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ヘルメット

昭和30年代のプロ野球の映像を見る機会があったときに、いつも気になるのが打者のヘルメットです。白黒の映像が多いのでわかりにくい部分もありますが、ヘルメットをかぶっている選手もいれば、帽子のまま打席に立っている選手もいるようです。このころは打席でのヘルメット着用は義務化されていなかったのかと疑問に思います。ONの天覧試合など昭和34年くらいの映像を見ますが、長嶋はヘルメットで王は野球帽で打席に立っている場合もありました。 随分昔の話ではありますが、この時代のヘルメットに関する取り決め、規定など状況をご存知の方いらっしゃいましたらよろしくお願いします。

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  • Forseti
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回答No.2

http://www.npb.or.jp/qtaro/topic20060406.html 71年から義務化されたようです。昭和で言うと46年ですか。 また、1970年、阪神タイガースの田淵幸一が頭部にデットボールを受け、 耳から血を流し昏倒し大怪我を負いました。 この事件を契機に、プロ野球に耳当て付きヘルメットが採用され、84年から義務化されたようです。

noname#33272
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。昭和30年代だと、ヘルメットについては明確化されていないということですね。ヘルメットが重くて使いたくないというのは、思いもよりませんでした。

その他の回答 (1)

  • ultraCS
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回答No.1

天覧試合の頃だとヘルメットはほとんど普及していませんね。 年度ははっきりしませんが、流れとして その昔はヘルメットなど無し、その後、一部選手がかぶるようになり、義務化されます。ただ、初期は、耳付きと半帽があり、入団後日の浅い選手は耳付き、ある程度のベテランだと半帽が許可されていました。 長島や王の時代だと彼らは半帽のを使っていると思います。 その後、全員が耳付きをかぶらなければならなくなりました。

noname#33272
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。もう一度映像を見直しましたが、長嶋が入団年の昭和33年が帽子、34年はヘルメット、一方王は見た範囲では昭和38年までは帽子あり、ヘルメットありという感じでした。同じ試合で帽子とヘルメットの選手が混在していることもありますね。昭和40年代になるとさすがに帽子の選手は見当たらないようです。 確かに、少なくとも昭和30年代は統制が取れていないなという感じですね。今は危険球で投手が退場することが時々ありますが、このころは死球(特に頭への)に対してそれほど意識をもつことはなかったということなのでしょうか。今ほどコントロールの良くない投手がいなかったということなのでしょうか。