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考える力

人が有する思案力想像力について 果たしてそれらの力はどの程度まで必須な(身に付けるべき)ものなのでしょうか 歴史に名を残すレベル 国家官僚レベル 著明な学者レベル なんちゃってインテリ(自称有識者)レベル 一般大衆(B層ともいう)レベル 動物との区別が付くレベル

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  • ROKABAURA
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回答No.3

国家の一員として求められる思案・想像力には むろん国家の意思というか思想が中心となる。 軍事国家なら愛国や武力や忠誠が中心となり 共産国家なら統一や安定や奉仕が中心となり 経済国家なら資産や発展や統制が中心となる。 いかなる立場でもというのは 身障者も老人も子どもも政治家もニートもヤクザもってことだろう。 それらも含めて国家であると考え 貢献必要とされつつ尚且つ最低限であるならば 「自分で生きるあるいは活かす方法を考える力」 に他ならないと思う。 生きる力ってやつだな。 これさえあれば何かの役に立っている。 町内会の役員レベルが最低限だったら そういう事をする人をいちいち見つけなくていいから 世の中楽だろうなあ。 国家が変化に十分対応できる力であるとするならば 国民のレベルとして十分条件として必要なのは 「変化を飲み込んで吸収し変えていこうと考える力」 と思う。 確かに幕末に似ている。 ちなみに共産主義でも軍国主義でも可能なんだ。 ここに「良く」って言葉は入らないし。 力が強くなる国は必ずこれ。 でも良くなるかはわからない。 私はそれを超えて 「本当に大切なものを考える力」 があればなあと思うよ。 正覚ってやつだな。

yametomo3989
質問者

お礼

大変懇切丁寧な回答ありがとうございます。 「思考力想像力が重要」「思考力想像力が(近年)落ちている」と良く聞かれますが、同力の必要性十分性についての言は殆ど見掛けないので、敢えて恥を忍んで質問させて貰った次第です。 目に見えない・感覚的に掴めない(世間で聞かれない)物事の本質の本質=メインコア をあらゆる力を駆使して追求する事は古代から人類永遠のテーマ課題ですね。

その他の回答 (2)

  • ROKABAURA
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回答No.2

人が動物より優れている所は この思考想像の部分のみであるだろう。 脆弱さ・本能・寿命・共存 どの分野からも生命として確実に優れているのはここだけ。 人の世界から見ればその力の必要性はその社会環境に依る。 自分の属する社会(会社でも国でも組織でも集団でも) において一部として貢献ないし必要とされる程度の能力を駆使すること。 そのレベルでの力が個人として求められる。 これは個としての必要条件。 さらにそこに上下はないが 集団を維持しつづける為には状況に対応し変化していかないと死滅するため その集団にとっては その変化に対応出来るだけの力は必須といえる。 これは集団としての十分条件。 という所かと思う。 「何」にとって「必須」なのかによって 具体的な内容は変わる。

yametomo3989
質問者

補足

回答ありがとうございます。 二点追加質問させて頂きたくお願いします。 一点は、必要条件に付き、国家の一員として如何なる立場においても最低限求められる(最大公約数的)それらの力レベルはどの程度になるでしょうか。個人的には町内会役員レベルかと思いますが。 もう一点は、十分条件に付き、国民主権の我が国家では国民全員(成人)が国家危機に対処し得るレベル、すなわち幕末明治初期に於いての志士文士並思考力想像力を有するべきと考えますが、如何でしょうか。

  • dsdna
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回答No.1

 >果たしてそれらの力はどの程度まで必須な(身に付けるべき)ものなのでしょうか  自分が必要だと思う程度まで。「このレベル」という基準は分野とか共同体によって違うため、一概には言えません。  分からないもの、理解できないものを「分からなくてもいいや・理解できなくても」というのであれば、その分野においてはその程度で十分でしょう。  「ここまで分かればいいや」と妥協する場合だってあるでしょうし。  分かりたい、理解したいと思うのであれば、思案力・想像力は身に付くでしょう。

yametomo3989
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

yametomo3989
質問者

補足

回答ありがとうございます。 自分のポジションで自分が必要と思う程度、これについて、国・社会の一員として最低限必要とされるレベル(最大公約数レベル)はどの位になるでしようか。 そして、能動的姿勢こそが同力獲得に重要であるならば、獲得の為の手法(道具・題材)は多種多様に在るといえるのではないでしょうか