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温暖化対策に物申す
- 温暖化対策には個々人が行動を起こすことが重要だが、現実的ではないと感じる人も多い。
- 個々人の取り組みだけではなく、社会全体で義務を課すことも考えるべきだとの声もある。
- 温暖化問題に対しては、個人の意識向上とともに政府や企業の行動も必要とされている。
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一人ひとりの意識が変わる事はとても重要です。 ですが、その方向性を間違えると、効果が薄いものとなってしまいます。結果的に、方向性はバラバラとなってしまい、全体と繋がった方向性ではなく、各々の方向性が分散していくから効果が薄いでしょう。その効果の薄さゆえに、現実は変化しない様に思えてしまい、結果的にそれが理想論に思えてしまうのではないでしょうか? もし、一人ひとりの意識が変わる事で本当に効果が見えるのでしたら、giveawayさんはそれを理想論だとは言わないと思うんですね。 ところで、義務を課す事ですが、義務を課す事も一つの大きな手だとは思いますが、義務=やらされている、となってしまっては結果的に現実はやはり変わりません。 前向きに捉え、やりたくて仕方の無い状態になった上での義務は、もはや義務というよりもやりたくてやっている訳なので廃れるどころか推進する一方なのですが、やりたくないのに義務化されてやらされている事に、国民はそろそろ疲れてきました。 ですので、義務化でも難しかろうと思います。 ただ、先ほども申しましたが、一人ひとりの意識が変化する方向性が、一つの大きな目的やビジョンを推進する為に団結していったらどうでしょうか?一人ひとりの意識が大きく変化していきながら、誰もが皆、本当に今必要な事に向けて動き出します。 個人が、家庭が、企業が、地域が、国が、一丸となって一つのビジョンに向けて動き出した場合は、これは義務と同じ様な方向性を持ちますが、義務を超えて大きな影響力を持ちえます。 それが、一人ひとりの意識から・・・という意味の真の方向性だと思います。 そして、理想を理想のままにさせず、確実に現実に効果がありますでしょう。 ですので、真に向き合うべきなのは、一人ひとりの意識が変わり、同時に一つのビジョン、大きな目的に向けて団結するのを阻むものは何なのか?それを解消し、現実化させていくために必要な知識・道具・技術は何なのか?が、理想の現実化に向けた質問に成り代わるのかもしれません。 如何でございましょうか?
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- rimurokku
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人を殺してはいけない。 だれでも解ることであり、それを侵すと厳しい刑が科されます。 でも、増えることがあっても減らない。 飲酒運転は、犯罪で罰則も強くなった。でも無くならない。 納税の義務を知らない人は居ない。でも出来るだけ少なくしようとし、不平を言うだけでなくごまかす人も大勢居る。 つまり、誰だって知っている事だがそれを守らない人が居る。 節電だって、義務を課せられてもそれに反発したり守らなければ意味が無い。 今回、日本の大災害にも暴動や略奪も起こらず、実に規律良く我慢強い日本人が世界中から絶賛されています。 その精神は、長い時間培ってきた教育のたまものと私は思っています。 今、将来を見据えてエネルギーを考えるとき、もっとも大切なのは義務を課すことでなく、一人一人がエネルギーの大切さと節約をする精神だと思って居ます。 理想論であっても、それに向かって一人一人が協力できる社会が大事です。 個人の権利ばかり主張して、義務を果たさない人が多くなって居る現実を考えるとき、たとえ理想論であってもそれを実行しようとする人を育てることが重要では無いでしょうか。 反発をして守る人が少なくなる義務を課すよりも。
お礼
回答有難うございます。 おっしゃるとおりですね。 今回の地震で、日本人の律儀さ、ひたむきさといった独自の国民性が世界中で評価されているようです。 このたび被害を受けたのは日本だけでしたが、温暖化となってくると、規模は地球全体です。 つまり地球全体、全人類の多くが加害者であり、来たるべき全人類が被害者になるのです。 回答有難うございました。
