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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:「北へ帰る」・・・あなたのイメージは?)

「北へ帰る」・・・あなたのイメージは?

このQ&Aのポイント
  • 北へ帰るという曲のイメージを考察しました。
  • 北へ帰るという曲は、演歌では言葉にならないほど重苦しい世界が描写されることが多いです。
  • なぜ「北」の方角が唄われることが多いのか、考えました。

質問者が選んだベストアンサー

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  • hiroshi01
  • ベストアンサー率34% (26/76)
回答No.5

>、「帰る事を唄った曲」には、「北」以外の方角は、あまり唄われていないようにも想いますが・・・どうしてでしょう?・・・ もちろん北というイメージが東北的な寒い、暗い、貧しい、原始的というところからきているというものもあるのでしょうが、要は日本人が好きなパターン化という現象なのでしょう。そう切り捨てたら実もふたもないのですが、これは東京が中心になって以来の現象、というよりも、東京以西はむしろ古くから栄えていて、東京を巨大化させた原資というか人間はほとんどが石川啄木などをはじめとした東北から上野駅へ来た膨大な出稼ぎ人員だったということがあるのでしょうね。江戸時代はまだそういった現象はなかったとおもいます。 京都が中心だった頃は、東京自体が辺鄙な場所で、「東くだり」といわれたのはご存知の通りです。 >「北の地」は「最果ての地」とも表されることも多々ありますが、なぜ「東」や「西」「南」ではないのでしょう?・・・ 上記しましたが、歴史的には日本の先進文化が稲作とともに南から進行してきたということで、東北は長く縄文文化が残り、森の開発が遅れ後進的で貧しかったということは大きいと思います。縄文人、もっというとアイヌ系の民族文化がずっと中央の政権との融和を拒んでいたことも遅れの原因かもです。 縄文文化の後裔を名乗る多くの作家(井上ひさしが代表的で酢)や美術家思想家は、日本の文化にそれらのこだわり、鬱屈した精神が多大な貢献をしたといっています。「北帰行」や青葉城恋歌なんかの多くの歌もその所産かもしれません。

noname#216458
質問者

お礼

ご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo これが5番目のお礼になりますが、お礼を書き始めて、「北」はそれ自体、「寒い」「暗い」「貧しい」「原始的」というところからきているイメージが付きまとうが、それとは別に、要は日本人が好きなパターン化という現象である、とのご意見は、実はこの質問に寄せられた各ご回答の根底にあるものではなかろうか、と、今では思うところであります。 後のご回答にもある、あの名曲でさえ、結局は「刷り込まれたイメージによるもの」ではなかろうか、とさえ、思うものです。 多かれ少なかれ、皆さん、そう思ってらっしゃるのではなかろうか・・・ ご記述の石川啄木しかり、また、いっときの”集団就職の情景”は、夢を求める若者を都会に集める格好の宣伝材料だった・・・ 稲作の文化に見る歴史の変遷・・・ おっしゃるとおり、歴史的に見れば、日本の先進文化は稲作とともに南から進行・北上し、東北方面は長らく縄文文化が残ったおかげで、森林開発が圧倒的に遅れ、後進的で貧しかったと見る事実は外せないところでしょう。 縄文人、さらにアイヌ系の民族文化がずっと中央の政権との融和を拒んでいたことも遅れの原因かも、とのお説は興味深く拝見しました。 たしかに、江戸が日本の中心となる遥か以前に京都・奈良を都と呼んだ時代、「都落ち」と言えば「東くだり」のことでした。 歴史的な考察を踏まえてのご回答に改めて納得です。(笑) 有り難うございました。厚くお礼申し上げます。lin(_ _)imo 2015/09/04(金)14:56

noname#216458
質問者

補足

ご回答をいただいた皆様、本当に有り難うございました。 この場をお借りして、改めて、厚くお礼申し上げます。 今回の質問のネタは、あの場所での件の先輩のつぶやきに拠るものです。 「なして、ぎたさけぇる唄ぁ、みなぐらいんだぁ~?」 皆様、それぞれの想いを語っていただき、大変参考になりましたが、個人的に、こちらのご回答に、日本人ならでは意識の底流があるように感じましたので、ベストアンサーを進呈します。 皆様、本当に有り難うございました。 また、お礼とも自己主張ともつかぬ駄文に終始し、大変見苦しいお礼コメントしか発することができず、ご不快感を与えたかも知れません。併せて心よりお詫び致します。 大変申し訳ありませんでした。 また、お教えを請うときには、宜しくお願い致します。 有り難うございました。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/08(火)10:05

その他の回答 (11)

