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親に感謝している人、教えてください。
世の中いろんな境遇の方がおられると思いますが… 親に感謝している人に教えてもらいたいです。 親のしてくれたこと、言ってくれたこと、その他具体的にどのようなことについて感謝しているのかを知りたいです。 この質問をしようと思ったのは、学費を出してくれない親でも感謝している人がいるというのが不思議だったからです。人の親とうちの親の違いを知りたいのです。 よろしくお願いします。
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>学費を出してくれない親でも感謝している人がいる たぶん物事には、目に見えていることの現実以外に、人の成長の糧となる見えないものがたくさん含まれている、ということなのでしょうね。 私の家は、小さい頃、親がそろそろマイホーム購入を考える時期に、子供が姉妹2人なので、いずれお嫁に出ることなどあり、 やめて賃貸マンションに住み続けることにしたみたいです。 小さい頃は、友達の家の一軒家に遊びに行ったり、小犬を飼っているお友達が羨ましくて、せがんだりしたけれど、絶対無理だったんですよね。 かなり我慢と葛藤した時期もありましたが、でもその分、小犬がダメなら、小亀を飼ったり(笑)、金魚や小鳥を飼わせてくれました。 そういうの、ある意味見えない能力に繋がるものなのかも知れません。 いつも欲しいものをすぐに与えられてばかりだと、望むものはいつも手に入ると勘違いして我慢がきかない子になったり、 自分自身でなにか創造して生み出す、発想やアイデアの乏しい子になったりしますので、ダメな状況を理解して受け止めて、 自分で他の何かを考え出せる、という意味では、大人への性格形成としてとても大切なものを身につけられたことになりますので、そういう意味で感謝したりしますね。 また進学とか、女の子なので身の回りのものにお金がかかるし、そういうところには、心が豊かでいられるように配慮してくれたり、惜しみなく満たしてくれたり。。。 自分が大人になって、親が背負って来た経済的なこととかを具体的に考えられるようになったり、親の生き方やスタイルも理解できるようになったり。 すると、親がまた完璧ではない1個人の人間であることや、親の弱い部分もちゃんと受け止めて、良い方に考えられるんですよね。 子供を授かった親というのは、子供によってまた自分達も成長させられるものなのですよね。 親も人間なので、小生意気な子供の態度を見れば、時には自分がその子を作った自己責任を忘れたり、子供に期待しすぎたり、見返りを求めたりもする。 たぶん、子供に対して、見返りを求めることなく、無償の愛を捧げることがテーマで、その意味を理解できた時、天に召されるものなのかなとも感じたり・・・ 親の立場を考えられるようになって、体当たりするばかりでなく、親の弱さを受け止められるようになると、感謝の気持をちゃんともてるようになるのかも知れませんね。
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- mayuusa
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ふと思いついたのですが。 わたし、前頭葉、強いかも知れない。 ボーカルで前頭葉が強いひとは、すごく多いかも知れない。 たしか、「朗読」とかが前頭葉を鍛えるのに役立つんですよね。 腹から声を出して歌詞を朗読する。最高かも知れない。お勧めです。
お礼
本当にいろいろと教えてくださり、ありがとうございます。 今の生活で声を出すこと、あんまりないんですよね…。 専業主婦で、しかも半ひきこもり生活しているので…。 ダンナもわたしのことを「このまま放置していたら、ヤバイ…」と思い始めたのか(超鬱な冠婚葬祭で疲れて、カゼひいて、1週間寝込んでいたため)今までなーんにもわたしに言わなかったのに「働きに行くか、料理を習いに行くか、何か趣味見つけて、立ち直れ。(マトモになれ。)」って言い出した…。 心身ともに健康になって、部屋を完璧に整理整頓して、早くプチパートにでも出ようと思います。ヒマすぎるのがいけないんですよね…。
- mayuusa
