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土佐日記について
土佐日記についての課題で困っています。 『土佐日記はなぜ、行く時には書かず、土佐から帰る記録しかないのでしょうか・・?』 大変粗末な文章で恐縮ですが、何卒ご回答宜しくお願い致します。
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- manbow_
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回答No.1
土佐日記を読めばお気づきとは思いますが・・・。 貫之は土佐赴任中に幼い娘を亡くしています。その娘を悼む思いが土佐日記執筆の動機のひとつであると考えられています。 最終段(京の家に帰り着く場面)に以下のように書かれています。 「この家にて生れし女子のもろともに帰らねばいかゞはかなしき。」 (この家で生まれたあの子が帰らなかったことを思うとかなしいよ。:意訳です。以下も) -まわりの人々は騒いでいる。それを見て- 猶かなしきに堪へずして密に心知れる人といへりけるうた、 (そんな様子を見ているうちにどんどん悲しみが増してきて、この気持ちがわかる人:妻と歌を詠んだ) 「うまれしもかへらぬものを我がやどに小松のあるを見るがかなしさ」 (あの子はこの家で生まれたのに帰ってこれなかった、今家に帰ってきて庭に小さな松が生えているのはかなしいなあ。)