それは、一つにあなた様の育った家庭のトーンに関係があるのではないですか?
特に楽しい家庭ではなかった。とか。
家庭にはそれぞれのトーンというものがあります。
退屈という感情に支配された雰囲気の家庭もあれば、不安に押し潰されたように暗い家庭もあります。かと思えば家族に笑いが絶えないなんてところもあるでしょう。子供の頃の環境が非常に低い感情の雰囲気の中にあると、とても人生を楽しむには至りませんよね?子供は成人してもやはり、育った家庭環境を土台にして大きくなる訳ですから、人生の景色はその人にとってそう見えるかも知れません。
人生を楽しいと感じるには、自らが未知のものに向かっていく活動に必要なエネルギーが求められます。何事にも興味や関心を持つだけの感情の強さがある程度必要なのです。
あなたがこのようにコメントされているのには、一方であなたご自身、人生を楽しみたいと望んでいられるからだと思います。
この感情のエネルギーを高めるには、単に今まで続けてきた慣習をそのような方向に修正すればよいのです。
例えば、身体面での健康を向上させるために、毎日100mを走る。ジョギングでも良いです。
一週間これをバカになって続けてみて下さい。
キツイな~~と思うなら20mでも良いです。
これだけで慣習に変化を起こすことになります。
例えば、食事。毎日の食事にサラダを加え、野菜を食べるようにする。サプリメントを摂る。
これを1カ月。やはりバカになって野菜を食べましょう。あなたの気分は変わります。
毎週末映画をとにかく観に行く。できたら劇場で。
あなたの心は和らぎ、感情が高まります。
その他いろいろありますよ。
静止した状態は退化を招きます。
あなたは人生を変える為に、この世界との関わりをほんのすこし変化させる必要があるのです。
変化は人生への興味を作り出します。
興味こそが人生を創造する基盤なのです。
死ぬまでの間に、いろいろ簡単なことを試み、続けて下さい。
お礼
ありがとうございます。 他の回答者さんのお答えには「生きていればこそ、酒、女、グルメ、釣りなど楽しめる」というものがありましたが、それもいいのですが本質的なものではない気がしています。生まれてきた意味を考えてきましたが、やはり魂の修行というのが正しいと感じます。であれば、今のような矛盾だらけの世の中がいったいどんな修行になるのかと虚しくなります。 この世の憂さをはらすために刹那的な楽しみもある程度必要でしょうが、それだけでは虚しい気がしますね。でもそう言いながら、私も酒は大好きですが。 「死ぬ時期が来れば、素直に死ねばよい」という意味のことを良寛さんだかが言ってるようですが、この心境が大事なのかもしれませんね。