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せっかくたくさん素晴らしい回答が来ていて、わたしまた出てくるとちょっとかき回しそう(?)ですが。 思い切って書きますね、darekaさんにとってはまだまだ、 >違いを知りたい というのが、ご質問の趣旨なのでしょうから。 お礼を色々読んで思いつきました。 darekaさんの親の「違い」のひとつに、 子供の「キャラを決めつけたこと」、とわたしは書きましたが、それをもっと別の点から見ると、 子供を「兄弟で差別したこと」と言い換えられると。 なぜそれを思いついたかと言うと、darekaさんが、憎いのは親のはずなのに、 性格の良いただの他人にまで、勝手に腹を立てて妬んでいるようだからです。 妬みはたぶん、親から兄弟差別して育てられた人に特有の感性ではないかと。 わたしは幸い、それはなかったんです。わたしも弟も同じように、母親から当たられたりしていた。 だから、と言うのはおかしいかも知れませんが、人生でせいぜい2、3回しか、ひとを妬んだことがありません。 何かの参考にしてくださいね。 さて。そこから先。 基本は一緒です。わたしも、人間関係の感情問題で、問題解決のために「相手を変える」ことに着眼したら終わりだと思います。 で、方法のひとつとして、なんでも「利用」するという姿勢もありだと思います。 自分の新しい生活は生活で、希望をいっぱい持って、楽しく幸せをキープする方向で、小さな努力をし続ける。 その一方で、まるで他人事のように、離れたスタンスで、自分の過去を分析したければする。 ただし、これ↑はあくまでも「趣味」みたいにやるべきで、これをやることで不幸になっていっちゃ本末転倒です。 もうちょっと良い言葉で言えば、「昇華」でしょうね。 どっぷり浸からないで、悩み苦しみは芸術だと思えば良いんです。 わたしはボーカルですが、いやまったく暗い暗い歌詞も書きますよ~♪なんでも利用ですよ。(読むと泣いちゃいますが、自分で、毎回) このポジティブな姿勢をまねしてくださいよ! そして現実の生活は、自分に出来ることを自分でやるだけですから、すっきりさっぱりしています。 だって、現実生活を見てみれば。 親を恨みどっぷりと暗い暗い感情に浸かりながらご飯を作るのも、 親を恨みどっぷり浸かるのは歌詞を書くときだけに取っておいて、童謡を熱唱しながら明るく楽しくご飯を作るのも、 やっている作業は一緒じゃないですか! 大根を切ったり、中華なべを回したり(いやちょっとミエ張りました。。。ホントはただのフライパンです、しかも片手じゃ回せません、握力弱くて。^^;)するのに、親への恨み感情は、要らんですよ! どっぷり悲しくなりたいときに、悲しくなるために、色々思い出せば良いと思います。妬みの感情はやっかいですが、悲しみの感情は美しくて心地悪くないです。 感情は、先に自分(前頭葉)が決めて、その感情になるために、思い出(海馬)が使われるのです。 がんばれ!!!darekaさん!!!
お礼
いっぱい回答してくださって、本当にありがとうございます。まゆうささんのHNは、一生忘れないでしょう。
補足
おーるおーるさんに逆切れのお返事書いていますが、わたしが、一番指摘されたくない、結構痛い所を突かれているという点で、かなり良い回答(つまり鋭い)だったから、ムカついたんだろうね…。 >性格の良いただの他人にまで、勝手に腹を立てて妬んでいるようだからです。 「ようだから」じゃなくて、妬んでいるんですよ。常にね。だから毎日毎日が苦しいんですよぉ。 ダンナと子供にすら「いっつも幸せそうな顔しやがって…憎い!!」と思ってるんだから…。わたしは、ビョーキですよ。 >妬みはたぶん、親から兄弟差別して育てられた人に特有の感性ではないかと。 そうだったのか…。目からウロコです。 兄弟差別というか…親はわたしが生まれたときは、ものすごい若かったけど、弟妹が生まれたときは歳とって落ち着いていたから…。 わたしのときは、嫌いなおかず残したら、物置に閉じ込めたくせに、弟が嫌いなおかず、座布団の下に隠してもニコニコしてやがったりとか…。 わたしのときは、冬で寒くても「宿題は勉強机でやれ!」といっていたくせに、弟妹のときは、もうどうでも良くなっていたらしく、コタツでするのが許されていたとか…。 一番お手伝いをしていたわたしを無視して、たま~にしかお手伝いをしない弟が皿洗いしている写真を撮ってやっているとか…。 お正月に毎年写真を撮っているのですが、わたしが近所のお姉さんのお古の洋服を仕方なしに着てフテくされている横で、弟妹が七五三の着物とスーツでニコニコして写っている写真を拡大プリントして額に入れて飾るとか…。(夏に大喧嘩したときに、このことを必死で訴え、次に帰省したときにチェックしたら、その写真が入っていた額に両親の結婚式写真が入っていました…。) 書きだすときりがないんですが、これ…親に全く悪意がなく、無意識にやっていることだとしたら、ある意味スゲーと思うんだが…。どう思われます? わたしが自分が不愉快に感じた点についての記憶力がありすぎるのが悪いんですよ…。気が付きすぎるのもある意味不幸ですよ…。弟妹は幼い頃の記憶が全くないらしい。 わたしがストレスたまりすぎてやってた、弟妹いじめも覚えてない(のか、または忘れたフリをしているのか…)恨んでないみたいだし…。同じ親から生まれた同胞のハズなのに、どーいうことなんだ!と思ってしまいます…。
