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クリスマスの過ごし方について
クリスマスというのは、西欧の伝統でありながら、日本に定着してしまったものですね。 それに比べて、復活祭や謝肉祭、ハローウィンなどはまだまだ根付きが足りないのではないかと思います。 今度、クリスマスについてスピーチをする予定があり、切羽つまりましてこの質問を立ち上げた次第です。 今現在、クリスマスが日本人にとってどのようなものであると感じていますでしょうか。 また、皆さん自身では「あなたにとってクリスマスとは」、をどうお考えでしょう。 それと、第3点、皆さんはどうクリスマスを過ごされる予定でしょうか。 よろしくお願いします。
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クリスマスというのは、イエズス・キリストの聖誕祭であれば、それはキリスト教文化の慣習・伝統・聖日ですね。 スピチーチをということであれば、クリスマスというのは、元々、キリストの誕生日ではなく(キリストの誕生日は、聖書の記述を調べても何時か分かりません)、ローマの農耕の際の冬至聖日で、更に、ゲルマン民族やケルトの冬至聖日です。冬至というのは、大体12月22日前後でしょう。クリスマスというのは、元々、冬至祭だったのです。 つまり、冬になって衰えた太陽が、冬至を過ぎると再び明るさを増して来て、やがて春がもたらされるということから、死して後再び甦り、この世に春を齎す、穀物の神、農耕の神としてキリストは考えられたということです。冬至に、太陽は新しく甦ると考えられたので、それは、救世主イエズスの誕生日に相応しいというので、冬至祭の聖日がクリスマスになったものです。だから、これは、地球的な規模で意味があることなのです。お正月も、冬至祭の一つの形だとも言えます。「新しい年の始まり」というのは、結局、冬から春への移行だからです。 こういうことを話されてはどうでしょうか。冬至聖日だとすると、決して、キリスト教だけの聖日ではなくなるのです。 クリスマスというのは、ともかく何か機会を見つけて、宴会したい人や、または、若い人なら、友人とパーティを楽しんだり、恋愛している人なら、相手とのより深い交際のため、よい口実となる日として利用されているというのが、日本での現状ではないでしょうか。何となくキリスト教というものが西欧のもので、有り難い、格好いいと思っている人が多いですし、ロマンティックだと感じている人もいるからでしょう。キリスト教の信者や、それに準じる人(わたしなどはそうです)にとっては、聖なる日ですが、そうでない人には、交友を深め楽しむチャンス日の一つでしょうね。 昔は教会に行っていましたが、いまは、心を静かにして、人類の未来などについて、思いをはせ、ひととき、聖なる日の思いで一日を過ごしたいと、ここ最近は思って、そのようにしています。心の持ち方の問題で、外のことは色々ですが、あまり関係ないと思っています。
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- petunia
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こんにちは。 私の親の世代にとっては、(昭和一桁です)豊かさの象徴だったようです。 お誕生日を祝う習慣も昔はなかっし(数えでは、お正月に一つ年をとっていたらしいです)、十分食べ物も無かった時代を経て戦後垣間見た、大きなケーキ、きれいなリボンのかかったプレゼント、クリスマスツリーという外国の習慣はまぶしかったことでしょう。せめて子供には体験させてやりたいという親心で我が家でもお祝いしていたようです。 私にとっては、子供の頃は、とにかくプレゼントがもらえるし、ケーキはあるし、楽しい思い出いっぱいの日でした。そして、結婚して子供ができると、今度は自分がサンタさんになる順番がやってきて、親としての楽しみを味わいました。クリスマスが来ると、子供時代を思い出す人、多いのではないでしょうか。今やイベントとして定着しているのは、そのへんもあるのかもしれません。もちろん、ケーキ屋さんや、ギフトショップの思惑もあるでしょうが・・。 今年のクリスマスは、家で家族と過ごします。(平凡だけど、・・・。) 余談ですが、クリスマスツリーも、リースも元々はキリスト教とは関係のないところから発生したものだそうです。皆きれいなものは好きで真似してしまうということでしょうか。
お礼
>豊かさの象徴 そうですね。世代によってはそう解釈される方もあるでしょうね。というよりも時代によって、変遷しているのは確かに面白いところではあります。 >子供の頃は、とにかくプレゼントがもらえるし、ケーキはあるし、楽しい思い出いっぱいの日でした。そして、結婚して子供ができると、今度は自分がサンタさんになる順番がやってきて、親としての楽しみを味わいました。 子供としての喜び、親としての喜び。こうしてクリスマスが受け継がれていくといいかもしれませんね。 >今年のクリスマスは、家で家族と過ごします。 家族サービス。平凡かもしれませんが、大事なことでもありますよ。こういう時は家族と共に時間を分かち合ってみるのもいいものだと思います。 >クリスマスツリーも、リースも元々はキリスト教とは関係のないところから発生 そうですね。キリスト教のなごりと言えば、サンタクロースくらいでしょうかね。それも随分後の人ではあるんですけど。ツリーやリースは民間信仰や、自然信仰から来ていると聴いたことはあります。 ありがとうございました。ご家族と楽しいクリスマスを。
補足
そろそろこの質問を締め切ることにいたしました。 ポイントですが、詳しく書いてくださったstarfloraさんと、そして世代による価値観の相違を示してくれたpetuniaさんに差し上げたいと思います。それ以外のおふたりには、とりあえず10nabayoshポイントを差し上げておきます。 皆様どうもありがとうございました。よいクリスマスを。
