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皇室財産詐欺って?
皇室の隠し財産(?)をネタにした詐欺事件がありましたが、 実際にそんなもの存在するのでしょうか? 一説では、戦時中当時の貨幣価値で20億ドル相当の財産が スイス銀行に預けられた?との噂もありますfが。 関連サイトをご存知の方は教えてください。
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- MK1
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「皇室の隠し財産」しかもその利用というのは、戦後はまずあり得ないもので、この詐欺事件自体お粗末な内容といえるでしょう。ただ、終戦後処理できず公にならないまま日銀などに「死財」として眠る皇室の財産はあるかもしれません。 (以下は「M資金」の読み物として) 戦後GHQのESSマーカット少佐が管理していたされる旧日本政府、軍や旧財閥から接収した資金・貴金属類を財源の根拠とするもので、GHQは米国による戦後占領政策の思惑通りに政治家や軍関係者を恭順させるため戦後混乱期に復興資金や政治資金として一部の与党政治家や旧軍関係者に供与されたといわれる。 それ自体は明確な証拠はないものの、まったくの作り話でもなく、例えば終戦後旧軍技術将校などが起業したいくつかの会社は明らかに資金の出所が不透明なものがある。主に軍が徴用し敗戦とともに失職した技術者の糊口をしのぐための事業、というのが表向きの理由だが、別に公然といわれるもう一つの理由があるが、それは後述する。 戦時中、多くの企業が軍の命令で休業や閉鎖・解散を余儀なくされ、戦後そうした事業者が復員し、軍隊時代の人脈や組織を頼りに企業を再興をしてきた経緯があり、その中で軍や財閥関係者が秘匿した財産を復興資金として利用または融通した例はかなりあるといわれ、その最たるものがM資金関連である。しかし、M資金に関しては具体的にあったとしても一般の企業を対象としたものではなく、政治中枢や大企業などを舞台にすぐれて政治的意図で利用されたものであり、その存在すら確認できないほど闇の中のまた闇の資金である。 米軍GHQによる占領政策では、反米意識の懐柔のため当時のソ連による旧満州の日本資産略奪と、それとは対照的にGHQの人道的な対応が大きく宣伝されていたので、(米占領軍が戦勝国による略奪者呼ばわりされないため)接収資産の管理は厳正に行われた。そのため戦後返還されたもの以外おそらくそのほとんどは今でも日銀の地下金庫に「死財」として眠っているのだろう。接収財産といっても大体戦争を挟んで紙幣は紙屑だし、献納した貴金属などは鋳潰さないと金にならない。資金としての利用はかなり難しいシロモノである。 スイスの銀行隠し預金としては、欧州の在外公館や軍関係の活動資金は多少プールされていだろうが、万が一敗戦後の国家再興のための資金を(ドイツとは違い)遠いスイスの銀行に預けるという発想は、当時の皇室を含めて日本政府や必勝前提の日本軍部にはあり得ないものではないだろうか。 【旧軍関係者の戦後起業のもう一つの理由】 昭和20年8月、ナチス・ドイツの末路も伝え聞いていた中での無条件降伏の受諾という状況では、敗戦とともに戦争の張本人とされる天皇の処遇もかなり悲観的なものだったのは当然であり、皇族まとめて戦犯・処刑という可能性もあり、「皇国日本にとって万世一系の皇統が絶える」ことへの憂慮は(ことに軍人にとって)現代の日本人が考え及ばないほど深刻な事態であったはずである。 そのため、降伏受諾に先立って天皇の血を絶やさないため皇族の子弟を地方にかくまうという、「皇統護持」作戦が陸・海軍それぞれで複数計画、一部実行された。 その一つで有名なのは海軍航空隊G司令麾下の部隊によるもので、その後証言や当時の「血判状」も公開されている。皇族をかくまうのだから当時でも相当の経費が見込まれ、その資金に軍の隠匿財産がかなり流れたのは想像に難くない。