  • isoken
  • ベストアンサー率32% (596/1825)
回答No.12

linimo さん、こんばんは。 こちら自称 むさくるしぃオッサン 2号 ・・、商標登録されちゃうと誰かさんじゃありませんがパクリ疑惑になっちゃうので、先に名乗っときます。 >先方が無事65歳の定年を迎え、退職手続きの段に到りましたので、ささやかながら送別会を開催した次第です。(笑) >ちなみに、このかたは青森県のご出身です。 良い話ですねぇ、その方は一生忘れないと思います。 今時どの地方はどうとステレオタイプで語るのが野暮な事は百も承知ですが、やはり東北人には愚直にそして真面目に生きて行くイメージが付き纏う、いやこの世知辛い当節せめてそうあって欲しいとは、私の勝手な願いなのですが・・。 その方は恐らくそういったタイプなんじゃないかと・・、だから linimo さんの働きが目にとまった目に掛けてもくれた、そう言う事だろうと思いますよ。 >「北へ帰る」・・・ >演歌では、言葉にならないほど重苦しい世界が描写されることが多いようです。 >「帰る事を唄った曲」には、「北」以外の方角は、あまり唄われていないようにも想いますが・・・どうしてでしょう?・・・ 正直分からない、ただ理屈ではないんじゃないでしょうか、演歌は北じゃないと駄目なんです、日本人の琴線に触れるのはやはり寒い地方でしょう。 青森なんて特にいいですねぇ、ところで北へ帰る・北を漂う・・を感じさせる好きな歌、この私にも3つばかりあります。 『 北へ 』 ⇒ 小林旭 「 愛していりゃこそつれなくしたが、今もこの胸でゆれる微笑み 」 「 真冬の浜辺に傷痕埋め、夢はあきらめて北へ流れる 」 御多分に漏れず大人の恋愛がモチーフだと思いますが、この世の中どうにもならない事も確かにある、特に愛だの恋だのはその種の宝庫であろうかと・・。 『 帰ってこいよ 』 ⇒ 松村和子 テイストが 「 木綿のハンカチーフ 」 の男女入れ替わりバージョンですが、都会の暮らしがそんなにいいものでしょうか、でも女を待つ男心も切ないですね。 『旅の終わりに』 ⇒ 冠二郎 「 旅の終わりに見つけた夢は 北の港の小さな酒場 暗い灯影に片寄せ合って 歌う故郷の子守歌 」 恐らく訳ありの中年男女が出会った最後の恋でしょう、幸せってどこに転がっているか分からない、生まれ変わればこんなのも有りかな?、正直そう思います。

noname#216458
質問者

お礼

おはようございます。いつもお世話になります。(笑) 長ったらしい質問文に辟易されようともご来訪いただき有り難うございました。(苦笑+汗;) いつもながら、都合とは言え、お礼がとても遅くなり、大変申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo さてさて、親愛なる大磯賢太様(すみません、同じく親愛なるエスキュー様からの受け売りです)は「むさくるしぃオッサン 2号」を商標登録・・・ なぁんか、お穏やかではありませんねぇ~(笑) 質問文の書き出し「本日も、我々むさくるしぃオッサンどもの宴が・・・」に商標登録するべきだ、との、エスキュー様のご意見も賜りましたが、個人的には、断り書きにも記したとおり、リニモマーク(lin(_ _)imo)にこそ商標登録をかけたい気分です。(苦笑+汗;) あのエンブレムの件、ケチがついちゃいました・・・(ため息) 東京がオリンピック・パラリンピック会場に決まった時には、世界中にニッポンの存在が示されたものですが、国威発揚とは裏腹、新国立競技場、大会エンブレム等、なんか恥を晒し続けている印象はぬぐえません。 ハナシ変わりまして、今の自分があるのも、このかた(だけでなく皆さんの)支えによるものだと感じるところは極めて大です。一生忘れないひとになることでしょう。暫くは年賀状やメールのやり取りに終わるでしょうけれども、機会があったら、ぜひ尋ねてみたいと思っております。 ところで、件の先輩、相手と場合によっては、綺麗な標準語を話されるし、我々と接するときはフツウに名古屋弁ですし、同じく東北岩手御出身の先輩とだけで話される時は例の「ズーズー弁」、とまぁ、起用に使い分けてらっしゃいました。(笑) この質問を発して皆様のご回答を眺めるにつけ、いろんな要素を含んで日本人の琴線に触れる「北へ帰る」想いが増幅されてきたのだなぁ、との想いを強くした次第です。 やっぱり、他の方角ではダメなんですね・・・ 「北」にまつわる曲・・・「北帰行」が北への郷愁を誘う引き金になったとする御意見も賜りましたが、たしかにそのとおりなれど、それだけでもなさそうな・・・ いろんな要素が複雑に絡み合い、形成されたイメージによるものではなかろうか・・・ ご紹介いただいた3曲、いずれも日本人好みのテイストと言いますか、大ヒットした曲ですね。詳細なご自身のお言葉でのご解説も拝見し、質問者としても大変有り難く感じます。 >恐らく訳ありの中年男女が出会った最後の恋でしょう、 >幸せってどこに転がっているか分からない、 >生まれ変わればこんなのも有りかな?、正直そう思います。 味わい深い一文の御披露、有り難うございました。 それにしても、これだけ質問文をながくしても・・・ いや、これについては、これ以上はやめておきます・・・ いま、朝にもかかわらず、上記3曲、You Tubeで眺めてみましたが、小林旭さんの「北へ」、 冠二郎さんの「旅の終わりに」などは、やはりある程度年齢を重ねたオトナの男女の恋物語、「 木綿のハンカチーフ 」 の男女入れ替わりバージョンのテイスト、とのご指摘の松村和子さんの「 帰ってこいよ 」等、耳にするたび、想いは募るばかりです。 ただ、まぁ、こういった曲は・・・やっぱり夜にでもいっぱいやりながら・・・のほうが似つかわしい・・・(笑) 震災は、確かに多くの人々の命や希望を奪ったけれど、それに負けないで欲しい・・・ それから・・・別の(この前も含む)ご回答のお礼でも書きましたが、今回の質問のネタは、あの場所での件の先輩のつぶやきに拠るものです。 「なして、ぎたさけぇる唄ぁ、みなぐらいんだぁ~?」 お後がよろしいようで(笑)lin(_ _)imo またまた、駄文の連続と相成りました。悪しからずご容赦を・・・ ご来訪に心よりお礼申し上げます。 有り難うございました。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/08(火)09:53