- nejirigasi
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お久しぶりです。 あれからまた考えてはっきりしなかった気持ちが、 ちょっと言葉に置き換えられるようになりました。 55さんの意見に賛成です。 「人と自分」としての問題だと捉える限り、 決して解決できない問題なのだと思いました。 正しいことが通用する相手と、そうでない相手がいるのです。 残念ながら質問者様のご両親はそうじゃなかっただけなのだと思います。 根本が違っているのです。 質問者様は本来あるべき姿、正しい答えを彼らに求めていますが、 彼らには、正しいかどうかなど価値がないことなのだと思います。 あなたが求め続ける限り、これからも話は通じずに、あなたは一方通行の苦しみにさいなまれ続けることになると思います。 それは彼らに「理解してほしい」と言う甘えがあるせいです。 でも彼らには理解不能なのです。 悪気があってそうしているのではありません。 もともと人のことを理解する能力に欠けているのです。 「人と自分の問題」として相手に正解を求めるのではなく、 不条理に遭遇してしまった自分がどう納得するかと言う「自分の問題」にするしか解決法が無いように思います。 たとえどんなに間違っていたとしても、理解できない人を動かすことは出来ません。 あなたが分からせようといくらこらしめても、相手はこらしめ方に対してしか反応できないのだと思います。 この案が納得いかなかったら、もっと良くご両親を観察してください。きっとこの意味が分かると思います。 あなたも、ご両親も、誰も悪くないのです。 ただ理解能力の差が生んだ悲劇だと思います。 質問者様が早く楽になれる日がくることを祈っています。
お礼
何度も回答、本当にありがとうございます。 >でも彼らには理解不能なのです。 そうなんでしょうねぇ…。ハァ…。(ため息) まー、とりあえず、世間的には良い親に見えているはず(?)なんで、ま、いっかって思おう…。 (今思うと、家族みんなが外面が異様によくて、内面が極端に違うという殺伐とした家庭だったんだが…。)
- excelmania
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久しぶりに回答させていただきます。 ある人の言葉を紹介させていただきたくて。 >問題は自分にある、というか、問題 そのものは彼女にあるんだけどその問題を 解決するのは自分でしかないということが やっと見えてきました。 上記の言葉は、幼い頃から姉にいじめられ、彼女に憎悪を抱いてしまった青年が このサイトで質問し、色々な回答から考えに考えた末に書いていた言葉です。 私は、この言葉は至言だと思います。 問題そのものは、相手にあるかもしれない。 でも結局、解決するのは自分です。 私は実は『毒になる親』という本を読みました。 その本に書いてある通り、親のこれまでを見つめなおし、 幼い頃からの自分を認めました。 その上で、親に手紙を書き、考えたことを伝えました。 そうしたところで、親は変わりませんでした。 でも、結局最後は自分自身がどう生きるかという問題だと気づきました。 繰り返します。解決するのは自分です。 相手を責めて相手を変えることだけが解決ではないです。 私も自分自身で悩み、親を憎み、葛藤した末に行き着いたことなので、 偉そうに言える事ではないですが、でもどうか、そのことを時には思い出してもらえたら、と思います。 相手を変えることだけが解決だと思ったら、一生解決しないかもしれない。 でも、それ以外の方法を探し出せたら…彼らがそのままだとしても、幸せを心の底から実感できる日が来ると思います。
お礼
何度も回答本当にありがとうございます。 自分なりの解決策が早く見つかればいい…。 よく考えたら、わたしが高校のときにおかしくなってたときだって、ほとんどの人は優しかったのに…。もっと親以外の人とつきあってればよかったのに…。アホだ。
- tokyo24