- TarChang
- ベストアンサー率25% (406/1574)
こんにちは。 人が人として掲げる理想像は同じでも、プロセスが違うのは仕方ないです。 でも、その先に有る理想が同じなら、手段を選ぶのは“悪”なのか・・? 難しいですよ。価値観の問題になるので・・ つき詰めれば戦争の原因になりそうですからね。 人に“xxをしなさい”と強制するより “こんな事も出来ます。けど、他に何か出来ませんか”と 判断をゆだねる事は悪い事とは思いません。 ただ、判断を任されても実行出来ない人が多いと思いますが。 “義務”は分かるけど、“命令”されれば反発したいでしょ。 “命令”に成る前に、自主性が優先される社会で有る事を願います。
お礼
回答有難うございます。 そうですね、単純に義務を課すと言っても、複雑な価値観が入り込んできますからね。一筋縄ではいかなそうです。 ありがとうございました。
- __vv00vv__
- ベストアンサー率72% (27/37)
政府は規制を導入するときに、国民の多数が規制に賛成してくれるかどうかを気にします。 消費者の中で、かなりの割合の人が反対している場合は、消費者に強い負担を強いる規制を導入するのは政治的に難しくなります。 あるいは消費者の環境意識が高いと、規制による産業界の負担が高くても、産業界は表立って反対しにくくなります。 国民意識と立法措置による規制は車の両輪のようなものであって、どちらが欠けても環境保護はうまくいかないでしょう。 CO2対策、自動車排ガス規制、リサイクル諸法などの成立・改正の歴史と国民の環境意識の統計データの推移を比較してみるとおもしろいと思います。
お礼
回答有難うございます。 なるほど、国民意識と立法措置、両方をうまい具合に考えてやっていかないといけないんですね。 過去のデータも検討してみます。 ありがとうございました。
- kenchin
- ベストアンサー率56% (398/700)
ええ、そうですね。 種類の問題は別にして、何らかの義務とか制限を 課すというのは賛成ですし、特に「理想論ぶつより行動!」 って趣旨には大賛成です。 例えば総量規制とか。 老人子供は別として、エアコンがある程度抑えられたら。 産業界には義務を課すんですが、個人には義務が少ない という.......。 電気を使って快適な生活をするなら、その反面で失うもの も容認しなくちゃいけないし、快適な時間数に比例した リスクも負わないと不自然だと思うんですよね。 そういう物を思い出してもらうと同時に、具体的な効果を 上げるための義務導入こそ急務と思います。
お礼
回答有難うございます。 そうですよね。個人の義務ってものがないんですよ。 何かしらの義務が導入され、失うものが出てきたとしてもそれは仕方ないことだと思います。 ありがとうございました。
身近な話と大きな話は別々に考える方が良いと思います。 身近な話は、おっしゃるとおり、まさに道徳(と若干の経済性)の問題です。要は、効果の大小にかかわらず(更には、温暖化が本当に起こっているのかどうかにかかわらず!)、道徳的に正しい行為で、若干の経済合理性もあるのなら、やったら良いではないか、と言うノリで行うのが正しいと思います。 大きな話をする段になると、今度は「温暖化は本当に起こっているのか?起こっているとしたらどのような原因で起こっているのか?」という議論から始める必要があります。この議論自体については様々な意見が噴出することがわかりきってますので、ここでは述べません。ご自分でいろいろ勉強されて、自分なりに世界や国家や企業や各国民がどうするのがよいかを考えることが、まずは大切なことかと思います。
お礼
回答有難うございます。 なるほど、道徳論だけでは解決できる簡単な問題ではないのですね。そこに経済的な考え方も入り込んできて、かなり込み合った問題でそう簡単に解決策を提示することは難しそうですね ありがとうございました。
お礼
回答有難うございます。 なるほど、確かにそうかもしれません。 来るべき地球の未来を思いやったとき、人類の存続を考えたとき、国、そして地球というひとつのチームのビジョンはひとつの方向に向かっていくと思います。 「所詮、理想論だ」と私は述べましたが、ひとりひとりの「意識」というものが変化し、ひとつのビジョンに向かって団結出来たら、それは大きな力になると思います。 ありがとうございました。