  • hazark
  • ベストアンサー率18% (15/81)
回答No.11

こんにちは いつも たいへん お世話になり どうも ありがとう ございます。 北へ帰る という 言葉の持つ、郷愁と、やや暗い 印象について、 そして 北 以外の方角へ 帰る歌 に ついて、 いくつか 思い浮かびました。 まず、北へ 参れば 参りますほどに、当たり前ですが 日照時間が 短くなる ことです … そして、暑 過ぎず 涼しく 暖かで 過ごしやすい、 日照時間の 長い 夏 と、厳しい 寒さに とざされ、 ただでさえ 少ない 日照時間が 雪嵐 などで いっそう 少なくなってしまい、命の危険も 高まる とともに、人々の行き交いも 途絶えがちとなる 冬 の 季節の差異が はげしく、明るく 短く 楽しい 夏 と 暗く 長く つらい 冬 の 印象が 心に刻まれる ことから、 北へ帰る と すれば、懐かしい 人々 や 大自然 に また 会える … けれども、そうした 厳しく 暗い 季節の 暮らしが 待っている ことにも なる の でしょうか … それに 関連いたしまして、北半球で 太陽が 天頂で 南中する、 北の限界線である 北回帰線 は、赤道の少し上ぐらいなので、 やはり 北へ 行けば 行くほど、太陽は 地平線や水平線から さほど上らずに、また そこへ 帰って行ってしまい、 北欧の 冬などに見受けられる 地平線を転ってゆく かのような 太陽 は、一日中 たそがれのような 薄暗さを かもし出す … … 頭の中を 整理する為、ご存知の ことばかり くどくど 書きつづってしまい、申し訳ございません。 もう一つは、雁などの 渡り鳥が 秋に 群れをなして 渡ってくるのが、北からで、越冬したのち、春に 子を連れ、いっせいに 北へ帰る 姿は 印象深い もの … … しかしながら、今 調べましたら、南から 炎暑の夏を 避けて 飛来し、秋に 南へ 帰っていく 渡り鳥も いる とのこと … … ですが、やはり 仲間を呼び合う 雁がね(音) や 中秋の名月に かかる 雁の編隊は、秋へと 年の瀬と 歳月が移ろい 重なってゆく、季節感、無常感、寂寥感を 呼び起こし、古来より 多く歌に詠まれてきた のかと … 一方、北ではない 方角へ 帰る歌に ついて ですが、 イタリア なども 南北に長く、古都 ローマは その 中程にあり、 南は、シチリア島 を はじめ ナポリ などが あり 南へ帰る、帰りたい、郷愁の歌も、 もう 出されている かも知れませんが、ご存知 かと … 君よ知るや 南の国 https://www.youtube.com/watch?v=n3B4LT-fmXA ゲーテ 原作 トマ の オペラ ミニョン より イタリアからさらわれ、ドイツを旅する少女が歌う 歌詞 http://www.uta-net.com/movie/83593/ (天地 真理 さん の 熱唱も) 帰れ ソレントへ https://www.youtube.com/watch?v=-Ygp7-k7kus (テストで 歌われるんですかね …) 相変わらず、書き終えるまで 何が言いたかったのか よくわからない 回答ばかりで、 たいへん ご迷惑を おかけいたしております。 まことに 申し訳ございません。 にもかかわらず、厚かましくも、いつも 興味深い ご質問を、楽しみにさせて いただいております。 御蔭様にて、中途半端 だったり、間違っていたりする 思い込みを 正し、まったく 知らなかった、思いがけない 面白い事柄と 出逢わせて いただき、たいへん 勉強になり まことに ありがとう ございます。 今後とも 末永く、楽しい御質問を賜り、ご指導 ご鞭撻を 賜りますよう、どうぞ よろしく お願いいたします。

noname#216458
質問者

お礼

おはようございます。いつもお世話になります。(笑) (アイコンを変えられたんですね) 約2ヶ月前の「二大巨頭と言えば」では、散々悪態を憑きましたので、もういらっしゃらないかとも危惧しておりましたが、今回もお付き合い下さいまして、正直申し上げてホッとしております。(苦笑+汗;) 有り難うございました。今後とも、ひとつ、良しなにお願い申し上げます。 お礼がとても遅くなり、大変申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo いつもながら、大変味わい深い表現に感服するのみです。 個人的には、北への緯度が上がると、夏は「白夜」が印象深い・・・。 たとえば、フランスの「ル・マン24時間耐久レース」は毎年6月の下旬あたりに開催されますが、これは夜の9時になっても辺りが明るいことに拠るものです。 この時期が年間を通じて「日暮れ」が一番遅いそうですのでね。 一度DVDの映像で見たことがありましたが、北欧の冬に見られる、それこそ地平線をなぞるように動いてゆく太陽 は、それだけで大変趣きの有る、一日中たそがれのような薄暗い情景を映し出す・・・ 渡り鳥の生態にもご注目されてらっしゃいますが、北のほうから秋に群れをなして渡って来て、こちらで冬を越してから、春に子を連れ北へ帰る姿は、おっしゃるとおり大変印象深いものです。 これまでのご回答に接し、「北」には人々の郷愁の念を誘うものがあることはわかりましたが、それは、日本人だからこそ、なのかも知れません。 やはり海外に目を転ずれば、御例示いただいた2曲とも、「故郷が南」だからこそ成立する唄なのでありまして、この辺の感覚は、やはり日本人には無いものか、とも感じます。 日本人にとって「南」は「南国」、どうしても「リゾート」の気分でしょうしね・・・ 「帰れソレントへ」は中学時代にお世話になりました。 おっしゃるとおりテストの課題曲でしたが、難しい曲ですね。 うまく唄えなかった記憶だけが残ります。(苦笑+汗;) たしか、時の首相がその地を訪れるために作った曲だったような・・・ イタリアって、やっぱり、おおらかなんですねぇ~(笑)(いや、失敬) それから・・・別の(この前も含む)ご回答のお礼でも書きましたが、今回の質問のネタは、あの場所での件の先輩のつぶやきに拠るものです。 「なして、ぎたさけぇる唄ぁ、みなぐらいんだぁ~?」 お後がよろしいようで(笑)lin(_ _)imo ご来訪に心よりお礼申し上げます。有り難うございました。 実は質問のネタにも事欠く始末でして、質問の頻度が極端に下がることは明らかなれど、お目に留まりましたら、その際は、長ったらしい質問文にめげることなく、ご登壇いただければ幸いです。では。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/08(火)08:29

