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貧乏な人は、子どもに貧乏をどう説明すべきですか?
もうすっかり二極化しちゃってる感がありますが、貧乏な人は子どもに「貧乏は恥じゃない」というのをどう説明されてますか?
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質問者が選んだベストアンサー
古代の偉人の演説で。貧乏は恥ではないが、貧乏に甘んじようとするのは恥である というのがあった。そういうのもいいと思う。「甘んじる」のがいけないわけだから。向上の姿勢あっての貧乏はまあ許されるんじゃない?
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- cxcxcvcvcvcvcv
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私は子供のころは貧乏でした。 でも、そのおかげで今喜べてます。 苦しいことがないとあたりまえというふうになってしまい。 感謝できない寂しさがあると思います。 貧乏で育ち、それをばねにして勉強をして偉人になられた人は いくらでもいらっしゃいます。 だから、心の持ち方一つだと思います。 私も子供のころは恥ずかしいと思っていましたが 本当は、家族がみんな助け合って暮らしていけるのが それが幸せだと気がつかせていただいています。 世の中はどれもが勉強なので裕福だから貧乏だから だけで判断してしまうと間違った考え方を植えつけてしまうと おもいます。
お礼
なるほど。貧乏であるからこその苦労は糧となるという事ですね。それは真実ですね。 私も大人になって、家族の助け合いこそが真実の幸せであると実感するようになりました。ただ・・・金持ちに言わせれば、それはそれで金持ちであっても同じ実感に達するとおっしゃられるかもしれませんが。 貧乏は恥という事に対する回答を直接的には避け、別の視点にもっていく。まぁこれはこれで一つの策かもしれません。
- ekopon
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そもそも「貧乏」には基準があるのでしょうか? ここに書き込めるってことはケータイなり PCなりを持ってるので、それは貧乏のうちに入るか …って話にもなるわけで。 で、どう説明するか?ということだけに絞ります。 武田鉄矢は「なんでウチにはサンタさん来んとね?」と訊いたら お母さんは「ウチは仏教だけんね~」と答えたそう。 ウチの子は小学生の時「お年玉、クラスの中でオレが一番少なかった」と 言ったので、私は「子どもがお金たくさん持つのは教育上良くないの」と答えた。 「ケムにまく」説明のしかたがよろしいんじゃないでしょうか。 できればユーモアを入れて。
お礼
なるほど。はっきりと貧乏は恥と定義した回答に対して、今回は真っ向から対話のテーブルに付かないというスタンスですね。 子ども相手に理屈を語る必要はない。叱る時は叱る。怒る時は怒る。そしてケムに巻くときは巻くと。 これはこれでアリだと思います。貧乏は恥と思うのも思わないのも子どもの自由。自分で考え受け入れろというのを促す訳ですね。
- sergio2010
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普通に生活が出来ていれば良しとし、よその家庭はよその家庭。 我が家は我が家、と言う事を教える。 それだけで充分でしょう。 特別、貧乏と言うわけではないけれど、 幼いころ私が通っていた私立の学校の生徒にしては、 地味な生活を送られている家庭の子がクラスの中にいました。 皆、休みには海外旅行に行ったり、お稽古ごとも少なくても3つは習っていたり、 中学生のクセに10000万円近くする美容院に通っていたり、 今考えると子供のクセに贅沢をして(させてもらって)生意気だったな、 と思うことが、しばしばあります。 無論、その彼女も右にならってそのようなことをしていましたが、 何が何でも皆と同じじゃないと気が済まない、という性質になってしまったのでしょうか、 今では、病的だと思われるほど見栄っ張りになってしまい、 見ていて、時折、息苦しく感じることがあります。 