 たくさんの情報をありがとうございます。 さっそく図書館を利用しようと思います。
- kamikazek
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テーマのスケールが大きすぎる場合、 そのテーマのもっとも特徴的なものを 1つとりあげ、それをありとあらゆる 角度から研究し、調べ上げ、 自分の意見、専門家の意見を あわせつつ書き記していくほうが 無難かと思います。 とにかく抽象的、というより テーマが大きすぎますね。 今でなくても未来永劫使われるキーワードですので。
お礼
こんにちは。 ありがとうございます。 文献などを参考に考えてみようと思います。
お礼
こんにちは。 ありがとうございます。身近な物にいろいろな例があることに気づきました。参考にさせていただきます。