  • kamejrou
  • ベストアンサー率17% (191/1107)
回答No.10

こんにちは。 長い質問文ですねぇ・・・・。 質問の話をしましょう。 >何故、北方面の方角しか歌われない? はて?どうしてでしょうね?私も聞きたい・・・・アハハハ 感じるところとのことですから少し想うところを言ってみましょう。 まず「西」ですがこれは西方浄土でそこまではね・・・・死ぬしかないわけで、 そこまででもない・・・・。 「東」は日が出ずる訳でしょうし希望に溢れてるとも言える。 まあ尤も日本列島は横幅がありませんからね最果てと言う言葉もあたらない。 「南」は南国でしょうし心が寒くなるイメージがわきませんものね。 ならまあ、あとは「北」しかない訳で、辛い心の行く先は北への旅路こそがふさわしい・・・。 私も随分詩人だこと!アハハハ(大笑) 人とのめぐり逢いとは面白いものですね・・・・。 これからも大事にされてください。

noname#216458
質問者

お礼

こんばんは。いつもお世話になります。(笑) お礼が非常に遅くなり、大変申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo 長ったらしい質問文にお付き合いいただき、申し訳ない限りです。(苦笑+汗;) 今回は質問に到った経緯とお断りを書いていたら、いつの間にか膨大なものになってしまいました。 (だいたい、いつも質問を立ち上げるときは一杯やったあとですので、文章の乱れも加わって、あんな感じになります。) でも、これだけ長く書いていても、こちらの意向が伝わらないご回答に接すると、正直、気分は萎えます。 この辺は、人気質問者である御大将やエックス様、エスキュー様、大磯賢太様、(これはエスキュー様からの受け売り)がうらやましく想います。 同時にオノレの無力さを、まざまざと見せ付けられ、忸怩たる思いにさいなまれるところでアリマス・・・ さて、方角についてのご考察をうかがいましょうか・・・ 無知・無教養のヤカラには「西方浄土」の発想がありませんでした。 なるほど、極楽に向けてでは、歌として成立しない、ごもっともです。 「東」は太陽が昇ることから、希望に向けてのイメージ、「南」はリゾートの感覚で心が寒くなるイメージが沸かず、残るは「北」、寒いし、辛い心の行く先は北への旅路こそがふさわしい・・・ なるほど、よくわかりました。やはり、御大将は詩人ですよ。(笑) たぶん、この後も含めて、長ったらしい質問文に辟易しながらもご回答をお寄せいただいた皆さんの意識の根底には、少なからず、こういったお考えがあるんだろうなぁ、と漠然としながらも感じております。 多くの人々の心をつかむため・・・夢のない下品な言い方を用いれば、「所詮は、より多く売るための戦略としての産物」との程度のものでしかないのかも知れません。 それにしても、人との出会い、めぐり合いって不思議なもんです・・・ ところで、御大将は北の地御出身と記憶しておりましたが、ご自身の立場としてお感じになることはあるのでしょうか? また、どこかで機会がありましたら、お話いただければ幸いです。 それは、そうと、ここ二日ほど、御大将お住まいの県は、不順な天候の影響をモロに受けたとか・・・ どうかご無事であらせられますように・・・ ところで、今回の質問のネタは、あの場所での件の先輩のつぶやきに拠るものです。 「なして、ぎたさけぇる唄ぁ、みなぐらいんだぁ~?」 お後がよろしいようで(笑)lin(_ _)imo ご登壇に心よりお礼申し上げます。 有り難うございました。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/08(火)3:35

noname#216458
質問者

補足

御大将、勝手ながら、この欄をお借りします。 遅々としてお礼書きが進まず、現時点でお三方へのお礼が書けず、大変申し訳なく想います。 あしたからの“闘いの日々(通常業務)”に備えるため、本日は、これにて終了とさせていただき、9月8日(火)より、再開させていただきたく想います。 ご理解のほど、宜しくお願い申し上げます。lin(_ _)imo 2015/09/04(金)23:16

回答No.9

根田成一さんの、「哀しみのバラード」が泣けます。 (カバーしてる動画しか見つかりませんでした) https://www.youtube.com/watch?v=FGhHk4H5kCo

noname#216458
質問者

お礼

根田成一さんの「哀しみのバラード」 懐かしい曲のご紹介をいただき有り難うございました。 ただし、今回は、このような曲の紹介を募るアンケートではありません。 「北に帰る」ことについて、回答者様のお感じになることをご自身のお言葉でお聞きしたかったのですが、これだけ質問文を長くし、断り書きを多くしようとも、こちらの意向が伝わらないとすれば、これは質問者の不徳の致すところに尽きると申し上げざるを得ません。 また、せめて、このような曲をご紹介いただけるのなら、通り一遍な文句でなく、もう少し回答者様の、この曲に対する想い入れ等もお聞きしたかったです。 これ以上は申し上げません。ご回答、お手数でした。  2015/09/04(金)23:07

  • santana-3
  • ベストアンサー率27% (3891/13901)
回答No.8

「北帰行」・・この歌が単を発し、「北に帰る」「もの悲しい」と言うイメージを戦後の日本に植えつけたと推測されます。 「北帰行」は旧制旅順高等学校の寮の愛唱歌で、戦後に歌声喫茶等で流行り、その後歌謡曲としてヒットしたわけですが、歌詞の内容から、「もの悲しく北に帰る」と言うイメージが浸透してしまったと思われます。

noname#216458
質問者

お礼

ご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。 「北帰行(ほっきこう)」 ジャズにお詳しいベテラン会員の回答者様は、この曲を持ち出されましたか・・・ この曲は、件の宴でも歌われませんでした。なにより、ご本人が小林旭さんをあまり好んでないようでして・・・ この曲が、「もの悲しく北に帰る」と言うイメージを浸透させた歌のルーツだ、とするご意見、興味深く拝見しました。 と、いいますか、これまでのご回答を眺めるに、いろんな要素が絡み合って出来上がったイメージによるもの、と、個人的には解釈しておりますが、曲の発祥の時期、成り立ち等を見ても、たぶん、日本人の心に「北に帰る」ことのイメージを鮮明に植えつけた一曲と見ることに異論を挟むものでもありますまい・・・ 拙い問いかけ(長ったらしい質問文)にお付き合いいただきましたことに改めてお礼申し上げます。 有り難うございました。 2015/09/04(金)22:24

