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もし学校で5教科を廃止したら
学校教育で5教科を廃止して基礎学力を身につけさせず、いきなり実学ばかりを子供に教えたら、子供達はどうなると思いますか? 私は子供が自立できなくなると思うのですが。
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質問者が選んだベストアンサー
5教科が出来る人間こそが、自立した立派な人間であるというならば 質問者さんの主張はまったくそのとおりということになるかと思います。 実際はどうでしょうか? かつて福沢諭吉は学問のススメの中で、"実学"をこそ学ぶべきだとしました。 もちろん"実学"といっても範囲はひろく飯の炊き方から銭勘定まで いろいろあるわけです。(もっとも、彼の時代は5教科の数学や理科なんかも "実学"とされていたんですが。) なぜ、こういったことを諭吉さんは言ったのか。 彼は他の本でも簿記の重要性を説いているんですが、その前文で 銭勘定をバカにする学者と、自分を無学者として蔑む商人を批判しています。 しかし、こういった銭勘定もれっきとした学問たりうることを 西洋の学問の紹介として、(つまり体系の異なる考え方として)示したわけです。 その大元にある考えは何か。それは自分の学んでいる学問を金科玉条にしてしまうと、 その他者(他の学派、他の学問)を蔑む姿勢が知識・見識を広げる妨げに なってしまう、これを戒めようとしたわけです。 もちろん、実学を理解するうえでは、基礎はさらに重要です。 一方ですべての基盤・根源は5教科に集約する、なんて話でもないでしょう。 そこまで5教科にこだわる意味は全く無いように思えます。 逆に5教科を神聖視し集中するあまり、教育の範囲を狭めてしまえば、 その狭い見識に偏ったモノの見方はとんでもない誤解と誤魔化しの上にも なりたってしまうのではないでしょうか。
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- 三郎田 那美(@namida326)
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やはり応用ができないとおもいます。 自立、というよりは生きていけない気がします。 なんだかんだいって普段の生活は頭を使うことばかりです。 理科は必要ないというような回答もありますが、 生命の仕組みも、薬物の存在も知らないことになります。 電気の存在も、作物を作る仕組みも分からない。 いずれ子供は大人になり何にせよ国を支えて生きていかなければならない。 知識のない経験だけで果たして生きていけるのか疑問です。
- einn
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まず文字が読めません。漢字とかひどいでしょうね。 次に、簡単な計算はできても複雑な計算の基礎ができないので、 計算の応用などの臨機応変な対応が難しくなるでしょう。 理科は正直なくなっても殆どの生徒は困りません。 が、人類の発展には化学と科学が基盤になっています。 興味をもたなくなってしまえば、発明家は消え、荒廃するでしょう。 社会や歴史がなくなると、日本国民であるという意識が薄れます。 危機感の低下や、過去に学ぶ事も出来ず、よろしくないでしょう。 英語は挨拶くらい知っておいたほうが良いでしょうね。 自立できなくなる、というよりは将来の幅が狭まる、という感じです。 もちろん実学でやれれば幅が狭まることはありませんが、 残念ながら人間はそれほど優秀ではありません。 何割かの人間は急ピッチでモノを学べない脳構造の人間です。 そういった一部の人達との落差を埋めるために、学校は存在します。 貧困層にも勉強を、という意味合いも強いです。 現代社会という基盤の中で、差をつけずに成長する為には必要です。 これが原始時代とか狩りをするような地域なら、いらないとは思いますが。
- yuu-uuu
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こんばんは。 まず、そんな事にはならないと思うので安心してください。 基礎が出来てない状態で 応用が効くと思いません。 =たぶん生きていけるけど、社会的自立は無理か社会に出てから大変苦労するorzだと思います。