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足を引きずりながらも懸命にスーパーで買い物する老人
なんとか頑張って生きていこうと努力されてました。まるで今の「日本」みたいで同情してしまいました。しかし、人間は自分で立てなくなったら寿命と言われています。だから、あえて助けはしませんでした。老人の為にもならないから。「私は、鬼でしょうか?」
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質問者が選んだベストアンサー
じじいです。 >人間は自分で立てなくなったら寿命と言われています。だから、あえて助けはしませんでした。老人の為にもならないから。 実に正解と言えます。 私は電車の中で、時々座席を譲られます。 揺れる電車の中は、足腰にとって良いストレスになっているので、毎回お断りしております。 心の中では、「具合が悪くなった時にだけお譲り下さい」と言っています。 どうぞ、足腰の丈夫な若者こそお座り下さい。
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- hekiyu
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"まるで今の「日本」みたいで同情してしまいました" ↑ この比喩には賛同できません。 今の日本は、もっと贅沢がしたい、と言っているだけです。 ”人間は自分で立てなくなったら寿命と言われています” ↑ そうかもしれませんね。 ただ、現在では医学も、補助機器も、ロボットも あります。 ”だから、あえて助けはしませんでした。老人の為にもならないから。 「私は、鬼でしょうか?」 ” ↑ 老人の中には助けると怒ったり、不快になったり する人がいます。 頼まれてから助ける、で良いと思います。 関係ありませんが、中国語で「鬼」とは幽霊のことをいいます。
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- habataki6
- ベストアンサー率12% (1182/9781)
人間には寿命あるのでいつまでも生きていなければいけない理由ありません 人によりそれが遅いか早いかの違いあるだけで老いれば悪いとこでてくるので サイボ-グ人間のようにロボツトにできるのはまだ先の話です。
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私はまだ40代ですが、ケガの後、杖をついて歩いています。 ついこの間まで麻痺があり、引きずっていました。 お隣の商店で買い物も最近はするようになりました。 買い物では、ほぼ、不要ではないでしょうか。 ほんとうに困ったら、店員さんに頼めますから。 電車にも乗りますが、けっこう席を譲られるんです。 次の駅で降りるから座ったほうが、立ったり座ったりが大変という時もあります。 でも、なるべく譲られたら座ります。 周りが見ているからです。 和やかな雰囲気になりますし、気遣いや思いやりが広がると嬉しいからです。 声を掛けられるのは、やっぱり嬉しいです。 ケースバイケースでしょうが、特に鬼ではないと思います。 出来ないところを助ければ助かるでしょうし、できるところまでやってしまうとリハビリになりません。 杖や物を落としたら、拾ってあげるといいのではないでしょうか。 床のものを取ろうとすると、バランスが崩れて転びそうになるからです。
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- kia1and2
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病床で歩くのがヨタヨタでも、少し元気が出る日は、スーパにも行きます。それが楽しみでもあります。WALLMARTなので、歩行困難者、妊婦用の駐車場に停めると、係り員が電動のカーツ付き車椅子をすぐに持ってきてくれます。 歩行器や杖を使用の歩行困難者の人でも、電動車椅子を使うのを使わない人も多いです。わたしは、両足の足首が不安定でいつ転倒するかわからないので、使用ですが、転げないのが確信できれば、自分の足で歩きたいです。カーツを押すのも杖代わりなので、以外と楽なんですが。 展示されている商品を取るのに、どうしても無理な場所もありますので、その時は、瞬間のお手伝いしてあげるだけで、十二分にありがたいです。 目の悪い人が、白い杖で路面をコツコツと叩いていれば、「方角が分からなくなった、助けて」、ってサインですので、助けてあげてください。歩行困難者も手助けを必要な時は、サインをだします。その時は、手伝ってあげてください。
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声かけるのが一番じゃね。助けて欲しいのか欲しくないのかはっきりするんじゃね。(´・ω・`)
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- KoalaGold
- ベストアンサー率20% (2539/12475)
老人のためになると他人が見て決められるのでしょうか。 選択肢があれば老人が選べます。足を引きずるのも捻挫か何かで一時的なものかもしれません。痛みがあるけれど買い物もしなければならないなら、ちょっと重いものをレジまで運んであげる、高いところにあるものを取ってあげるくらいでも助かるかもしれません。 「持ちましょうか」「取りましょうか」の声かけ一つで本人が助けを必要としているのか聞いた方が早いと思います。 私も松葉杖でスーパーに行ったことがありますが両手が使えないので商品がつかめず、高い棚の商品も取れず苦労しました。助けない方が親切と思って見守られているとは思いもよりませんでした。 観音扉を押して開けることさえできない足の弱い人や松葉杖の人には、ちょっと手を貸してもいいと思います。 私が捻挫しながら二人の乳幼児を抱えて駐車場から家までの100mが歩けず苦労したことがあります。途上の住人が駆けつけてくれて一人の幼児を抱き上げて家まで運んでくれました。ありがたいことです。
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- Feb12
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私も普段から、足の悪い人にもこちらから助けたり、こちらから近づいて何かをする、とうことは敢えてしないようにしています。 その方たちがどう思うか分かりませんが、助けられることで尊厳を傷つけられるように感じる場合もあると思います。 また、自ら動いて鍛えないと、体はダメになります。ロコモティブシンドロームという単語もよく使われるようになりました。 ものすごく重い物など、どうしても無理そうな場合や危ない場合は助けますが。 危ない場合というのはバスや電車の揺れも含みますので、それはもちろん譲りたいです。
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- 850058
- ベストアンサー率40% (329/817)
困っている時に声をかけて助けるだけで良いですよ 老人になって分かりますが、痛くても、ずっても、動かさないと どんどん悪くなっていきます ただ、お年寄りの行く方向にあなたがいれば 譲ってあげるだけで良いのですよ
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- tzd78886
- ベストアンサー率15% (2590/17104)
それ以前に、あなたが偶々いるとき以外にも買い物をしなければならないのだから、本人にとってはそれが大変でも日常なのです。
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