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戦争が出来ないのがすばらしい?。

みなさま、初めまして。 憲法9条によって、戦争(相手が攻めてきた場合は別ですが)は出来ませんが。 戦争は禁止されているから、出来ないのは当たり前。 出来ないことを、ただ守っているのは当たり前ではないでしょうか?。 逆に、戦争ができるのに戦争をしないほうが褒められるべきではないでしょうか?。 出来ないことより、出来るのに「戦争」という行使をしないことの方が素晴らしいと思うのですが、どうなんでしょうか?。 お気軽にお答えいただければ、幸いでございます。

みんなの回答

  • norari43
  • ベストアンサー率47% (115/240)
回答No.13

そうですね、「出来ない」という事を守っている。 自衛隊の場合の場合は当たり前と言うより楽でしたね。 「出来るのにしない」これが出来たら本当に素晴らしい。 時代は変わってきています。 好む、好まざるを問わず、後者の方に持っていかざるを得ない。 そういう状況下だと思います。 軍隊で有るのだから「軍隊」にする。当たり前の事です。 そして運用に強烈なストッパ-をかける。(非常に難しい事だとは 思いますが出来る、せねばならないことだと思います) わが国独特のファジ-な感覚(私、個人的には好きですが)では 同盟国からも相手にされませんよね。時代は変わってきています。 自分に都合の良いこと事では済まされない(わが国の国力、他)で、 流れですね。 そう思います。

noname#210638
noname#210638
回答No.12

手かせ足かせ外れると困る奴ら(特亜三国)が反対反対と騒いでるだけでしょw

  • kohichiro
  • ベストアンサー率21% (306/1447)
回答No.11

世には偶発戦争というものがあるのです。 おたがいしたくないのにやってしまった…汗;;;;) こういう戦争は歴史にいとまがありません。 もちろん国境線でおっちょこちょいの兵士がたまたま撃った弾が相手に届いて戦火が広がったということもあります。 これらは「出来るから」はじまるのです。もともとできなければはじまらない、ということで憲法9条が制定されたのです。 >戦争ができるのに戦争をしないほうが褒められるべきではないでしょうか?。 >出来ないことを、ただ守っているのは当たり前ではないでしょうか?。 戦争がない世界があたりまえになる世界を目指さねば成りません。それが真の素晴らしき世界です。 http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%81%93%E3%81%AE%E7%B4%A0%E6%99%B4%E3%82%89%E3%81%97%E3%81%8D%E4%B8%96%E7%95%8C&tid=aeb3401e5ff9563c8e62d7859bbf4956&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1

回答No.10

>憲法9条によって、戦争(相手が攻めてきた場合は別ですが)は出来ませんが。 いえいえ。 戦争とは互いの軍隊が相手を攻撃して勝敗を決するものです。 日本政府は憲法9条の縛りによって攻撃命令を出せませんので、たとえ相手が攻めてきた場合でも、戦争ができるわけではありません。 責めてきた相手を迎撃するだけでは戦争とは言えませんので、、、。 >出来ないことより、出来るのに「戦争」という行使をしないことの方が素晴らしいと思うのですが、どうなんでしょうか?。 別に素晴らしいと言う程の事でも無いでしょう。 クルマの運転に例えれば、「スピード違反をしない人が素晴らしい」訳では無くて、「スピード違反をする人が駄目」ってことと同じですね。

  • sutorama
  • ベストアンサー率35% (1689/4748)
回答No.9

>戦争ができるのに できるのですね、さすがです ではまず、その論理を示すために戦争をできるようにしなければということですかね 日本語は難しいですね >素晴らしいと思う 戦争がない世の中が素晴らしいと思います そのために何ができるのか?で、にぎわっていると思います

  • jgk99
  • ベストアンサー率39% (16/41)
回答No.8

質問内容と回答が離れているかな。 つまり、酒を飲めない人間が禁酒するのと、大酒のみが禁酒することの違いを言っているのでは。 酒なら、質問者の考えは正しい。 しかし、戦争となると、戦争をしないという政権が作った軍隊が、戦争したい政権に使われる可能性があるので、これは困ると思う。

回答No.7

あなたの論理だと、 「私は泥棒をしません」と宣言すれば、泥棒に入られることもないわけですなw

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.6

(相手が攻めてきた場合は別ですが)     ↑ 相手が攻めてきた場合も戦争は出来ない、と 解するのが、憲法です。 戦争てのは軍隊と軍隊がやりあうことです。 軍隊を持てない日本は、戦争は出来ません。 相手が攻めて来た場合は、ゲリラや警察力で 戦う、というのが本来の個別的自衛権です。 これが世界一般に認められている個別的自衛権と いうものです。 日本政府が主張している個別的自衛権では、 9条を規定した意味が無くなります。 ”戦争は禁止されているから、出来ないのは当たり前。 出来ないことを、ただ守っているのは当たり前ではないでしょうか?。”       ↑ そうですね。犯罪と同じく、禁止されているから やらない、ということなら、誉めるほどのコトもありません。 当たり前です。 ”戦争ができるのに戦争をしないほうが褒められるべきではないでしょうか?。           ↑ 出来るのに、平和の為とかの理由で、やらない、という方 が崇高かもです。 ”出来ないことより、出来るのに「戦争」という行使をしないことの方が 素晴らしいと思うのですが、どうなんでしょうか?。”      ↑ 崇高かも知れませんが素晴らしいと言えますかね。 やらないのなら、何兆円もかけて軍隊を整える必要は 無いでしょう。 貴重な税金をそんなことの為に使うのが素晴らしいので しょうか。 そんな金があったら、福祉、科学振興など、いくらでも 使い道があります。

  • kaitara1
  • ベストアンサー率12% (1154/9141)
回答No.5

アメリカの都合だけで憲法あるいはその解釈を変えなければならないのが気持ちが悪いのでは。本来ならばほかの国でも現行憲法を採択するように働きかけるのが積極的平和主義だと思う。

回答No.4

>憲法9条によって、戦争(相手が攻めてきた場合は別ですが)  は出来ませんが。 9条を素直に見れば、相手が攻め込んできた場合でも戦争は 出来ません。 >戦争は禁止されているから、出来ないのは当たり前。 内乱防止の為、GHQが警察予備隊を作らせたまでは9条 違反せず。しかし、朝鮮戦争に中国軍が介入してきたように 内乱に乗じて外国からの軍事介入に対応できるようにと 警察予備隊を自衛隊と改名し戦力と言えるものを拡充して いきました。憲法違反の始まりです。その後はひたすら 9条の拡大解釈で違反をごまかしているだけです。今回の 安保関連法改定は更に一段とジャンプした拡大解釈です。 ですから、時の政権の思惑次第で戦争となるやもしれず、 とても「戦争は禁止されているから、出来ないのは当た り前」とは言えません。 >出来ないことより、出来るのに「戦争」という行使を  しないことの方が素晴らしいと思うのですが、どうなん  でしょうか?。 平和時に戦争はしないと多数の国民が心に決めていても、 有事の状況如何によっては、政権の思惑次第で戦争になる 可能性もあるでしょう。その時憲法で出来ない縛りがその 可能性を少しは減じるのではないでしょうか。外国から 見ても、憲法で縛りの明記がある方が戦争放棄の覚悟の 信用が高いと思います。

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