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人を殺してはいけない理由とは。

こんにちは。 昨日の女王の教室で、人を殺してはいけない理由を 聞いた時、すごい感銘を受けました。 そこで、あなたなりの人を殺してはいけない理由を 教えてください。 ※1 もちろん僕自身、『人は殺していい』など思っていません。 ※2『法律で禁止されてるから』というような客観的な回答ではないの回答をお願いします 参考(女王の教室にて…うろ覚えですが…) 人の幸せや愛や自由を奪う権利など誰にもありません。遺族に悲しみや痛みを与える権利など誰にもありません。だから人を殺してはいけないのです。

みんなの回答

noname#67821
noname#67821
回答No.33

人にはみんな未来に対して様々な可能性があります。 人を殺すという行為はこの可能性をすべて奪ってしまう行為、だから許されない行為であると思います。 一般的に自殺があまりよいこととされていないのも、自分の残された可能性を放棄する行為だからではないでしょうか。

  • gentosai
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回答No.32

わたしは、自分が殺されたくないからと答えます。 単純に「自分がされたくないことを人にもしない」という思うからです。 自分が殺されそうになったとき、どう思うか考えるという事です。 ここからは、わたしの考えていたことを書きます。 もし「私は殺されてもかまわない」と思っている人がいたとしたら、その人は他の人を殺してもいいのでしょうか? 「私は殺されてもかまわない」という人がいたとしたら、殺したいと思っている人は殺していいのでしょうか? これはもう、倫理的・法律的な考えを抜きにしたら、「殺してよい」と言うしかありません。 ニュースで「重犯罪者」を見た時、みなさんはどう思いますか? 某団体の長も、国民に一斉の非難を浴びました。 多くの人々が「死刑にすればいい」と考えたと思います。 おそらく、死刑を宣告されたら、多くの人々が「当然だ、早く死んでしまえ!」、 普段、子供たちに命の大切さを教えている大人たちでさえも、そう思うことでしょう。 「奴はそれほどの罪を犯したんだから死ぬのは当然だ!」と考えるでしょう。 わたしは、国民の多くが「こんな奴、殺してもいい」と思ったら、そいつは殺してもいいという 事になるんだと考えました。 しかし、彼には家族も子供も、そして信者達がいます。 彼が死ねば、これだけ多くの人が悲しみます。それでも、みんな「死刑にしろ、殺せ!」と言っているのです。 矛盾していると思いませんか? 他の方に反論するようですが、わたしは殺してならない理由としてあげられている 「権利、倫理、損得、悲しみ、道徳、本能、宗教、法律」、それらは一意にして綺麗事でしかないと思っています。 天涯孤独で、死んでも誰も悲しがらない、そういう人がいたとき、その人は殺してもいい人ですか? 生きていて何も社会に貢献していない(様に見える)、誰とも関わらない人、 死んでも何の影響も出ない人は殺してもいい人ですか? わたしは、権利や悲しみで人の命を図ることは絶対に出来ないと思います。 また、戦争で国の為民の為、平和がくると信じて、他国の人間と戦い、殺してきた兵士が、 戦争が終わったとたん、人殺しと罵られ、刑を与えられる、、。 「一人の命は地球より重い」かどうかは知りません、が、「なぜ人を殺してはいけないのか」という 事は、結局自分の信念でしか自分が納得のいく答えなど出ないと思います。 仮にわたしが、自分の子供が殺されたとしましょう。 わたしは殺した犯人を許さず、なりふりかまわず自らの手で殺してやりたいと考えるでしょう。 目の前に犯人がいたとしたら、即座に行動に移すかもしれません。 ただ、殺したあとどうなるのか?別に家族が生き返るわけでも無し、犯人がこの世から 消えるだけです。当然、殺してしまったということも生きていくうえで重荷になるでしょう。 復讐を遂げたわたしは、その後何を思って生きていけばいいのでしょう。 これは、実際に起こらないとわからないかもしれませんが、もしその場に立ったとき、 そんな冷静に考えをめぐらすことが出来るでしょうか?目の前に子供を殺した犯人がいて、 自分の足元には子供の遺体が転がっている、そんな状況で。 わたしは冷静でいられる自信はありません。 人を殺す程(殺さなければならない程)の理由があれば、人を殺してもいいということになるのでしょうか? 自分がある人間を殺すということを本気で想像するにも、やはり出来ないと思います。 実際「こいつを殺したい」と思っても、本心では殺したいなどとは考えることなど不可能です。 実際に殺人をした人間に、「なぜ殺していけないのか」と聞いても、答えなどでないでしょう。 それこそ、どこかの掲示板で見ましたが「殺人は健康に悪いなど明確な理由があれば納得する」と 書いてましたが、それがないから問題なんです。それの代わりになるのが法律であると思います。 (といっても、法律の罰則という名で公的殺人は行なわれているのですが、、、) 世の中いろんな考えがありますが、平和に暮らす為に「秩序」や「法」があるんだと思います。 でもそれは、他人への単純な「思いやり」なのではないでしょうか。 (ちなみに無秩序の世界を、「北斗の○」は如実にあらわしていると思います。作品としてはものすごく面白いです。ほんとにこんな世界になったらイヤですが・・) 私も「女王の教室」を見ました。 マヤ先生が言っていた、子供に対して痛みを教える事は本当に正論で(皮肉でなく本気で)、 子供にたいして親が教えなければならないことだと思いました。 綺麗事と書きましたが、教える立場の親が子供に対して教えてあげなければならないことは、 綺麗事でもいいと思います。 子供たちが自分で考えられるようになったとき、自分で自分なりの答えを探していくのではないでしょうか。