- tips
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こんばんは。 1家族や、好きな人たち同士で、暖かい部屋で 料理を食べたり、ケーキを食べたり、お話をするプレお正月のようなもの。 あとは、冬がきたなー、もう今年もおしまいだなって しんみりするまえに、ちょっと気持ちを高めておくもの。 2街の照明の色合いや、ディスプレイされるクリスマス関連のものを みるのがたのしみ。 クリスマスケーキのカラーの広告をみるのがたのしみ。 3クリスマスをどうすごすか。 仕事をしてかえってきて、23日に下ごしらえしておいた料理を つくってたべる。 うまくいけば、ケーキもたべれる。
お礼
お礼をすっとばされたとお怒りのなきようお願いします。どうぞお許しを。 というのも、「お礼する」のボタンをどうやら押し忘れたようなのです。 >プレお正月 プレお正月ですか。その下の発言からすると、プレ大晦日でもありますね。 >街の照明 赤と緑、そして鈴の飾り付け、リボン、綿雪。クリスマスって、こういう飾られ方をしていて、情緒があふれてますよね。 >仕事をしてかえってきて、23日に下ごしらえしておいた料理をつくってたべる。 >うまくいけば、ケーキもたべれる。 うまくいきますようにお祈りします。 やはりクリスマスの料理というのは、下ごしらえするくらいの料理なんですね。ちょっと特別な感じでしょうか。 どうぞ、よいクリスマスを。
- electricdream
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宗教的に全く関係ない人達にとっては,単なるお祭り的なイベントに すぎないと思います. 特に日本は,祝日そのものを,商売の道具にしてしまう傾向が強いですね. 「サンジョルディの日」や「孫の日」のように,産業界が,新しい祝い日を 世間に定着させようと画策する事例からもそれが言えると思います. 実際,クリスマスで潤う産業は,かなりの数ありますし,ムードを盛り上げて いる仕掛け人たちも,実際,そういう企業群だったりするわけです. いわゆる,一昔前のような,クリスマスを楽しむ人たちが目障りだと思うような コマーシャリズムがほとんどないという意味では,実にスマートなイベントに 定着したと思います. 子持ち世帯である私にとってのクリスマスは,やはり,”子どものための イベント”という捉え方しかできません. 今年の過ごし方ですが,例年通り,割高なケーキを買って,年末の特番でも 見ながらシャンパンもどきの清涼飲料水の詮をあけ,家族の記念写真を撮ると いった,全くもって,ありがちな休日になることでしょう,
お礼
「自作ルール」以来の回答、ありがとうございます。 >宗教的に全く関係ない人達にとっては,単なるお祭り的なイベント そうですね。その原因が何にあるかというと・・・ >祝日そのものを,商売の道具にしてしまう傾向 なんでしょうね。商業主義の名のもとに、いろいろ定着していくものがありますよね。バレンタインデーとか。そういや、ネクタイを贈る日ってなんでしたっけ、ってな感じですよね。 >一昔前のような,クリスマスを楽しむ人たちが目障りだと思うような >コマーシャリズムがほとんどないという意味では,実にスマートなイベント 確かに、クリスマスだからどうの、というのをやたらと誇張しないようにはなっていますね。 >子どものためのイベント 確かに子どもは「クリスマス会」とかいって集まってたりしますよね。 人によって価値観多様で、面白いものです。 >例年通り,割高なケーキを買って,年末の特番でも見ながら >シャンパンもどきの清涼飲料水の詮をあけ,家族の記念写真を撮る ただ単にゴロゴロですか。それは面白くないかもしれませんね。かといって歳末ですから、外に出るのも億劫だし、といったところでしょうか。 ありがとうございました。
お礼
starfloraさんはじめまして。 回答ならぬアドバイスありがとうございます。 つい先程、「ヨーロッパの地域」という質問の回答者席に同席させていただきましたね。これからもよろしくお願いします。 ということは、僕がクリスマスを「西欧の伝統」と言ってるのは、自分があちらで答えていることにも矛盾しておりますね。やむを得ませんので、「キリスト教の伝統」と言い換えておきましょう(苦笑) <<ともかく何か機会を見つけて、宴会したい人や、または、若い人なら、友人とパーティを楽しんだり、恋愛している人なら、相手とのより深い交際のため、よい口実となる日>> <<キリスト教の信者や、それに準じる人(わたしなどはそうです)にとっては、聖なる日ですが、そうでない人には、交友を深め楽しむチャンス日の一つ>> 非常にステレオタイプな意見かな、と思います。 メディアで捉えるのはそうしたクリスマスのイメージではないでしょうか。 カトリック教国ポーランドでは、クリスマスのことを「主の降誕」という訳がふさわしい言い方(ボジェ・ナロヅェニェ)で表しています。一方、クリスマスとは「キリストのミサ」という意味です。そして、日本での意味は、と問うと、全く違うものが生まれてくるかと思います。それをうまく一語で表すことが難しかったのですが、まあ、starfloraさんの説明のなんと適格なこと。 <<心を静かにして、人類の未来などについて、思いをはせ、ひととき、聖なる日の思いで一日を過ごしたい>> どんちゃん騒ぎをしたい人もいるでしょうが、こういう機会ですから、こういう過ごし方というのもいいでしょうね。 というより、日本人は意外にこうやって「人類の未来などに思いをはせる」人が少ないのではないかと思います。お正月は羽目をはずして遊び、節句にかこつけて享楽にふけり、お盆は先祖よりも親戚づきあい目当てで帰省してみたり、というような感じで、思索にふける土台が文化にないのかもしれません。 そんな中でstarfloraさんがこう過ごしておられるのは心暖まる限りです。 ありがとうございました。よいクリスマスをお迎えください。