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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:靖国神社とは何なのか)

靖国神社とは?意味や軍事目的、会津・西郷の祀り方について

このQ&Aのポイント
  • 靖国神社は、戦争で日本側として戦い死亡した人々を祀る神社です。
  • 明治政府が造り、軍が管理した軍事目的の施設でもありました。
  • 靖国神社はA級戦犯が祀られるようになったのは死後20年以上経ってからであり、会津や西郷を祀らないのは靖国にその気がないためです。

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  • eroero4649
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回答No.1

日本の神社では、お祀りする対象についての決まりがありません。だから誰をお祀りしても構わないのです。京都の伏見稲荷大社では、小説家の阿佐田哲也(色川武大)さんが「ギャンブルの神様」として祀られています。神田明神の主神は、表向きは天照大神となっていますが本当は平将門公です。かなり皇居に近いところで逆賊が祀られています・笑。 んで、靖国神社は「国(明治政府)のために戦って死んだ人たちを祀る施設を作ろう」ということから始まった神社です。神社としては非常に最近の神社なんですね。 会津や西郷は明治政府からすれば「敵」になるわけですから祀る対象にするのは差し障りがあるということになりますね。それは明治政府から「敵認定」された人たちもあまり望まないことだと思います。第二次大戦では、日本兵として戦争に参加して戦死した朝鮮人の人たちが何人もいます。本来は彼らは日本兵として参加したわけですから靖国神社のお祀りの対象となりますが、それをやったら韓国の人たちは感情的に猛反発することでしょう。 >多くの国では、自分の国を守るためという愛国心で十分に戦います これは多くの国では独立戦争を経て自分たちの国を作ったという歴史があるからです。オランダやアメリカもそうですね。一方の日本はどこかの国の支配を受けたという歴史がありませんから、戦争というのは戦国時代のような身内でやる内戦か、朝鮮出兵や日清・日露・日中の各戦争のようにヨソに攻め込んでやるかのどちらかなのです。 >では日本人はどうだったのでしょうか?愛国心が足りなかったから「戦死したら神様」ルールを加えることで士気を補おうとしたのでしょうか? だから明治政府が大変苦労したのがそれだったのです。江戸時代でいうところの農民や町人が「お前たちもこれからは徴兵で兵隊になるように」っていわれたら、猛反発したんです。「そういうのって、武士がやればええやん。なんでうちらがやらなあかんねん」て。徴兵制度をどうするかっていうのは明治政府内においても侃々諤々の大論争にもなりまして、これはこれで面白い話がありますが今回は割愛。 それで明治政府がやったのが、「尋常小学校で子供たちを教育する」だったのです。天皇陛下は君たちのお父さんと同じなんだよ。だから、天皇陛下のために大人になったら兵隊になって忠誠を誓うんだよ、と洗の・・・、いえもとい、教育をしたのです。 ちなみにこの教育システムをまんま真似したのが北朝鮮です。 そしてもうひとつの宣伝(プロパガンダ)として、「戦死したら靖国神社で手厚く祀られて神様になる」というのを用意したのです。ほんで「こんな立派なおやしろに神と祀られもったいなさよ母は泣けます嬉しさに」なーんて宣伝ソングも用意したのです。 ただ、そういう人たちをまとめて祀る神社というのはどのみち必要なものだったと思いますよ。どこの国にも戦死者を弔う施設はありますからね。

pringlez
質問者

お礼

なるほど。武士じゃない人を集めて戦わせようとしたから、「愛国心が少ない」「士気が低い」ということで困っていたのですね。それを補う仕組みとして靖国が利用されたのですか。それは確かにありそうですね。 ありがとうございました

pringlez
質問者

補足

創建当時明治政府にとって敵だったのは当たり前です。それから100年以上経って政府管轄から外れ自由になっているわけです。だから今でも祀っていないのは靖国神社の価値観ということになると思いますが、靖国神社としては今でも、会津や西郷を逆賊扱いしているということですよね。 >本来は彼らは日本兵として参加したわけですから >靖国神社のお祀りの対象となりますが、それをやったら >韓国の人たちは感情的に猛反発することでしょう。 「本来」という言葉を使っているのでもしかしたら祀られていないと思っていらっしゃるという事でしょうか?朝鮮兵も当然祀られていますよ。

その他の回答 (14)