  • sqqrcxvx
  • ベストアンサー率9% (84/911)
回答No.7

こんにちは。お久しぶりです。 帰省されていたと思いますが、お休みになれましたでしょうか。お盆は如何でしたか。 >本日も、我々むさくるしぃオッサンどもの宴が、“いつもの集会所”で開催され、先ほど、無事終了と相成りました。(笑) この名調子・名文句、お聞きするのが楽しみです。 1行目は是非とも商標登録され、勝手に使うなよ、使用料払ってから使えよ、なんてのは如何でしょう(笑) この殺伐とした世の中で、そういうお仲間が存在する、羨ましい事です。以前の会社における人間関係友人関係も続いていると何かの折にお礼文で読みましたが、お人柄がにじみ出てますね。 >・・・推挙してくれたのも、この人でした。 ことあるごとに目をかけてくださいました。大変恩義深いかたです。 私にはこういう人が一人~い~もいない。今こうして自分がこの世に存在しているのが不思議といえば不思議です。 >徳久広司さんが歌われた「北へ帰ろう」 この人良いですよね。演歌士とか流しといったいにしえの表現がぴったりです。バーブ佐竹にもちょっと似てますが・・だいぶ違うかな?どちらも哀愁がある。 >「北へ帰る」・・・あなたのイメージは? さて本題へ 脚本家の倉本聡が某紙でここ1か月、自らの人生を振り返っていましたが・・ 彼、70年代にNHK大河ドラマ「勝海舟」を書いていまして、中途で他のスタッフほぼ全員と大喧嘩。東京から出奔してやると羽田で深い考えもなく札幌行きの便に乗る、とありました。 札幌長期滞在を選んだ彼は懐具合を気にしながら毎晩すすき野を飲み歩き、ママやおやじさん・ホステス・様々な職業のお客達の知己を得る。そのうちに彼はこの北国に根を張ろうと決意、適当な住みかはないかバーのママに相談していると、カウンター席の隣で飲んでいた客が富良野が良いよと言う。こうして富良野に移住した彼は有名な「北の国から」シリーズを生み出すに至る。 今回のテーマの答えの一部があるような気もします。かれは何故札幌を選んだのか?大阪でも福岡でも良かった筈ですけどね。それぞれにドラマがありそうな街です。 彼は北を目指した。芸術家の傷ついた遣り切れない気持ちの癒し場所はやはり北国の持つ何かだったんでしょうね・・・

noname#216458
質問者

お礼

こんばんは。ご無沙汰をしておりました。(笑) 「二大巨頭と言えば?」でお世話になったのが約2ヶ月前、質問のネタも底を尽き、自身が業務上も加えて少し忙しくなったこともあり、このサイトから遠のいていました。 お盆は8月13・14と連休が取れましたが、初盆廻りに明け暮れておりまして、中学時代の同窓会も2次会には参加できずじまいでした。(ため息) 件の先輩は、きのう、無事、愛知県営空港までお送りしました。(笑) 本日も、我々むさくるしぃオッサンどもの宴が、“いつもの集会所”で開催され、先ほど、無事終了と相成りました。(笑) きょうの我がドラゴンズは3対0で阪神に負けました。(ため息) 独りボロ・アパートで試合をテレビ画面で眺めていても面白くないし、晩メシの支度も面倒なので、ついつい出向いてしまいます。(苦笑+汗;) 拙い質問文の前ふれをお褒めいただいて恐縮ですが、個人的にはリニモマーク(lin(_ _)imo)にこそ商標権を設置したいと考えております。(爆!) まぁ、以前の勤め先の同僚にお付き合いいただけるのは有り難い限りです。 今年の名古屋場所は、初日から満員御礼の連続、会場の隅っことはいえ、千秋楽に6人分の切符が取れたこと自体、奇跡と申すべきでしょう。 あのドラマで徳久広司さんは「変な流し」の役で、この曲を披露されていました。 毎週ドラマの終りごろ、この曲が流れると、しんみりとした中に、何かしら暖かさも感じられる瞬間でした。 声の響きがバーブ佐竹さんに似ている部分もあるやも知れません・・・ あのかたは、女心を歌うのがうまかった・・・ さて・・・ いつもながら、繰り出されるエピソードの数々にうなずくばかりです。 なるほど、今回は、あの脚本家の大御所、倉本聡氏ですか、なるほど、なるほど・・・ 70年代にNHK大河ドラマ「勝海舟」の脚本を書いていたところ、中途で他のスタッフほぼ全員と大喧嘩したそうですが、彼ならやりかねないだろうなぁ、との想いを強くしました。(苦笑+汗;) ご存知かも知れませんが、渡哲也さんが主演された刑事ドラマ「大都会」の初期作品の台本も彼が手がけていますが、ご他聞にもれず、ここでもスタッフとの意見の食い違いにより、途中降板となりました。 時期は「勝海舟」の少し後だったと想いますから、ひょっとしたら、すでに富良野に移住されていたかも知れない・・・ しかし、東京から出奔してやると羽田で深い考えもなく札幌行きの便に乗るとは・・・ 後先考えずにちゃぶ台ひっくり返す星一徹みたい・・・(苦笑+汗;) しかも、これから住もうとする地を、札幌の酒場のカウンター臨席の客の勧めるまま「富良野」に決めてしまうあたりは、なんと申し上げればよいのやら・・・ 間違っているでしょうが、これは、ひょっとしたら、その昔、かの、ザ・フォーク・クルセダーズが唄った「青年は荒野をめざす」に通じるものがあったのかも知れぬ、との思いを強くしました。 なぜ、大阪でも福岡でも良かった筈なのに、敢えて北の地を選んだのか・・・ >彼は北を目指した。芸術家の傷ついた遣り切れない気持ちの癒し場所は >やはり北国の持つ何かだったんでしょうね・・・ 御意・・・ やはり、「北」には人々を引き込む何かがあるのでしょう・・・ 拙い問いかけに、(長ったらしい質問文にもかかわらず)真摯に応じていただきましたことに改めてお礼申し上げます。 有り難うございました。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/04(金)21:54