noname#234180
noname#234180
回答No.31

私も女王の教室見てました。 一時期バッシングされたらしいですが良いドラマですよね。 私の理由は「法律で殺した自分も辛いから」というのがありますが 一番の理由はこれだと思います。 「人間でいるために」 女王の教室でも言っていましたが、人を殺すとそのご家族や殺した側の家族 全員が苦しみます。 殺した本人も両親があれば苦しみます。 良心がない人は苦しみませんが・・・・それは「人間」でしょうか。 人が人として生きるために、 心が人であるために、 人を殺してはいけないと思います。

noname#33727
noname#33727
回答No.30

 「殺してはいけない理由」について、人に教える目的ではなく、自分の考えを言うのであれば、  ・周りがしていないから    →周りから拒絶されたくないから  ・自分もされるから    →自分を守りきれないから だと思います。ずいぶんあんまりな回答ですけど(汗)。  ちなみに「殺さない理由」では、「得しないから」なども付け足されます。

  • piko404
  • ベストアンサー率9% (7/71)
回答No.29

女王の教室観ました。 おもしろいからずっと観てたんですが、今回は真剣に考えちゃいました。 真矢先生の意見には大賛成です。 子供に話す理屈としては素晴らしいと思いました。 でも理屈ではそうでも私には死んで欲しいくらい憎い人がいます。でも殺したいとは思いません。 犯罪者になって自分の人生をその人の為に無駄にするなんてばかばかしいからです。 結局殺さない理由って法律かもしれません。

  • d-drop
  • ベストアンサー率22% (214/938)
回答No.28

 こんばんは。  こんなふうに考えてみました。  生物はどんな種でも、「繁殖本能」がありますね。同じ種を絶やさないように、増やすようにする本能。  人が人を「殺す」っていうのは、その本能に反するじゃないですか。同じ種に属する個体をひとつ減らすし、その個体が繁殖してゆく可能性をもストップしてしまう。  だからですよ、きっと。

  • luyi
  • ベストアンサー率38% (5/13)
回答No.27

 ある小説で「死んでも良い人はいますが、殺して良い人間は何処にもいません」という台詞が忘れられません。その前に「人間はいずれ死ぬのだから、皆が死んで良い人間だ」と言う言葉があってこその衝撃だったのですが。  理屈とか、理由とか、そういうのを抜きにして、私の中ではそれが真理だと思っています。  人の生殺与奪の権など、本人ですら持っていないのですから(死は、本人が望む望まないに限らずやってきます)他人が持つなど、おこがましいにも程があります。   あと、私には人並みの想像力がありますから、人を殺した後の事、殺された人の事、自分や殺した人の周りの人の事など色々想像します。その上、人並みの打算もありますので、こんな割に合わない行為をするなんてばかばかしい限りだと言う結論に達するでしょう。  これは、殺してはいけない理由ではなくて、殺さない理由ですね。

  • igarasik0
  • ベストアンサー率28% (59/208)
回答No.26

人を殺して良いことになると、多少なりとも社会が混乱します。 混乱した社会では、(様々な意味で)豊かな生活はできません。 逆に、人を殺してはならないという事にすると、みんなで豊かな生活をすることができるはずです。 (殺人が日常と化した地域は、大抵貧しい地域になっているのではないでしょうか?) こういう理由で、それなりに安定した状態で保つために、誰もが人を殺さないようにする「おやくそく」になっているのだと思います

回答No.25

殺さない理由と、殺してはいけない理由は違うと思いますが・・・ 殺してはいけない理由は、殺人罪が適用され余程のこと(殺らなきゃ殺られるなど・・・)がない限り法律で罰せられるからです。その代わり、業務上過失致死だとちょっと軽くなりますが・・・ 味気ないので、もう一つ。自分が滅多な事では殺されたくないから・・・自分がやられたくないから相手にもしない。ただ、それだけの事です。 殺さない理由はそこまでの理由がないからでしょ。後は殺してはいけないという想いが抑えているという事でしょうか?

  • taka-1314
  • ベストアンサー率21% (61/281)
回答No.24

人は殺してはいけない理由はやはり「法律」で決められているからだと思います。 その「法律」は古代中国の儒教などの教えや仏教やキリスト教にいたるまで様々な昔の考えをルーツにしてきていると思います。 なぜ、古代から「人を殺してはいけない」理由があったのか。それは統治者側の理論だと思います。 つまり、殺人を認めてしまうと社会を收めることがこんなんになるからです。 人(敵)を殺しても戦争中は英雄になります。これも統治者側の都合でしょう。 ちなみに、ドラマのその言葉は正当防衛やその類の殺人は賛美しているように聞こえます。 私には今更な奇麗事にしか聞こえません。