ゴールデンウイーク中の昭和の日は、昭和時代には天皇誕生日だったものが平
ゴールデンウイーク中の昭和の日は、昭和時代には天皇誕生日だったものが平成になって「天皇誕生日」というわけにはいかず、まず緑の日となり、それから昭和の日となりました。明治天皇の誕生日(天長節)は、昭和2年に文化の日になったようですが、大正元年からそれまではどうなっていたのでしょう。(参考1)
それから、大正天皇の誕生日はその後どうなったのでしょう。(参考2)
参考1:
明治天皇の在位中は天長節だった。明治天皇の死後には、忌日である7月30日が明治天皇祭(先帝祭)となっていた。しかし、天長節も先帝祭も天皇の在位に応じて変動することから、1925年(大正14年)に「明治節」の請願運動が起こり、2万人の署名が帝国議会に上げられた[1]。衆議院では満場一致で可決されたが、当時は大正天皇が病臥していたため、貴族院での審議は中断された。そして、1927年(昭和2年)に、明治天皇が名君とされ近代日本の礎を築いたという功績を偲び、祝祭日に含まれた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%B2%BB%E7%AF%80
参考2:
大正天皇の誕生日は8月31日であり、1912年(大正元年)と1913年(大正2年)の天長節は8月31日に行われた。しかし、まだ残暑の厳しい時期に各々の式典をこなすのは難しいため、気候を考慮して、新たに「天長節祝日」という日を設け、1914年(大正3年)からは2ヶ月ずらし、10月31日に様々な行事を行うようになった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E5%A4%A9%E7%9A%87#.E5.8D.B3.E4.BD.8D
お礼
よく分かりました。 ありがとうございました。