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11074/34516)
回答No.6

まず南ってのは基本的に暖かいですから、南へ帰る場合は物悲しくはならないと思います。暖かい場所に帰るのにテンションが下げ気味ってあんまないし、東京の空港を出て沖縄空港に着いてテンションが下がる人もまずいないと思います。晴れた空に白い雲。そこにハイビスカスの花が咲いてて「俺は都会に負けた」という気分にはならないでしょう。 東ですが、東京が東にあるイメージですから、東京から「東に帰る」となると千葉県民しかシンパシーが得られません。大阪から東京に向かえば東に帰りますが、まあ一般的に大阪から東京に向かう場合は「上京」といいます。大阪の芸人が東京に進出するってことはありますが、逆はあまりないです。 というわけで、あとは西と北しか残らなくなります。西も「大阪で生まれた女」とか「悲しい色やね」みたいな曲がありますが、大阪で生まれた女は男が東京に行くけれど私はついていかないって歌ですからね。 というわけで、「物悲しい」となるとやっぱり方角的に北となるのでしょうね。質問者さんの世代なら分かると思いますが、私が子供の頃だった昭和50年代までは上野駅って独特の雰囲気がありました。あの雰囲気は東京駅にも新宿駅にもないものです。確か最後まで赤帽さんがいたのが上野駅だったのではなかったかと記憶しています。子供のとき、上野駅で垢坊さんを見かけた記憶があります。

noname#216458
質問者

お礼

こんにちは。ご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo 大変わかりやすい例えを用いていただき有り難うございました。(笑) そうですね、これで6番目のお礼となりますが、皆さんの意識の根底には、少なからず、こういったお考えがあるんだろうなぁ、と漠然としながらも感じ取ることができました。 これは、これで個人的にも大きな収穫となりました。改めて御礼申し上げます。 有り難うございました。 たしかに沖縄の空港に着いて、晴れた空に白い雲、加えてそこにハイビスカスの花でも咲いていれば「リゾート気分」満開でしょうけれども・・・ ただ、まぁ、言い出せばキリは有りませんが・・・ たとえば、大阪・・・西日本を代表する大都会。 出身はたとえば四国・九州・沖縄地方とします。 ここに夢を追い求めたものの、「俺は都会に負けた」じゃありませんが、大いなる挫折感を味わった上での帰郷ともなれば、どんな曲が似つかわしいのだろうか?・・・ 実は個人的にあまりイメージができないんですよ。(苦笑+汗;) 個人的に、東京に住んだのがバブル期終わりを含む約3年、おっしゃる「上野駅」のイメージが沸きませんが、「北国への玄関口」との位置づけ、想いは以前から相変わらず持ち合わせております。 もう、東北・上越・そして新しく開業した北陸の各新幹線は東京始発だってのに・・・ そういえば、新宿には、そのような特別な想いを寄せたことは無かったようにも感じます・・・ ただ、東京は日本の首都でありますから、ありとあらゆる方面から夢を求めて上京する若者達の坩堝でもあります。 たとえば、前出の状況で東海道新幹線や航空機を使用したとしても・・・ 「俺は都会に負けた」という想いは鬱積するはずでしょうし・・・ いや、失礼、どうか、たわごとと聞き流してください。(苦笑+汗;) 「赤帽さん」・・・懐かしい響きを持つ言葉に、久しぶりに接しました。(笑) ご回答に心よりお礼申し上げます。 有り難うございました。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/04(金)15:51

  • staratras
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回答No.4

>「帰る事を唄った曲」には、「北」以外の方角は、あまり唄われていないようにも想いますが・・・どうしてでしょう?・・・ それは回答者も昔から感じておりました。そのものずばりの「北帰行」という名曲もあるのに、なぜ「南帰行」や「西帰行」はないのかと…。 どうも東京の人の「ふるさと」のイメージが東北地方にあることが背景にあるように思います。お正月に帰省する故郷は雪に被われていないと絵にならず、東京より温暖で正月に屋外でスポーツなどをやっていてはちょっとイメージと違う、というようなことです。 しかも、その「東北」のイメージはかなりステレオタイプというか紋切り型で、現実の東北地方とは異なります。「津軽海峡冬景色」がヒットしたのは回答者が東京で学生生活を送っていたころでしたが、後輩の青森県出身者が「『北に帰る人の群れは誰も無口で…』なんて誰が決めたんだ。東北線の列車や青函連絡船に乗ってみればそうじゃないことが分かるのに…」と笑っていました。 回答者はその後転勤族となり、東北と北海道に合計11年間勤務しましたが、この後輩の言う通りだと感じることが結構ありました。 余談ですが、小泉八雲の「怪談」に雪女が登場する怖い話があります。あの舞台はどこだと思いますか?と聞くと大抵の人は「東北地方」や「新潟県」などと東京より北の地方を答えるでしょう。しかし正解は何と「東京都」です。(物語の冒頭に書かれています。)「北へ帰る」歌詞が多いことと関係があるような気もします。