回答No.5

>靖国神社とはどのような意味があったのでしょうか? 戦闘員である兵士にとっては、戦友意識(平たく言えば仲間意識)の支柱になっていました。 現在とは価値観が異なりますので誤解なきように願います。 >では日本人はどうだったのでしょうか? 他の国と変わりはありません。 >愛国心が足りなかったから「戦死したら神様」ルールを加えることで士気を補おうとしたのでしょうか? このような目的で設置されたものではありません。 >靖国神社とは何なのか? 時代時代で意味づけが変わっています。 >靖国神社はなぜ軍が管理していたのか? 当時の大日本国憲法では信教の自由が定められていたこともあり政府内に所轄官庁を設けることができませんでした。 大日本国憲法では軍は天皇直属の機関でした。 選挙に基づいた議員内閣とは別の組織と位置付けられていました。 このような関係で靖国神社の所轄が軍に委ねられていました。 >軍事目的の施設だったのか? 軍事目的といいますか、軍にとっては兵員を統率するのに必要な施設でした。 >なぜ今だに神社本庁に属さないのか? 神社本庁の設立目的と運営方針について靖国神社側との意見が一致しません。 神社本庁に所属しない神社は他にも沢山あります。 >会津や西郷を今でも祀らないのはなぜか? 靖国神社が創設された際の目的がそのまま継承されているためです。 >靖国神社にとって会津や西郷は今でも敵なのか? 敵だという考え方に基づいている訳ではありません。 戊辰戦争や西南戦争当時の靖国神社の目的と合致していないためです。 蛇足 明治政府が設立された当初は、統一国家という意識といいますか政治形態が極めて馴染みがないものでした。 藩幕制度というのは、お互いに治外法権を持っていて極めて独立性の高い国の集合体でした。 その中で最大の経済力と軍事力を持っていたのが徳川氏です。 江戸幕府というのは元々はこの徳川氏内部の統制組織でした。 徳川氏が他の大名を統率する際にこの自家の内部組織をそのまま拡大利用したものでした。 徳川氏は形式上は征夷大将軍という朝廷の家臣でした。 大政奉還というのは、朝廷から委託されていた大名を統率する責務を返還するという儀式でした。 靖国神社というのは、統一国家の設立に貢献して命を落とした人を祀ることを目的として設置された施設です。 会津藩士も西郷隆盛も統一国家の設立を阻害する人間として位置づけられていましたので靖国神社の目的には即ぐわないとして祀られませんでした。 その後日清戦争をかわきりに外国との戦闘で亡くなった兵士も祀るようになりました。 この時点で靖国神社を設置する意味づけが変わりました。 以降の対外戦争で徴収された兵員は全国から集められ戦死すれば各自の宗旨に応じて出身地で個別に祀られていました。 戦死すればお互いにバラバラになるという意識を変えさせて、戦死しても生死をともにした仲間であり続けることができるという紐帯意識を涵養する目的の施設と位置付けられました。 日本には古来国家や組織に著しく貢献した人に神格を与えれて祀るという習慣(宗教観)がありました。 この習慣を取り入れて靖国神社に祀るということは神としての神格が与えられることとされました。 このような意味から、個々の兵士は成仏した仏であるのと同時に神でもあったということになります。 神道というのは極めて広い宗教概念を含む上にそれを定義づける成文化された教義というものを持ち合わせていません。 神社ごとに祀られている神が違ったり口承される教義が異なるのはこのためです。 靖国神社というのは神社とされていますが古来の神社とは性格が異なります。 他に類例が見当たらないことから一つの独立した宗派とも見なすことができます。 まぁ~靖国教のご本尊とでも考えるほうがいいのではないのでしょうか。 大日本帝国憲法との兼ね合いで神道は宗教ではなく習慣的な祭祀であるとされていました。 この考え方が現在も尾を引いています。 日本国憲法は政教分離が徹底している上に個人の信教の自由も保証しています。 政府の要人が靖国神社を参拝する度にこの三つの事柄がごちゃまぜになって問題を複雑化させています。

pringlez
質問者

お礼

会津藩士も西郷隆盛も統一国家の設立を阻害する人間だと 靖国神社は今でも考えているということですね。 日本人を分断させるような価値観の神社にも感じますよね…。 ありがとうございました

pringlez
質問者

補足

>日本には古来国家や組織に著しく貢献した人に神格を与えれて祀る >という習慣(宗教観)がありました。この習慣を取り入れて靖国神社に祀る おっしゃりたいことの方向性はわからなくもありませんが、ただの末端の兵士が戦死して神と祀る風習は少なくとも日本にはなかったと思いますが。あくまでも幕末から明治頃にかけて造った新興宗教ルールではないでしょうか?それを「古来」とか「習慣」という言葉を使われるとかなり的外れに感じます。 もしもそれより前からあるというのであれば例を挙げていただきたいです。