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darekaさん、おはようございます。 ご質問、拝見しました。 わたしも親に対してあまり良い感情を持っていません。 うちの父は機嫌が悪いと子供に平気で手を上げるような人でした。そして母はそれを止められない人でした。 3歳、4歳という小さなうちからいつもビクビクと他人の顔色を伺うように暮らして来たわたしには「両親が大好き」という「恵まれた人」が心底羨ましいです。 母の期待はいつからか「子供だけ」になり、わたしは「母の望むような人生を歩まなくてはいけないのかな」と無意識に生きるようになっていました。 darekaさんが「母親に対してずっと恨みを持っている」という気持ち、わたしにはいくらか分かるように思います。(わたしは母だけでなく父も嫌いですが。) 多分、darekaさんは親から「無条件に愛されている」という「確信」が欲しかったのでしょう。 簡単に言えば「抱きしめてもらう、「いい子ね。」と褒めてもらう。そのままの自分を認めて貰う。」 そういうことが日常の中にあれば「親の喜ぶ自分」を演じなくて済んだのに、そういうことをしてくれない親だったから、何かの形で認めて欲しくて向こうの望むような子供を演じてしまった。 だからその不満が今になって爆発している。 そんな流れなのかな、と推察しました。 実はわたしも同じでした。ずっと、言いたい事があっても言えなかった。親のやり方に反発出来なかった。。。 下の方で「習字道具」と「絵の具セット」について書かれていましたが、そういう「親の価値観」で勝手に選ばれたものを無条件に受け入れなくてはいけないことがdarekaさんは我慢ならなかったのですよね。 自分の主張が通らないこと、自分の意見を認めてもらえないことが親に「人形扱いされている」と思う方向に進んだのではないでしょうか。 学費を出してもらったのなら感謝しなきゃいけないと思う気持ちがある一方で「それが親の望む道だったから学費を出してくれただけで、本当にわたしを認めて学費を出してくれたのとは違うのではないか」という疑問が拭えないから素直に喜べない。 だから何をして貰っても恨みの気持ちしか出てこない。。。 そういう循環なのではないですか。違いますか。 で、それをどう克服するか、が問題なのですが。 わたしの実践した方法は、もうズバリ「連絡を取らない。」ということ。これに尽きました。 2004年もあと少しで終わりですが、今年、親の顔を見たのは2度だけです。 電話もしていません。お中元とお歳暮を親にも送っているのですが、その御礼が留守番電話に入っていたくらいです。長期で家を空けることも、どこかへ旅に出ることも、何も知らせずに暮らしています。 わたしは、色々と経験を積んで、今たしかに思うことがあります。 それは、つらい経験というのは絶対に忘れられないということです。 その傷を、時間が癒すと誰かが言います。 けれどそれは嘘です。 いくら時間が経っても、癒えないものは癒えないのです。ただひとつ付け加えるなら「その時の自分を超えれば薄れる記憶もある」ということ。つまりつらかった体験を自分の中で受け止めて、完結出来ればそれは「癒えた」のと同じようなことになるのでしょう。自分の中で「あれはこういう体験で、必要なものだった。」とか「こういう風に捉えれば、ただつらいだけでは終わらないな。」とか意味なり理由を見つけて心の中の置き場所を変えるのです。 darekaさんが、母親から「わたしの言うことが絶対なのよ。」と勝手な価値観を刷り込まれ自己を否定されたことはつらかったことでしょう。けれど、それを反面教師とするなり人生での必要悪(言葉は悪いけれど。)とするなりして自分の気持ちを整理出来た時が、本当にこの問題に決着がつく時なのではないでしょうか。 中には、幼い時に虐待を受けても、施設で暮らしても「親に感謝している」という天使のような人もいます。 でも人は人。自分は自分です。 どうして「わたしもそう思わなくちゃ。」と自分を追い込む必要があるのでしょう。 わたしは、今でも親は嫌いです。多分もう2度と実家では暮らさないでしょう。もしも後に高齢で親が倒れたらホームに入ってもらいます。引きとりません。面倒も見ません。 冷酷な人間だ、とけなされてもいいのです。 3、4歳で、怒り狂った父親に逆さ吊りにされ振り回された時の恐怖は、相当なものでした。その時に受けた心の傷は、多分そうすることでしか癒えないと思ったからです。そしてそれは他人には分からないつらさでしょう。 darekaさんが、今の自分を愛し、親との記憶を乗り越え(赦すのではなく、忘れるのでもなく、昇華させ)ご自分の人生を大切に生きていかれることを陰ながらお祈りしています。 最後になってしまいましたが、あの時はお世話様でした。 あなたが本当は優しい人だということ、知っています。出会えたことに感謝しています。 本当にありがとうございました。 tokyo24
