>「ハムレットも父を殺そうとしていたのに先に殺したおじへの恨み・・・」という解釈をおそわりました。
くだらぬ解釋です。そんなものだらけと言つてよい有樣なので、多少過激な題名の本を探せば、幾らでも、この手の解釋は見つかりませう。
ハムレットといふ芝居は、父親が、實の弟に妻を寝取られ、あげくに殺されると言ふ、まことに遣り切れない立場に立たされた、王子の物語です。實行犯は實の叔父ですが、その叔父と實の母親が、自身の敬愛する父親を殺してまで結ばれたのです。しかも、その事を、誰も怪しまない。こんな立場に立たされて、なほかつ、亡靈として現れた父の精靈に、復讎を頼まれるのです。あなただつて、並大抵の悩みでは済まないでせう。それ以外の解釋は、マヤカシです。
そもそもこの物語を、一般的な、人生の悩みだとか、性格の謎だとかで説明する事に、無理があるのです。ハムレットは、ハムレット以外では有り得ません。この主人公に、心から同情出来ぬやうな中途半端な読み方をしてゐる連中の頭の中に、さうした妄想が生れ、コールリッジなどといふ男などは、「ハムレットは、自分自身である」などと口走る醜態を演じたりする事になるのです。
同じく、實は父親を殺したかつたのだなどといふ妄言を弄する連中も、何の事は無い、ハムレットなどはどうでもよくて、自分の抱へる些細な悩みで、頭を一杯にしてゐるに過ぎません。そこから邪推して、ハムレットを己と同等の人物と勘違ひして、この主人公を、卑近な人間に貶めてゐるに過ぎません。悲劇なんぞ、さうさう、世の中に轉がつてゐる筈も、無いと言ふのにです。逆上せるのも、いい加減にして貰ひたいものであります。
さて、その代表格は、よく知られてゐる事ですが、精神分析學なるものを確立したとかと煽て上げられてゐるフロイトです。分析なんぞで、何が判るものですか。せいぜい、暇人達の妄想を、解決するだけに過ぎません。實は、ハムレット自身が父を殺し、母親と結ばれたかつたなんぞは、漫畫の世界でも、採上げますまい。
ともかくも、ハムレットの抱へてしまつた問題は、みづから望んでのことではありません。さうした、どうにもならない、悲劇的な結末をしか迎へられない立場に置かれてしまつた人物が、ハムレットなのです。だからこそ、初演當時より、觀客達は心から同情しつつ、その運命に立ち向ふハムレットといふ虚構の世界の人物に、限りない賞賛を捧げて来たのです。つまり、大まかに言つて、シェイクスピアの研究者よりも、觀客の方が、まともだつたと言ふ事にもなりませう。
興味を御持ちでしたら、ぜひ原文に当つて見て下さい。翻訳や解説書を参考にする事は、一向構ひません。ハムレットの運命に、涙する事が出來るまで、讀み通される事を、御勧め致します。
さて、わたくしは、さうした考へで、現在ハムレットの翻訳を進めてゐる處です。独断での解釋に基づいて日本語にしてをりますので、氣に召さぬかもしれませんが、御讀みいただければ倖ひです。ただし、まだ半ばで、完成するか、私の命が先に終はるかは、保障の限りではありませんが。ともかくも、時折は、涙しながら翻訳をしてをります。