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競争がスポーツの世界だけでなくなってきている理由とは?
- モノづくりに専念すれば競争なしでも優れた技術が生み出せるようになった
- 競争が過去の産物となり、スポーツの世界だけが競争の存在を保っている
- 世界共通の目標は環境に焦点が当てられており、環境問題への取り組みが進んでいる
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相変わらず巷は弱肉強食です。 弱者が全て食いつくされれば競争は無くなるのかと思ってましたが、更なる強者が現れて、過去の強者が弱者となる時代。 これのどこが競争じゃ無いんでしょうか? よほど、恵まれた境遇の中で生きておられるのですね。 多分貴方は強者なのでしょうねぇ。 強者は食われる立場の弱者を意識しない物です。 知らんうちに食ってるのです。
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- potatorooms
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??? 2位ではダメなんですか? なんてのんきなことを言っていた政権は去り、今は、すべてのジャンルでどう1位を確保するかを、手段を選ばずに実行しようという政治に戻っていますよ。 スポーツ以外に競争がない なんて言える人生は幸せだと思いますが、未だに多くの日本人は、競争の中で疲弊しています。
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- staratras
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>データマイニングなど統計学にていい方向を示すことができるようになり、昔あったような競争なるものをしなくともよいものは出せる技術が備わってきました。 意味がよく分かりません。データマイニングを使えるのは自分1社だけではありませんので、皆が活用して「よいものを出せる」ようになったら、そのよいもの同士で競争が始まるのではないですか。環境問題でも国際協力だけでなく国際競争の面もあります。 日本に限って言えば、昔も今も競争はあり、競争が激しくなっている面があります。ただし、「“勝ちたいと思って競争に参加して頑張っていること”を認めるのは“カッコ悪い”」という考え方や競争を目立たなくしようという傾向がますます広まっていると感じます。その例外がスポーツの世界だということでしょう。 例えば「甲子園(または花園)目指して1日XX時間猛練習しています」、というのはかまわないとしても、「○○大学目指して1日XX時間猛勉強しています」と自己紹介したい高校生は少ないでしょう。半世紀近く昔の「受験生ブルース」という歌に「テストが終われば友達に ぜんぜんあかんと答えとき 相手に優越感与えておいて 後でショックを与えるさ」とある通りです。 つまり競争がなくなっているのではなく、社会の表面で目立つような扱いを避けるようになっているのではないかと思います。私はこの受験生ブルース世代ですが、中学校(普通の公立です)の定期試験の成績(合計点)は成績順の点数が生徒の名前付きで職員室前の廊下に張り出されていました。私の学校の場合は上位半分程度でしたが、学校によっては1番から最下位まで生徒全員の成績を張り出していたところもあったそうです。しかし今はそのような公立中学校はまずないでしょう。 このように実際には競争が激しくても、表に出さない方を好む傾向は学校だけでなく、日本の社会に広く普及しているように思います。その結果、かえってますます競争が激しくなり、社会的な非効率が生じている面もなきにしもあらずですけれども…・。
お礼
Thankyou
- rikukoro2
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そうでしょうか。 近くのスーパや家電点などの価格競争 学校無い成績などの競争 AKB48などで誰がセンターになるかの競争 ネットゲームなどでスコアを競う競争 他者を押しのけても自分もしくは自分の所属する集団を優位に保とうというのは 生物の本能に兆す所がありますのでそう簡単に無くならないと思います
お礼
Thankyou
お礼
Thankyou