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『やられたらやり返す』は当然のこと。

『やられたらやり返す』は当然のこと。 これを『復仇』という。 しかし、仇打ちは日本では明治政府が取り上げた。その理由は、これからは国が死刑にするから仇討ちはするな、禁止という国民の約束だった。 仮に、日本で死刑廃止というのなら、約束がご破算になるんだから、国民に『仇討の権利』を与えるのが論理的・倫理的に正しい。 仇討ちする遺族もいて、しない遺族もいる。これでいいから。 国は、『仇討免許』を遺族に発行すれば良い。 警察は犯人を捕らえた後、遺族の仇討ちに任せれば良い。 何か問題点はありますか?

質問者が選んだベストアンサー

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  • tanika
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回答No.16

目には目をを続けていたら、この世に目の見える人はいなくなってしまいますよ

myrtille54
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 その延長線で行くと、命には命で人類がみんな死んでしまいますよね。そして、地球を支配するのは 人類ではなく昆虫になってしまうでしょうね。

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その他の回答 (25)

  • kuratyuu
  • ベストアンサー率7% (9/119)
回答No.15

万人による万人の闘争状態よりも、私刑の禁止、国家による管理一元化のほうが総合的に見てメリットが大きいはずです。あなたが国家に逆らう覚悟でご仇討ちをしたいならすればいい、でも現実的にはできませんよね? 国家が怖いから。 国家を作るというのはそういうことです。あきらめて国家の支配に従いましょう。

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回答No.14

感心しませんね 復讐はまた新たな復讐をうみますよ

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回答No.13

仇を討ってもあなたがその子や妻から恨まれるだけですよ 残念ながら国に任せるしかないのです

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  • bgcqv602
  • ベストアンサー率2% (1/43)
回答No.12

今の法律的には駄目だな!?

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  • 3times
  • ベストアンサー率19% (25/130)
回答No.11

仇討はともかくとして、死刑制度が国民の司法に対する信頼に寄与しているのは事実だと思います。 身内を殺された遺族としては、犯人が極刑に処されることを期待して司法に判断を預けます。 もし日本で死刑が無くなれば、警察に犯人が逮捕されては犯人の命を守ることになる。 そうなるくらいならと、自ら警察に通報せず、犯人を捕らえて私刑を下す人間が現れるでしょう。 死刑制度が国民と政府との約束という点は、その通りだと思います。

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回答No.10

私はいわゆる仕返しにはあまり賛成できません。 加害者に味方するわけではありませんが、 復讐で得られる物なんてないのだから 相手が反省すればそれ以上はどうしようもないと思います。 相手が反省しないのであれば 倍返しどころか 万死に値するとは思いますが。

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  • pompom212
  • ベストアンサー率1% (2/106)
回答No.9

時代錯誤甚だしい こんな非生産的な質問をしている暇があったらもっとためになることをしたらどうでしょうか

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  • bananagan
  • ベストアンサー率3% (6/164)
回答No.8

争いからは何も生まれません 広い心を 永久に....

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  • yuhki06
  • ベストアンサー率4% (3/73)
回答No.7

それじゃあ復讐の連鎖を生むだけですよ。。。

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  • akisane1
  • ベストアンサー率3% (1/30)
回答No.6

あなたの中に、あだ討ちの手段は死刑しかないのですか? また、そもそも江戸時代からあだ討ちは認められていない。 秀吉が事実上取り上げた。 もう少し勉強しましょう。

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