その中心人物はその後参議院議員になるが、その際の選挙資金はM資金などを含めて旧軍隠匿財産やそれによって生まれたとされる新興企業が支えたと公然といわれ、それ以降も彼の周辺ではM資金関連の噂が絶えなかった。(これらの戦後復興期につくられた企業は高度成長期以降、分不相応な大企業に吸収合併され姿を消していく) 昭和22年日本国憲法が施行され、天皇は象徴となった。この時点で皇統護持作戦は無意味化したわけだが上記の作戦はその後も継続され、昭和28年になって解散式が行われた。さらにそれでもまだ密かに続いているとの噂が延々絶えず、なんと昭和56年に再度解散式がマスコミを呼び集めて公に行われた。 もちろん皇統護持といっても終戦の日から皇族の子弟を実際に匿ったりした事実はない。にもかかわらず作戦は実行され、戦後しばらく経ってから解散式までしなければ収まらないのは何故かといえば、それは「金」が絡んでいるからである。 しかし、作戦関係者は戦後四半世紀経っていつまでも旧軍隠匿財産の流用といわれるのがいやだったのだろう(一説にはM資金を含めてこの隠匿財産をネタに右翼に脅されたりせびられるのに窮して決着を図ったとされている)、そのけりを付けるのがこの芝居がかった解散式だったが、逆に旧軍隠匿財産の存在を確信させるものになってしまった。 では、そのような隠匿財産が戦後実際に民間の事業資金としてどの程度運用され得たのかというと、それは全体からすればごく一部に限られたと見るべきだろう。すなわち旧軍人同士でつくられた組織の性格から「皇統護持」の大義名分に沿ったものでなければ使いにくいし、朝鮮戦争以降、作戦参画者は自衛隊創設の中心メンバーになっていくので、その存在はむしろ邪魔なものではなかっただろうか。しかし、この作戦の存在が旧軍人内の「秘密結社」的結束を維持する機能を果たし、また使えない資金といっても信用できる巨額の「担保」として活用することはでき、それは戦後政治の裏金に利用されていったことは考えられる。そうした経緯が、M資金詐欺に大企業が引っかかる事件が絶えない理由となったと思われる。 ただし、M資金など隠匿財産があったとしても、それが不景気な昨今運転資金に苦しむ中小企業に回ってくる可能性は残念ながら100%あり得ない。
- MK1
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「皇室の隠し財産」しかもその利用というのは、戦後はまずあり得ないもので、この詐欺事件自体お粗末な内容といえるでしょう。ただ、終戦後処理できず公にならないまま日銀などに「死財」として眠る皇室の財産はあるかもしれません。 (以下は「M資金」の読み物として) 戦後GHQのESSマーカット少佐が管理していたされる旧日本政府、軍や旧財閥から接収した資金・貴金属類を財源の根拠とするもので、GHQは米国による戦後占領政策の思惑通りに政治家や軍関係者を恭順させるため戦後混乱期に復興資金や政治資金として一部の与党政治家や旧軍関係者に供与されたといわれる。 それ自体は明確な証拠はないものの、まったくの作り話でもなく、例えば終戦後旧軍技術将校などが起業したいくつかの会社は明らかに資金の出所が不透明なものがある。主に軍が徴用し敗戦とともに失職した技術者の糊口をしのぐための事業、というのが表向きの理由だが、別に公然といわれるもう一つの理由があるが、それは後述する。 戦時中、多くの企業が軍の命令で休業や閉鎖・解散を余儀なくされ、戦後そうした事業者が復員し、軍隊時代の人脈や組織を頼りに企業を再興をしてきた経緯があり、その中で軍や財閥関係者が秘匿した財産を復興資金として利用または融通した例はかなりあるといわれ、その最たるものがM資金関連である。しかし、M資金に関しては具体的にあったとしても一般の企業を対象としたものではなく、政治中枢や大企業などを舞台にすぐれて政治的意図で利用されたものであり、その存在すら確認できないほど闇の中のまた闇の資金である。 米軍GHQによる占領政策では、反米意識の懐柔のため当時のソ連による旧満州の日本資産略奪と、それとは対照的にGHQの人道的な対応が大きく宣伝されていたので、(米占領軍が戦勝国による略奪者呼ばわりされないため)接収資産の管理は厳正に行われた。