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有能な人でも出世すると無能になるのでしょうか
ある程度の地位で有能な人でも、出世すると、自分の社会的地位に自分の能力がついていけず、無能な人になるのでしょうか?
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- hue2011
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誰がと言うつもりはありませんけど、サッカーの話をしましょう。 現役選手時代、魔術師といっていい能力を持ち、大活躍をしたのでその人の名まえをつけたミュージアムがある人物がいます。 この人が日本代表監督の時代がありました。 決して弱いわけではないけどチームはそれほどぱっとしなかった。 自分だったら簡単にさらさらとできるプレイをチームに要求し、それが実現しないので当人もうんざりしたのではないか。 一方、現役時代はたいした成績もなく、ひ弱そうで「ニュー・シネマ・パラダイス」に出てくる役者じゃないのとおもわせるような監督がいたこともあった。 この人の時代は、まだチームがろくに自信をもてていない時代で、それに、やればできるということを刷り込んでアッと言う間に強くした。 要するに、指導者とか管理役になるとき力を発揮できる人間と、現場でいたほうが力が発揮できる人間がいるのです。 優秀だといわれた人間が、管理職になった途端おろおろするのは、自分のカラダなら自分でどうにかなるのに、自分でないものを動かさなければならなくなったことによります。 逆に、自分の体力がそれほどでもないけど、ひとが具体的にどうまずいかどう改善すればいいかが良く見える人がいる。 これは適性があるでしょう。
- ithi
- ベストアンサー率20% (1972/9602)
sabamaz さん、こんばんは。 日露戦争で戦った日本陸軍や海軍の下級将校はとても優秀だと有名でした。だけど、太平洋戦争で実際に戦争指導を行ったのはこの下級将校出身の人たちと日露戦争へ行かなかったある意味苦労知らずの将軍たちでした。軍部も有能な将校がだんだん質が落ちてきて、最後は誰かの腰ぎんちゃくみたいな人が出世するようなところになりました。
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11082/34531)
ある程度は、そういう部分はあると思います。名将として知られるロンメル将軍は最終的に軍集団というとても大きな規模の長となりすが、その指揮はあまり褒められたものではありませんでした。彼は現場に出て直接指揮を執るタイプなので、中隊長から軍団長くらいまでだとその能力を存分に発揮できますが、軍集団という参謀が何人もいるような大きな組織だと現場至上主義の人には合わなくなるのですね。 またその人物によってできる仕事、できない仕事があります。ぶっ壊すのが得意な人、ジャングルを畑に切り拓くようなことが得意な人、完成された畑を管理するのが得意な人、それぞれに求められる能力は変わります。例えばカルロス・ゴーンという人は、ぶっ壊してそこに新しい秩序を作ることには大変優れた能力を持つ人だったと思います。しかし、作られた秩序を管理し飛躍させるという面はさほど優れてはいなかった。だから、日産を再生させるところまではすごかったですが、その後はどうも伸び悩みました。 また、立場が上になればなるほど選べる選択肢は多くなくなります。例えば今日本の首相になった人がどのような思想があろうと、「生活保護制度は全面打ち切り」とか「日米安保条約破棄」なんてことはできないわけです。その決断が与える影響がものすごく大きくなりますからね。だから野党の一議員の立場なら「豊洲市場移転なんてやめちまえ!」と無責任に口にすることができますが、いざ東京都知事になってしまうと、じゃあやめたら代わりはどうするんだとか、建物まで作っておいてあの建物をどうするんだ取り壊すにもえらい金がかかるぞとか、もう引っ越しを準備してた市場関係者から損害賠償請求されるのは確実だけれどそれはどうするのかとかを考えたらおいそれとは言えなくなってしまうのですね。 他の方もいっていますが、立場が上になると求められる能力もまた変わりますからね。
いくら有能でも批判から人は逃れられないからです。 出世すれば人目につくでしょう、 ミスったときのバッシングも目立つので そう見えると思いますよ。
- fujic-1990
- ベストアンサー率55% (4505/8062)
その通りです。 「ピーターの法則」、副題「創造的無能の勧め」という本が出ていますが、「人は、自分が有能な分野から、自分が無能な分野(不得意分野)へと出世して、無能な分野(不得意分野)に留まる」という法則です。 例えば、優秀な高校生は優秀な大学へ行くことができます。優秀な大学生は大きな会社に入れます。優秀なヒラ社員(例えば優秀な帳簿係)は、出世して課長となり、デスクワークをして部下の管理の仕事に就きます。 すると、自分が優秀でいられた帳簿作成分野から追い出されて、人間関係が難しい分野の仕事に就かされるわけです。 そこで「無能」と判断されると、もとの帳簿係に戻されることもなく、「無能な課長」に留まって定年を迎える。 課長職でも有能だと、部長をやらされて、人間管理のほか経営という部分も見させられます。無能な部長は部長のまま、優秀な部長は取締役に出世。 以下同じ作業なるので略しますが、「無能な部長」の部下が優秀さを示しても、部長が無能であれば部下の優秀性を見いだせない。もっと酷い場合は、部下が自分を越えると困るので、あえて優秀な部下を潰そうとする。 かくして、社会は、無能な上司と、無能な上司に才能を潰された部下であふれることになる。 無能だらけなので、有害土の上に盛り土をしなくてもいいだろうとか、地下室もどきを作っても問題ないだろうと一人合点して、危険且つわけのわからんミョウな造成、構築物を作ることになる。 設計変更などの計画図面も公開を忘れたり。 という理論です。 「創造的無能の勧め」という部分では、「だから、優秀な人は、(どうでも良いところでは)無能なフリをして出世しないように努め、今の、自分が優秀・創造的でいられる分野に留まりましょう」という提案です。 東京都の役人たちは悪いことをしたとは思っていないと思いますよ、無能だから。
- k-josui
- ベストアンサー率24% (3220/13026)
社会的地位・・・ではなく。 組織の中で有能な人は出世します。 すると専門職では有能であっても、マネジメントする側に回るとそちらの能力が求められて、今までの経験は役に立たなくなるのです。 マネジメントするにはマネジメント能力が求められるのです。 ここでうまく適応できても次の段階では、組織全体の方向性を見極める能力が求められてきます。 こちらも初めての経験で中々対応できない。 つまり出世する度求められる能力が違ってくるから、すべてに適応できる人などいないでしょう。 つまり無能化する。
- kaitara1
- ベストアンサー率12% (1154/9143)
組織では上へ行くほど能力の評価がしにくくなってきます。これにはいろいろの要因があります。一言でいえば上にいくほど評価される側ではなくする側になる。本人は極端な場合何もしなくても下が評価通り働いてくれれば大丈夫です。もちろん上の仕事や責任はありますから基本的には下にいたときと同じように働いているはずです。そもそも出世するというのも能力が評価あるいは期待されたからであるというのは忘れてはいけないことだと思います。