そんな彼女も親と同様。 子供には何が何でも欲しがるものを与えてあげたいと思いこんでしまっているようです。 きっと、本人も願望が叶わなかったときは精神的にキツイだろうな、と私は思っています。 逆に私は親から何でも与えてもらい、私立にも行かせてもらったけれど、 親には申し訳ないけれど、子供には贅沢させる必要も私立に行かせる必要も 無かったのではないだろうか、と思っています。 私ともう一人、自力で仕事を男性でも難しいとされている分野に就いた女の子は、 『学校を出てからが勝負で私立に行かせることも贅沢をすることにも、 本人の能力には何も影響を及ぼさない』と言っており私もその事に同感です。 ですので、お子様には『足ることを知る物は富めり』ということ、 他人は他人と言うことを教えてあげてください。
お礼
なるほど。そういうケースは大変ですね・・・。金が無いのに私立を目指す家庭、たまにありますけども、本当にバカな選択をするものだと思います。 ただ・・・回答者様の言う貧乏像が、まだ私立に来ている子をさしているとしたら、いささか戸惑います。なぜなら、私の定義する貧乏は、私立を前提とはしていないからです。 う~~ん。なかなか面白い。
- Bankai-37
- ベストアンサー率12% (106/830)
「衣食足りて礼節を知る」と言うことわざがありますよね。 生きることに苦労するような貧乏は、今の時代恥ずべきです。 学び努力し、地道に行けば、生きることに困るほどの貧乏になることはありえないです。 しかし・・・ お金を持ってしまったがゆえに、礼節を失うことは、もっと恥ずべきことです。 「実るほど頭をたれる稲穂かな」 お金があるからこそ、儲けさせてくれる社会に感謝です。 感謝をし、人に与えれば、また自分に返ってくるものです。 自分だけのものにしようとすれば、豊かさは失われます。 それが物事の原理原則です。
お礼
う~~ん。これまた考え及ばないお言葉をいただきました。 金を持った人間が頭を下げるのを厭わないのは知っていますが、それもまた策士の演技と思っていました。まさかそのような解釈をもって、心から行なっていたとは・・・。 学びました!
- hinagiku2
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貧乏な家の出です。 貧乏は、恥でしょう^^; 少なくともうちは恥の部類に入る貧乏でした。 そして貧困は貧困を生む。 貧乏な出なので、私は学歴もありませんが、 今は自分の努力で人並みの生活を送れています。 そして、子供には贅沢はさせないと決めています。 (この生活が当たり前だと思って育ってもらったら困るから) 子供達には、こう教えるつもりでいます。 「もっと豊かな暮らしがしたかったら、一生懸命勉強して生きる力を身に付けなさい」 ギャンブル、借金、浪費癖… 低学歴、生きる力を身に付けていないがゆえの低収入… どっちにしたって、貧乏は恥。 だから、そうならないようにって↑のように説明します。
お礼
貧乏は恥と決めつけておられる訳ですね。はっきりとそう教えていたほうが、スッキリしていいですね。 ただ・・・ようやく金持ちになれても子どもにはやっぱり贅沢な生活はさせられないというジレンマは残りましたね。
- t-r-mama
- ベストアンサー率59% (396/665)
うちは貧乏というほどではないですが、まったく裕福ではないです(^^; まだ子どもが貧乏という言葉を理解できないだろうと思うし、 そういう言葉自体親が教える必要もないので、 子どもが口にするまで説明したり教えたりするつもりはないですが… 貧乏だから○○を買ってあげれない、貧乏だから節約しなさい、 ということは言わないようにしてますし、これからも当然言わないようにするつもりです。 まず子どもが、自分の家が貧乏だと思うかどうかも問題な気がするので… 生活にそれなりに満足していれば、それが「自分の家の生活」であり、 それで終われるのがベストだと思います。 うちが貧乏だと思うのは、多分よそと比べてなので、もし「うち貧乏だね」とか言われたら(笑)、 よそはよそ、うちはうち、違うだけ…と説明したいな、と。 貧乏は恥かどうかはその人の考え方次第かと思ってます。 