お礼
まさかあなたから回答いただけるなんて、びっくりしました。本当にありがとうございます。 冠婚葬祭で東京に行くんですよ…。親の金で六○木○ルズに泊まるのに、超ウツです…。 最近、親に露骨に冷たく接しているので、ダンナとかが心配しています…。 親に会いたくないけど、子供は親になついているので、子供にネガティブなこと聞かせたくないし、ハァ~、早くなにか、気が紛れるような楽しみが見つかればいい…。 >「無条件に愛されている」という「確信」が欲しかったのでしょう。 そうなんですよぉ。うちの親の愛は条件付の愛なんですよ…。 中学のときに校外模試で成績優秀者の表に載ったら、すっごい機嫌がよくなって、服を買ってくれましたよ…。 高校で落ちこぼれ(勉強しても不幸になるばっかりなので、やめた。)たら、激怒してました…。
私の境遇と似ているので、こちらでの質問回答を参考にさせていただいています。 私の母は「私はよい母だ」と自我自賛しています。 娘とよい関係だということを他人に自慢したいようです。見栄っ張りな母なのです。 小さい頃に父のことで苦労していると延々と母の愚痴を聞いてきたので、「母はかわいそう」って洗脳されてきたので、ずっと母の味方でした。 が、自分も家庭や子供を持ち、父との不仲は母にも原因があるのがわかってきました。 子供のことで苦労があると「悪い子」って言って、 何が原因にあるのか考えてくれなかったことも思い出しました。 その他いろいろ母のわがまま、自己中な性格が目について、小さい頃の洗脳が解けてきました。 すると、私は今までなかった悩みが出てきました。 うまく表現できませんが、母と離れたいのです(精神的に) そのためには、よい娘を演じるのをやめて、 一度ぶつからないといけないと思っています。 昔の母の間違いを母自身に認めてもらう、それが実現した時、心が解放されるような気がします。 しかし、ぶつかること自体大きなストレスを伴います。それが問題です・・・
お礼
>うまく表現できませんが、母と離れたいのです(精神的に) わたしも離れたいです…。 正直もう、誕生日プレゼントや母の日プレゼントもやめたいです…。 >しかし、ぶつかること自体大きなストレスを伴います。それが問題です・・・ 夏に大喧嘩したとき大変でしたよ…。 下のほうのお礼で反撃するとか書いてますが、反撃できるかどうか…自信ない…。 回答ありがとうございます。
- hime444
- ベストアンサー率20% (1/5)
マイナス思考、プラス思考、というのも関係あるのかもしれませんね。 大変ですね。 毎日楽しくないでしょう。 かわいそうです。 なるべく考えないようにして、何かに打ち込んでは?死ぬほど打ち込んでは。
お礼
やらなきゃいけないことは、いくらでもあるので、それをします…。 再度の回答ありがとうございます。
- WANKO_P
- ベストアンサー率28% (19/66)
No.18・29です。 度々すみません。 色々な回答が飛び交い、私としても勉強になる事が多く、質問者様には感謝している部分が大いにあります。 ありがとうございます。 No.35の回答者であるjyoufinさんが薦められた『毒になる親』という本ですが、先日ネットショップで注文して読み始めています。 自己回復の為に同じ様な辛さを抱えた人と交流する場を自分でも設けようと、サイトの立ち上げを進めているのですが、内容を整理しつつ何を書こうか考えた時、実は、親との関わりがもっともっと険悪になればいいのになぁと、心のどこかで思っている自分に気付きました。 具体的に言えば、何か事が起こり、それに対して母と意見が対立し、どんどん深みにはまって行って、母に対する憎悪を増幅させていったら、そして、母側からも「あの子はもう付き合いきれない。」と言ってくれたら、楽になるんじゃないかって、思ってしまうのです。自分にとって、どんどんひどい親になってくれたら、それを理由に、親の事を恨んでも正当であると周りに思ってもらえるんじゃないかって。 仲良くしようと思っても、相手はもう60代の人間です。考えや性格が変わる事など、望み薄、です。 こちらが変われば…というのは十分分かるのですが、変わらない人を相手にする為に自分を変えるなんてしんどいし、自分を変えるのなら、もっと建設的な部分(人間関係で起こる適応障害を緩和するなど)にエネルギーを注ぎたいです。 質問者様が、反対意見もあえて望んでいらっしゃるとか、どんなに色々な回答をもらっても、何故か「でも…」と逆説的なお礼文を載せてしまうのは、自分を破綻させてしまいたいという衝動の表れなのかなと、少し心配になりました。 私にもそういうところありますので。 頑張って頂きたいです。