そのため戦後返還されたもの以外おそらくそのほとんどは今でも日銀の地下金庫に「死財」として眠っているのだろう。接収財産といっても大体戦争を挟んで紙幣は紙屑だし、献納した貴金属などは鋳潰さないと金にならない。資金としての利用はかなり難しいシロモノである。 スイスの銀行隠し預金としては、欧州の在外公館や軍関係の活動資金は多少プールされていだろうが、万が一敗戦後の国家再興のための資金を(ドイツとは違い)遠いスイスの銀行に預けるという発想は、当時の皇室を含めて日本政府や必勝前提の日本軍部にはあり得ないものではないだろうか。 【旧軍関係者の戦後起業のもう一つの理由】 昭和20年8月、ナチス・ドイツの末路も伝え聞いていた中での無条件降伏の受諾という状況では、敗戦とともに戦争の張本人とされる天皇の処遇もかなり悲観的なものだったのは当然であり、皇族まとめて戦犯・処刑という可能性もあり、「皇国日本にとって万世一系の皇統が絶える」ことへの憂慮は(ことに軍人にとって)現代の日本人が考え及ばないほど深刻な事態であったはずである。 そのため、降伏受諾に先立って天皇の血を絶やさないため皇族の子弟を地方にかくまうという、「皇統護持」作戦が陸・海軍それぞれで複数計画、一部実行された。 その一つで有名なのは海軍航空隊G司令麾下の部隊によるもので、その後証言や当時の「血判状」も公開されている。皇族をかくまうのだから当時でも相当の経費が見込まれ、その資金に軍の隠匿財産がかなり流れたのは想像に難くない。その中心人物はその後参議院議員になるが、その際の選挙資金はM資金などを含めて旧軍隠匿財産やそれによって生まれたとされる新興企業が支えたと公然といわれ、それ以降も彼の周辺ではM資金関連の噂が絶えなかった。(これらの戦後復興期につくられた企業は高度成長期以降、分不相応な大企業に吸収合併され姿を消していく) 昭和22年日本国憲法が施行され、天皇は象徴となった。この時点で皇統護持作戦は無意味化したわけだが上記の作戦はその後も継続され、昭和28年になって解散式が行われた。さらにそれでもまだ密かに続いているとの噂が延々絶えず、なんと昭和56年に再度解散式がマスコミを呼び集めて公に行われた。 もちろん皇統護持といっても終戦の日から皇族の子弟を実際に匿ったりした事実はない。にもかかわらず作戦は実行され、戦後しばらく経ってから解散式までしなければ収まらないのは何故かといえば、それは「金」が絡んでいるからである。 しかし、作戦関係者は戦後四半世紀経っていつまでも旧軍隠匿財産の流用といわれるのがいやだったのだろう(一説にはM資金を含めてこの隠匿財産をネタに右翼に脅されたりせびられるのに窮して決着を図ったとされている)、そのけりを付けるのがこの芝居がかった解散式だったが、逆に旧軍隠匿財産の存在を確信させるものになってしまった。 では、そのような隠匿財産が戦後実際に民間の事業資金としてどの程度運用され得たのかというと、それは全体からすればごく一部に限られたと見るべきだろう。すなわち旧軍人同士でつくられた組織の性格から「皇統護持」の大義名分に沿ったものでなければ使いにくいし、朝鮮戦争以降、作戦参画者は自衛隊創設の中心メンバーになっていくので、その存在はむしろ邪魔なものではなかっただろうか。しかし、この作戦の存在が旧軍人内の「秘密結社」的結束を維持する機能を果たし、また使えない資金といっても信用できる巨額の「担保」として活用することはでき、それは戦後政治の裏金に利用されていったことは考えられる。そうした経緯が、M資金詐欺に大企業が引っかかる事件が絶えない理由となったと思われる。 ただし、M資金など隠匿財産があったとしても、それが不景気な昨今運転資金に苦しむ中小企業に回ってくる可能性は残念ながら100%あり得ない。
- ex_hmmt
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- tuginosuke
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よくあるM資金ネタですね。