その中でも、苦労はあれど楽しく生きられたら、恥ではないと思います。 そもそも親が恥だと思っていたら子どももそう思うでしょうし、 親が恥じゃないと思っていたら、きちんと説明できますよね。 なので、説明はその人によって変わると思います。 私なら、家にお金がないからこれができない、ではなく、 お金のあるなしにかかわらず節約(節電とか節水とか)したいです。 それはお金だけの問題ではなくて 「もったいないから」「資源は限りあるものだから」とか考えるからです。 それを子どもにも理解してもらえるよう、説明したいと思います。 お金があっても、子どもがほしがるままにものを買うこともできません。 ほしがったらすぐ与えていたら、我慢できない子になってしまうと思うので… 自分にお金があるか?あればそれで買えばいい。 なければ、父ちゃんか母ちゃんが出す。 そのお金はどこから出てくるの? 一生懸命働いてもらったお金だから、何でもは買えないよ。 何か理由のある時だけね。お誕生日とかクリスマスとか。 …と教えてます。手持ちのお金の額は関係なく、です(笑)。 そもそも貧乏が恥だと思う発想が出てくるのが悲しいですよね… 原因が怠惰のためであれば恥ずかしいでしょうが、 それでも本人が気にしてなければ恥でないですし(^^; やむを得ない場合もあり、親に責任がある場合もあり… ほかの家族・親族に責任がある場合もありで。 親が一生懸命楽しく生きていれば、子どもも恥だと考える発想自体出ない… …といいな、と思います。
お礼
回答ありがとうございます。おそらく一億総中流に生まれ育ち、また今日でもその威厳を失わない程度の収入があるとお見受けしました。 私は貧乏は恥だと教えられきたので、今日にいたっても、金に執着する生き方しかできてません。これは誤った弊害だと実感しています。 世の中には貧乏を恥だと思わない人はたしかにいます。貧乏なくせに自分よりも充実した人生を送っている人もまた大勢います。 貧乏を認め受け入れ、その中で幸せを掴んでいく。 そういう思想や発想を育めたら、きっとその両親は感謝されるんでしょうねぇ。 #ただ・・・この分だと次の世代もまた貧乏のままになりそうですね。
??? どこが難しいの? 人間の良し悪しと、金の有る無しは、全く別問題ってことでしょう?
お礼
つまり心が清ければ、いくら貧乏でも恥ではないと・・・。 なるほどねぇ。貧乏な人に清貧な子がいるのも確かですからね。 でも貧すれば鈍する。そういう子が万引きをするのも事実なんです。
>「貧乏は恥じゃない」というのをどう説明されてますか? いや、貧乏は恥ずかしいでしょ。 「うちは恥ずかしながら、余所様が普通に買えるものも買えないし、 旅行にもいけないよ」と でも言っておけば、子供心に理解するでしょ。
お礼
う~~ん。なるほど。 逆に開き直ると。そういう親御さんたしかに居ますね。 「そんなに買って欲しかったら、○○クンの家の子になりなさい」とかムチャ言いますよねw
- Lescault
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こんにちは。 経済的に行き詰るにも理由があると思うのです。 親が浪費や放蕩の限りを尽くした結果行き詰まったのなら、CSIpi98aXの言をお借りすれば「恥ずかしい貧乏」の部類に入ると思いますので、「恥じゃない」と説明することは難しいと思います。 それに対して勤め先の倒産や、働き手の病気や怪我等、出自などの「不可抗力」で行き詰ることもあると思うのです。この場合は必ずしも「恥」にはならないと思いますので、あるがままにご説明すればよいのだと思います。 すごく大雑把ですが私の意見です^^。
お礼
なるほど・・・。たしかに不可抗力というのは突然やってくるし、備えていても補完しきれるものではありませんね。 しかし・・・そうなると、まじめに働いていて給料が安いというのは、言い訳するにはギリギリな気もしますね。
お礼
ありがとうございます。この言葉は含蓄がありますね・・・。ずっしりと重い。 これは私の人生の標語の一つに加算いたしました。参考になりました。
補足
皆様の回答それぞれにベストを与えたいです。大変有意義でした。 ただ貧乏は不可避な時もありますので、この偉人様のお言葉をお借りしておけば間違いないかなと思いました。