お礼
いっぱい回答ありがとうございます。 わたしの親に対する方針は決まりました。 今まで「可哀想な生い立ちの人なんだから…。病気持ちなんだから…。」って母親に対してグチ聞き係・励まし係していたのを夏ごろ大喧嘩して一切やめました。 でも会ったら、また同じことの繰り返しになって(良い子ぶりっ子のクセが抜けないんですよ…。反論するのが面倒って思ってしまい、言われっぱなしになってしまうんです。)ムカムカして、こちらが精神的な病気になりかけているので、こんどから、向こうが何か気に入らない言動しやがったら、殺す気で反撃してやります…。 「ヨボヨボの寝たきり老人になってから、地獄を見せてやる…それまでの我慢。我慢。」って思ってましたが、我慢しているから、こっちが心の病になってるんですよね…。 意味のない我慢をするのをやめます。
補足
時間が経って、自分のお礼(というか返答)読むと、「逆ギレ・自己憐憫・自己正当化の良い訳」ばっかりで、恥ずかしい…。回答が50件にもなってるし…。ありがたいことです。 お礼を書きたいのですが、最低限やらないといけないことすら、今できてないので、また、後で書きます…。
- momolily
- ベストアンサー率0% (0/1)
私が今悩んでいることとあまりに似ているのでつい書き込みをさせていただきます。 私も親から「本当の私」を否定?されてきました。 父の機嫌を損ねる行動、言動はやめてくれと母から頼まれ、「よい娘」を演じることを期待され、のびのびと振舞うことが出来なかったです。 私は我慢できず、高校卒業後実家を出て、それからは実家で生活することはありませんでした。 私も欲しいものを買ってもらえた記憶がほとんどありません。たまに買ってもらったら「買ってやった」という態度をされて、オーバーに感謝しないといけないことに疲れていました。 高校の時にアルバイトを始めて自分が欲しいと思うものを自由に買いました。高いものは買えなかったけれど精神的にはずっと楽でした。 両親にとって子供は「ペット」のようなものであったのではないかと思ってます。飼い主に噛み付くことなくかわいいだけの存在であって欲しいペット。 ここで言うかわいいっていうのは、親の言うことをよく聞き、文句を言わず手伝い、親の考えた枠から出ない、ものをねだらない娘です。 それに反したら「悪い子」なのです。 そして「あんたはわがままで、勝手なことばかりしている」って言われました。 私には小さい子供がいますが、子供には「自由な心」でいて欲しいと願っています。 そう願う時、自分の親を思い出し、怒りのような感情がわきあがってきます。 どうしたら、その怒りをおさめることが出来るか それを探しています。
お礼
>高校卒業後実家を出て、 ってすごいですね。尊敬します。 わたしも小さい子供がいますが、一生懸命、わたしが親にされた逆の洗脳をしています。毎日毎日ほめちぎって育ててます…。「あなたは素晴らしい。」って。 回答ありがとうございます。
- mayuusa
- ベストアンサー率18% (108/579)
これは、ただの裏読み、深読みです。 というか、近い未来の話、とも言えるかも。 質問者さんは、 幸せになりたい、と、それだけを望み、もう、自分の親のことを考えるのをやめるかも知れない。 そして、旦那さんのお母さまを良いモデルに、歪みも演技もない、素敵な家庭を築くかも知れない。 でも、ふと、たまに、また急に激しく実家を憎んでいる自分に気付く、 としたら? それは、「目の前の本当に大切なものに、自分がトライして、失敗することや拒否されることが怖いから、過去の問題に逃げ込んでいる」一種の現実逃避かも、知れない。 そんなときは、まあそんな日もあるさ、と、また、自分を許してあげてくださいね。
お礼
深く考えすぎるのも、不幸の元ですね。 いつの日にか、親と会ってるときに頭痛がしたり、眠りこけたり、熱が出て病院行ったりしなくなれば、いい…。 とりあえず、早く冠婚葬祭が終わって欲しい…。 旅費もホテル代も親持ちなのに、こんだけ悩みまくってるわたしって、なんなんだろ? 回答ありがとうございます。
お礼
>たぶん物事には、目に見えていることの現実以外に、人の成長の糧となる見えないものがたくさん含まれている ↑ですね…。 わたしが一番腹が立つのはね、わたしより、はるかに恵まれていない人(金銭的、その他いろいろな面において)が、わたしよりも全く人間的に上な性格していてて、穏やかでイライラしていなくて、楽しんで生きてるってことです。そういう人は親がよっぽど良かったんだろうと思って、妬ましくなりますよ…。
補足
↓のお礼欄に「回答ありがとうございます。」って書くの忘れてました…。すみません。