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厄払い場所
わが家では、姉や母の厄払い、私の今の車の交通安全祈願を行った場所があります。 今回、縁結びで有名な場所へ参拝したいと思っていますが、来年、自分の厄払いもそこへ変更しても良いのでしょうか? それとも厄払い場所は今までの場所へ行った方が良いのでしょうか?
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- michael-m
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回答を先に述べれば「お気に召した神社に行けばよろしいし、特定の場所で無いからバチが当たるなんてこともありません。」 例えば、海運業などに信仰された金毘羅さんなどは特殊な例で、本来日常の祈願にご利益のある神様などありませんでした。 なぜなら昔は遠い所に参拝に行くなど出来なかったからです。結局富士信仰や御嶽信仰などそれぞれの山岳信仰で御神体を頂いてくる位のものでした。 その頃は病気平癒や縁談などは皆、地元の神社や仏閣(密教寺院や御不動さんなど)に祈願しに行く、或いは地蔵に頼むくらいです。 遠い所に参拝に行くようになったのは、鉄道が敷かれてからです。つまり明治になり鉄道を使って貰いたいが為に、関西では恵方参り、関東では年末年始の二年参りや寺社詣でが宣伝された事によります。 ご利益により神社を替えるご利益信仰も殆どが売り込み宣伝によるものなので、基本からすれば「生まれながら守ってくれている氏神様か鎮守様、あるいは近所のお大師さんで充分」ということですが、 ご利益信仰を重視するなら「自分のこだわりで行けばイイ」ということになります。 但し、キチンとお礼にいけいないような遠い所に行くならおやめなさいといいたいです。 よく「御札やお守りは近くの神社にお焚き上げに出せばいい・・なんていう人がいますがこれは大間違いです。 貴方が、お願いだけ一生懸命してお礼なんて言わなくていいと思っている人ならそれでもいいでしょうが、そんな礼儀知らずにご利益などあるはずもありません。なるようになるだけです。 例えば親交のある会社の社長の口利きで大口取引が成功したとします。そんな時、お願いは本社まで言って頭を下げ、お礼は近くの営業所で済ませるなんて事が人間社会で通用しますでしょうかね。 神様だって同じ事、人間同士の儀礼を神様だからしなくたって平気だなんていう人は、マトモなら居ないですよ。人間ですらそうなんだから、神様ならそれ以上に丁寧にするのが当然でしょう。 だから、お礼に行けないような遠い神社まで祈願などしに行かない事が基本です。 逆にどうしてもそこに行くなら、願いが成就したかどうかに関わらず、満願の日には必ずお礼に行く事が大切です。
- W-164
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私の個人的考えとしては、 「厄払い」というのは、「厄払いをしたからこれから安心して生活出来る」という「気持ち」の問題だと思います。 なので、自分が一番納得出来る所が一番良いと思います。