noname#216458
質問者

お礼

早々にご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo 他のご回答も眺めてみましたが、総じて、東京を中心とした考え方によるところが大きい、といったところでしょうか? 故郷は遠きにあって思うもの、などとも申しますが、東京の人の「ふるさと」のイメージが東北地方、もしくは北海道などにあることは、ある程度は仕方がないようにも感じます。 おっしゃるとおり、たしかに、お正月に帰省する故郷は雪に被われていないと絵にならず、東京より温暖で正月に屋外でスポーツなどをやっていてはちょっとイメージと違う、といったところでしょう。 「西」「東」「南」など、他の方角よりは、遥かにイメージしやすい、これはこれで一理あります。 特に「南」は「リゾート」の感覚が強くなりますね。 多くの人々に賛同してもらうため・・・夢のない下品な言い方を用いれば、「所詮は、より多く売るための戦略としての産物」との程度のものでしかないのかも知れません。 回答者様の御後輩様のご発言は、至極、ごもっともなことと想います。 今回の質問のネタは、件の先輩のつぶやきに拠るものです。 「なして、ぎたさけぇる唄は、みなぐらいんだぁ~?」(笑) 私は青函連絡船乗船の経験はありませんし、東北方面への旅行の経験もごく僅かでしかありませんが、たとえば東北新幹線や東北地方を縦断する寝台列車に乗ったとしても、「北へ帰る」ことに、あのような、重苦しい雰囲気など、望むべくもありません。もっと、皆さん明るいですね。(笑) たしかに4年前の大震災によって、人々は希望を失いました。 まだまだ仮設住宅暮らしの方々も多くいらっしゃいますし、それらについて多くは語りませんが、人々は一生懸命に生きてらっしゃいます。 ・・・これについては・・・この辺でやめておきましょう・・・ ところで、小泉八雲の「雪女」ですが・・・ 吹雪の夜に山小屋に泊まった2人のきこりの前に現れ、老いた茂作を殺すものの、若い箕吉には恋をしてしまい、雪女のことを口外しないよう約束して命を助け、お雪という人間に化けて箕吉と結婚し、幸せな毎日を送るも、ある日、夫の箕吉がうっかり山小屋での一夜を口にしてしまったことに泣く泣く姿を消す・・・ 実にもの悲しいラブ・ストーリーですが、相当な脚色が入れられていますね。 (と、いったら、ミもフタもない・・・) おっしゃるとおり、雪女の伝説は、一般には東北地方(青森、秋田、岩手、山形、宮城、福島)や新潟を舞台とするようにイメージされる事が多いのですが、実際は長野や和歌山、福井や愛媛などでもその言い伝えが見られるそうですし、小泉八雲の「雪女」にいたっては武蔵の国(埼玉、東京)が舞台で、初めて読んだときに少なからず違和感を覚えたことがありました。 「北へ帰る」歌詞が多いこととの関連性も無きにしもあらず・・・ 拙い問いかけに、(長ったらしい質問文にもかかわらず)真摯に応じていただきましたこと、併せて深夜のご来訪に改めてお礼申し上げます。 有り難うございました。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/04(金)13:41

回答No.3

こんばんは お久しぶりです、 たぶん、歌詞を作る人たちは東京在住(出身は解りませんが) お上りさん、が大都会で成功を夢見て、上京・・ そこで故郷を思い歌っているような気がします。 北、寒い(((( °_° ))))イメージ?北へ帰ろう(>ω<) 南、暖かい(≧∇≦)/イメージ?リゾートへ行こう(≧∇≦)/ なんで?東京に向かって、のぼり(上)北も南も西も下り? 北極点が地球の頂辺なら北海道が上り(`・ω・´) 沖縄が下りでしょぉー? グンマーなんてほぼ中心なので電車に乗る時に(滅多に使いませんが) 悩みます・・北海道に向かっても下り 新潟に向かっても下り 沖縄に向かっても・・下り・・?どないしましょ(´;ω;`) なんでんかんでん東京を中心になんてなってるから(。-`ω´-)ンー 北、そのような歌詞が多いんですかねぇ? 前、登録サイトでログイン方法リニューアルされてから ログイン出来なくなってしまい・・ あらゆる事をサポートと試したのですがエラーエラーエラー どうにもならずサポートにて代理退会処理してもらい 本家から再登録しましたので、今後も・・ ご迷惑でなければ・・よろしくお願いします。

noname#216458
質問者

お礼

「約2ヶ月のご無沙汰でした。司会のリニモです。お口の恋人・・・」 (コレ、おわかりになるかなぁ~(爆!)) いや、失礼(苦笑+汗;)こんにちは。(笑) 今回も早々のご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo なかなか質問のネタも見つからず、かつ、タイミングも合いませんで、約2ヶ月のブランクとなってしまいました。 まっ、所詮この程度のヤカラにしか過ぎませんが、これからもお付き合いいただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。lin(_ _)imo さて、・・・ 先のご回答にも御例示されていましたが、西日本の中心的な大都会だと「大阪」が挙がって来ます。本人の不勉強ゆえ、そこから夢破れて帰る情景の唄って、実は思い浮かびません。(苦笑+汗;) この後の他のご回答にあった「大阪で生まれた女」「悲しい色やね」も、ご回答のとおり、唄の方向性は違います。 たぶん、ご指摘のとおり、全ての中心を東京と捕らえる考え方が定着しているからなのだろう、と、個人的にも推察します。 たとえば電車の発着、道路の向きの呼び方、その他、東京を基点として、東京から離れるほうを「下り(くだり)」、東京に向かうほうを「上り(のぼり)」としていますね。 「おのぼりさん」は、全ての方角から東京に向かうヒト、まぁ、東京が日本の首都である限りは致し方のないところだと思われます。 そちら、上州赤城の里から沖縄に向かうのは、東京へ行くまでが「上り」東京から沖縄に行くまでが「下り」と考えますが、飛行機には「上り」「下り」の概念はありませんね。 「南国」は気分が高揚して行くもの、やはり「北国」こそが、演歌や悲しい物語に似つかわしい・・・所詮は「売らんがため」の言葉のギミックである、との想いは、実は以前から持ち合わせておりました。 今回いくつかご回答をいただいて、皆さん、程度の差はあれ、そうのようにお感じになってらっしゃるんだなぁ、と認識した次第です。 ところで、再入会に際し、この会員IDが使えたそうですが、三年前に私が入会したときと事態は変わっていなかった、と、いうことでしょうか? あのときも、退会したときのID(そのときはGoo)を、そのまま使えたことにとても驚きましたが・・・ ご存知のとおり、会員登録に厳格な本人確認は求められません。 このIDも、私以外の人物が使用することは充分可能です。 とりあえず、ご本人の再使用でよかった、よかった・・・(安堵) この程度のヤカラにつき、イラっとされる事が多々あるかも知れませんが、えぇ・・・ひとつ・・・よしなにお願い申し上げます。lin(_ _)imo 深夜のご登壇に心から感謝いたします。 有り難うございました。(笑)lin(_ _)imo 2015/09/04(金)12:23

