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五輪への派遣選手団の選択基準の物差しと意味合い?
現在ソチ五輪が行われていますが、ちょっと質問させてください。 メダル獲得の可能性が十分ありだったり、その確率は低いとはいえ入賞や上位に食い込む可能性がありだったり、そうであれば理解できるのですが、そんな可能性等まずは有り得ないだろう、という競技や選手をワザワザ国費=国民の血税を費やしてまで、大選手団として派遣するという、この理由というか意味というか価値というか、日本国と日本国民にとっての、これを教えてくれませんか。 こうすることは決して無駄ではない、何故ならば…という理由を論理的且つ客観的に説明していただければ有り難く宜しくお願いします。
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層を厚くし、新旧交代を可能にするためには、下位の選手も大切にする必要が有ります。 上位選手だけを重視すると、その選手の引退後には、次の代表選手は誰もいないということにもなりかねません。 某隣国のフィギュアスケート界は、どのような政策だったのかは知りませんが、結果的には、そのようなことになっていますよね。
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- eroero1919
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そういう「無駄なこと」ができるほど日本は平和で豊かで優れた文化を持つ国だということです。豊かだから「無駄」ができる余裕があるといえますよね。例えば料理ひとつにしても、綺麗なお皿に豪華に盛り付けるのは無駄以外の何物でもありません。お金を払って他人が歌うのを聞くだなんて、現実的メリットなどなにもありません。そういうものに対してお金と手間をかけられるのは、何より精神的な豊かさがあるからです。 「強ければ(何か見込みがあれば)お金は出すが、そうじゃないものにはお金を出さない」ということを露骨にする国があります。あんまり言いたくないけど、おトナリの国です。こんなことをいったら失礼だけど、そういう態度って精神的に貧しいよね。 生活を豊かにするのは、多分にこの「無駄」の部分なんですよ。キリギリスがいないと、アリも退屈な毎日だったと思いますよ。 ボブスレーの日本チームはお金がなくて、外国のチームのボブスレーの「お下がり」を貰っていたそうです。F1のレースに1台「去年の車のお下がり」が走ってたら絶対勝てるわけないですよね。上位だって無理です。強くなるにはお金が必要ですが、質問者さんの論理だと「弱いからお金は出せない。欲しいなら強くなってから」となります。しかし、その強くなるためにはどうしてもお金が必要なのです。 ボブスレーの場合はその窮状を知った中小企業の工場のオッチャンたちが同情してボブスレーを提供してくれることになりました。ただし、彼らもその道のプロではないのでノウハウがなく試行錯誤の連続なのではっきりいえば強いか弱いかといわれれば弱いです。とはいえ、お下がりよりマシです。 今の若い人たちは、こういう逆境にありながら頑張ってるんだから偉いと思いますよ。国民の血税といったところで、一人あたりにすれば年間数百円にもならないと思うので、そのくらいの「甲斐性」は持ってあげていいと思いますけどね。
お礼
うーん、ちょっと説得力に弱さを感じましたが、ありがとうございました。、
- hideka0404
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お祭りだから、参加することに意味があると思われます。 成績にかかわらず、一生懸命精一杯悔いの無い戦いの姿が美しいんです。
お礼
ありがとうございました。 そう答えてくださる人、確かに結構多いです。 でも、それって、余りにも軽すぎませんか? って、いつも不思議感を覚えていました。
お礼
なるほど、将来有望な若い選手に経験を積ませるのには意味がある、確かに一理も二理もありそうですね。 ありがとうございました。