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何故多くの日本人は"雇われる"前提なのか

ふとした疑問です。 日本人の多くは大学を卒業して大手企業に就職する事を目標に掲げて生きる人が多いです。これはそういう国家レベルの洗脳的な刷り込み(文化、習わし)なのでしょうか? もっとスポーツ選手や芸術家や起業家などの選択肢がきっちりと提案され、その提案を受け入れられる制度やシステムがあってもいいのでは?とふと思いました。 現状、スポーツ、芸術系(音楽、絵、文学、お笑い)、新しい企業など、日本は狭き門であるとともに徐々に衰退しているように感じます。 これは日本がそういった文化なのでしょうか? それとも諸外国もこんなもんでしょうか? 皆様は大卒市場やこの雇われる前提に生きる日本人の性質をどの様に考えていますか?回答お待ちしております。

みんなの回答

  • pusai
  • ベストアンサー率38% (451/1161)
回答No.3

小学校の頃を思い出してください。 学校で「働く人」を題材にしたNHK番組を見せられたことはありませんでしたか? その番組の中で「起業家」とか「社長」とか出てきたでしょうか? 「起業家」とか「社長」と言った「雇う側の人間」は番組には出てきません。 すべて「雇われる人間」か「農家」「商店」などの自営業だけです。 小学生の段階から「雇う側の人間」の存在を消し去るような教育方針を日本はしています。 また「ホワイトカラー」「ブルーカラー」という言葉をご存知でしょうか? これは元々本来の意味は「ホワイトカラー=雇用者」「ブルーカラー=労働者」です。 ですが、この言葉は日本に輸入されたとき、意図的に意味を書き換えられています。 「ホワイトカラー=知的労働者」「ブルーカラー=肉体労働者」 そう、どちらも「労動者」、どちらも「雇われる側の人間」なのです。 これは諸外国とは異なる「日本独自の風習」ですが、「日本の文化」ではありません。 この現象の始まりは太平洋戦争の敗戦に起因します。 太平洋戦争に敗戦した日本は「何故か」植民地化されませんでした。 何故植民地化されなかったか? これはアメリカによる「とある実験」のためです。 「とある実験」とは「植民地化せずに自国に服従する独立した属国を作る実験」です。 この実験の手段の一つとして教育改革がマッカーサーにより実施され、「人(アメリカ)に雇われるだけの人間」作り教育がなされたのです。 そうして「『雇う側の人間』が存在している事実を愚民には知らせない」という日本独自の教育が始まりました。 『雇う側の人間』がこの世に存在していることが国民にも知らされるようになったのは極最近の話です。 システムや制度が出来てくるのは、まだまだこれからの話でしょう

  • titelist1
  • ベストアンサー率25% (712/2750)
回答No.2

街中を見てください。昔あったような個人商店がスーバーやコンビニやホームセンターやドラッグストアによって潰れてゆきました。飲食店もチェーン店です。そこで働いている人はみんな雇われています。大きな資本が小さな店を潰してきたのです。これでは親の商売ですら引き継ごうとはしません。自分で起業しようがんばっても破産すると二度と立ち上がれないのが日本の慣習です。大きな資本が勝つ仕組みは資本主義の原理です。 その結果として日本人が規格化されてきたのです。管理能力に優れた秀才が会社では偉くなります。日本人の性質だからではありません。学歴社会は韓国や中国の方がさらにひどいです。個人の才能も会社の中では一つの歯車です。そのやり方が一番資本効率が良くて利益を生むのです。 私は良い大学の大学院を卒業して、大企業に入社して役員にもなりました。俗に言う秀才であったので恵まれていました。しかし、このような画一的な社会が良いとは思いません。働くことに生きがいが見られないからです。みんなが資本と言うカゴの鳥です。

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.1

就業者に占める会社員の割合でですが、日本は かなり多いそうです。 また、米国などに比べると、自分で事業を立ち上げる 人も少ない、という話はよく聞きます。 ”これはそういう国家レベルの洗脳的な刷り込み(文化、習わし)  なのでしょうか?”      ↑ 日本も、例えば戦国時代などは、主を変えるのは 当たり前、という時もありました。 しかし、江戸時代が永く続き、特定の主に仕える 方が有利になる、という体制が続きました。 それで、そういう文化が醸成されて、今日のようになった のではないでしょうか。 いわゆる、出る杭は打たれる、ということで、これが 米国になると、うるさいエンジンには油を差す、 ということになります。 また、これは父性社会、母性社会という観点からも 説明できると思います。 欧米は父性社会であるのに対し日本は母性社会と 言われています。 母性社会は何もかも包み込む、優しい社会です。 苛烈な競争を嫌い、能力による差別を嫌います。 敗者に優しい判官贔屓になり、のび太が主人公になれる 社会です。 犯罪の発生が少ない国になります。 このように母性社会はそれなりの素晴らしい点も多いのですが、 反面欠点もあります。 自我が弱く自律を妨げます。 登校拒否とか対人恐怖症なんてのは母性社会の弊害です。 特に、対人恐怖症は日本人がダントツに多い病気です。 自律したくない、雇われたい、なんてのはまさに 母性社会の典型でしょう。 ”雇われる前提に生きる日本人の性質をどの様に考えていますか?”       ↑ 日本人のこういう性質は、集団主義を採る日本に 適合しているように思えます。 逆に言えば、適合しているから、これだけ広がった のだと思います。

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