noname#216458
質問者

補足

誠に申し訳ありません。 航空機について国内便に限って言えば、たとえば東京・沖縄や北海道等の間の便などであれば、鉄道・道路と同じく「東京から各地に向かう便は下り」「各地から東京に向かう便は上り」との概念が確かに存在します。 ゴールデン・ウィークや年の瀬・正月、そしてお盆の時期の帰省ラッシュのニュースに接すると、鉄道・道路の情報に準じた形式の報道ですね・・・ 訂正してお詫び致します。大変申し訳ありませんでした。 これに懲りずに、今後も、ひとつよしなに・・・お願い申し上げます。(苦笑+汗;) lin(_ _)imo 2015/09/04(金)21:06

noname#211715
noname#211715
回答No.2

簡潔な文章はダメですか。 「お邪魔しまんねやわ~」はアウト? そうですか。。。 寂しいですが次からはお邪魔しません。 今までありがとうございましたm(__)m 私は三重県ですので関東含めその先は未開の地です。 せいぜい名古屋くらいまでですかね。 シャキシャキした江戸っ子には憧れがありまして、稲川淳二さんなんて好きですけど。 はて、青森? 寒い地方の人は体温をさげないために口を大きく開かないそうなんですね。 なにをしゃべっているのか分からない。 分からないものには不信感を抱くでしょう。普通はね。 でもいわゆるズーズー弁って、どっかあったかいんです。 話してると相変わらずなにを言ってるのか分からないんですけど、自然と笑顔になります。 まるで子供のころに聞いた昔話に似ています。 むが~しむがし、あるところに 懐かしい気持ち そんな安らぎをあたえてくれる、不思議な土地なんです。 囲炉裏を囲んで一杯やりましようか(笑)

noname#216458
質問者

お礼

おやまぁ、エビちゃんじゃ、あぁ~りませんか!(笑) こんにちは。早々にご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。lin(_ _)imo まっ、こちらもおじゃまする時は、あの挨拶文を使わせていただいておりますんで、「お邪魔しまんねやわ~」は、貴方ならセーフですから、どうかご心配なく。(笑) 簡潔すぎるご回答を歓迎できないのは、「-9人の支持」(?)のヤカラの見苦しい言い訳として、約2ヶ月前に発した「二大巨頭と言えば」のような質問も含めて、私の質問では「事象・名称」を尋ねることが多いのですが、できれば、その対象を選んだ経緯、想いなども書き添えて下さるとありがたい、との思いからです。 一行だけ、対象名のみの列挙だけでは、質問する側としては、なんとも寂しい限りなのです。 そうですねぇ~・・・「おしゃべり広場」のようにならなくとも、少しはハナシをしてみたい、と感じる次第でして、こんなこと、わざわざ質問文に書き添えるまでもないんですが、今回もありますけど、これだけ書いても、まだ、こちらの意向が伝わらないご回答に接すると、ホント気持ちは萎えますね。 どうあがいても、他の人気会員様のようにはいかないオノレの無力さにジレンマも感じます。 ご理解・ご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。lin(_ _)imo ついでに申せば、この顔文字は「商標登録」でもしたいくらいで、本人が知らないところで勝手にコピペされるのは、大変遺憾なのでアリマス。(苦笑+汗;) さて・・・ 北国の人たちのしゃべり方、話し方の特徴は、おっしゃるとおりです。 あちらの地方の人は体温をさげないために口を大きく開けない、と、件の先輩も、そうおっしゃっていました。 ご本人曰く、なにをしゃべっているのか分からないのは、「隠語の概念」にも通じるところがあるそうですが、自分達の仲間意識の現われでもあるそうです。 そもそも、方言なんてのは昔の排他的な土壌により発展したもの、昔は今のように情報も発達しておらず、他地域との交流も無かったので、それで充分だった、との、お説でした。 ちなみに、このかた、相手と場合によっては、びっくりするぐらい綺麗な標準語を話されてらっしゃいます。我々と話すときはフツウに名古屋弁ですし、岩手県ご出身の先輩もいらっしゃいますが、このかたとお話されるときは、例の「ズーズー弁」です。 ただ、同じ東北圏内と申しても、かなり言葉が違うんだとか・・・ このあたりは、みのもんたさん御司会の、あのテレビ情報番組でも、よく取上げられますね。(笑) どことなく、ぬくもりを感じさせてくれる言葉で話してくれるかたが身近なところからいなくなるのは寂しいものですが、ご本人の新たな門出を心より祝いたいものです。 加えて、長いこと、お疲れ様でした、と労をねぎらい乾杯!(笑) なお、今回の質問のネタは、件の先輩ご本人のつぶやきに拠るものです。 「なして、ぎたさけぇる唄は、みなぐらいんだぁ~?」 お後がよろしいようで・・・lin(_ _)imo 深夜のご来訪に厚くお礼申し上げます。 有り難うございました。(笑) lin(_ _)imo 2015/09/04(金)11:31

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