  • hekiyu
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回答No.4

・靖国神社とは何なのか?    ↑ 欧米がキリスト教を利用して、国民に連帯意識を 持たせたのを真似したものです。 欧米列強に対抗するため、日本も、日本独自の 宗教である神道を利用することにしたのです。 本来の神道は、自然や先祖を敬う、というだけの 素朴で自然発生的な宗教でしたが、中国が欧米列強に 侵略され奴隷化されているのを目にした日本は、 欧米列強に対抗して、国民を一丸とするため 神社神道を人工的に作りました。 その一つが靖国神社です。 ・靖国神社はなぜ軍が管理していたのか?軍事目的の施設だったのか?     ↑ そういう面は否定出来ません。 ・なぜ今だに神社本庁に属さないのか?    ↑ 戦前は神社は宗教でない、という理屈で、政府が管理 していましたが、戦後は政教分離のため、靖国は ただの民間宗教団体になりました。 ・会津や西郷を今でも祀らないのはなぜか?    ↑ 神道というのは、天皇の宗教です。 天皇というのは神主の親分みたいな存在です。 会津や西郷さんは、その天皇に逆らった賊臣という ことでダメなのです。 ・靖国神社にとって会津や西郷は今でも敵なのか?    ↑ おそらくですが、そうだと思われます。 国連において、日本が敵国条項に含まれているのと 似ています。 何かきっかけがあれば変わると思いますが。 尚、靖国には、敵兵なども祀られています。 馬や犬、鶏なども祀られています。

pringlez
質問者

お礼

>欧米がキリスト教を利用して、国民に連帯意識を >持たせたのを真似したものです。 そうなんですか?ただそれにしては異常性が極めて強いように感じます。「天皇は神様です」から始まって、「戦死すればあなたも神様です」なんてルールは欧米には絶対にありえない考えですよね。そういう点ではオウム真理教やアルカイダ・イスラム国に似た教えに感じます。むしろそれらより異常な宗教だったと思います。 靖国神社の価値観では、会津・西郷は今でも賊臣扱いということですね。 ありがとうございました

pringlez
質問者

補足

>尚、靖国には、敵兵なども祀られています。 あなたの「祀る」という言葉はどういう意味ですか? 本当に祀られているのですか? 靖国神社のWebサイトの公式見解では # 靖国神社には現在、…国を守るために尊い生命を捧げられた # 246万6千余柱方々の神霊が、…お祀りされています。 靖国神社の由緒|靖国神社について|靖国神社 http://www.yasukuni.or.jp/history/index.html となっています。敵兵が「246万6千余柱」に含まれているということですか?それとも境内の端にある粗末な鎮霊社のことですか?少なくとも鎮霊社に関しては靖国神社は「祀る」という言葉は使っていません。神様じゃないので祀れないのです。靖国神社では慰霊という言葉だけを使っています。 これのことを「祀られています」と表現したのですか?それとも鎮霊社とは関係なく本当に祀られているのですか?

回答No.3

ちなみに 靖国神社には民間人も敵国兵士も奉られています(全員ではありませんが 特定の人物数名) 会津や西郷は明治政府から現政府に至る過程で賊軍と言う扱いだからです 天皇に反旗を翻した人は奉らないと思います 日本て国は

pringlez
質問者

お礼

靖国神社にとって会津・西郷はいまだに賊軍なのですね。 ありがとうございました

pringlez
質問者

補足

>靖国神社には民間人も敵国兵士も奉られています >(全員ではありませんが 特定の人物数名) 民間人というのはとにかくいわゆる国事殉難者の範囲ですよね。それは知っています。が、敵国兵士とはどういう人ですか?もし本当なら教えてください。

回答No.2

その当時は天皇崇拝で靖国神社は天皇陛下が戦死者を休めるために作ったので当時の兵士は死んだら靖国神社に行けるのが嬉しかった

pringlez
質問者

お礼

ありがとうございました

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