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原発推進派の政治家を教えて下さい
想定外の事態とはいえ、地震大国の日本にはやはり原発はふさわしくないと個人的に思います。 原発がないと不便な生活を選ぶしかなくても、安全には変えられないと思っています。 原発推進派、擁護派の政治家には今後一切票を入れたくないので、教えて下さい。 同じように考えている方もいらっしゃるかもしれませんので、日本全国どの地区の政治家でもかまいません。
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- kumatikuphookai
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個人名は出しませんが、何十年もの間与党の存在にあった党の地方に仕事を作りお金を落とす、またそれに期待する自治体、またそのおおもとには核を自由にコントロールできる技術の確立 平和利用を標榜しつつプルトニウムまで持たざるを得ない羊の皮を着たミリタリーバランス、 現政権も前政権からの分家(ですから再合流のような話には驚かない、数合わせ多数決が民主的であることの危険さ) 問題は思考・発想の基軸が何であるかではないでしょうか、 「業績の向上」、、、、、などなど営利的、また表面上は「地域に貢献}「社会に貢献}と歌っていても経済至上主義で勝ち残っていかねばならぬ、企業の背負った運命、 今回の地震でいつものごとく「想定外」の文字が見受けられましたが、仮に100~500、800年に1度には耐えなければならない、1000年に一度ではコストが合わないとすれば、民間企業の収支の中で納まる事業ではないですね、 基軸は「生命の尊厳」ではないでしょうか?
- nothingknown
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先ほどの回答への補足ですが、 一般的に言えば、理工系の人間にとっても、『原子力』はかなり異質な感じです。(そこの領域の人たちもかな)何か、隠し事が多いと言うか、正直でないと言うか、とにかく、あまりタッチしたくないと言うか、お付き合いしたくないと言うか、、、そんな感じを持つ人が多いような気がします。 大学で原子力関係の学科から看板を架け替えて衣替えした学科がいくつもありますが、過去にそこが原子力関連の学科であったことは言いたくないという感じですし。 旧科学技術庁では主流は原子力でしたが、原子力以外のことを専攻して入庁したキャリア官僚達は原子力関係の部署で働く際に複雑な気分であった方も多いようです。原子力局、原子力安全局は主流で出世コースではあるはずだったのですが、それでも複雑な気分だったと言う訳ですね。また科学技術庁は事務官(法律、経済、行政等の専攻)より技官(工学等の専攻)優位であると言われましたが、これも原子力のイメージで事務官に人気がないせいでもあると言われていました。(事務官の入庁は年に1人とか2人だったと思います) 今や、原子力は決して人気の有る分野ではなく、あまり優秀な人材はいない分野となりつつあります。この状況は安全確保の意味でも非常に問題ですね。安全に管理してゆく為には、有る程度の数の優秀な研究者・技術者・現場従事者があと数十年の間は必要なのでしょうが、それが不可能な状況になりつつあります。そのような意味でも、今後原子力エネルギーの推進には無理が出てくるでしょうね。
お礼
お礼が遅くなりすみません。ありがとうございます。No.11と合わせてのお礼とさせて頂きます。 私も原発推進派の人達の思考には、何か一番大切な所がすっぽ抜けているような印象を受けます。 これは京大で原子炉について研究されている方達を追った映像なのですが、 http://video.google.com/videoplay?docid=2967840354475600719# 研究者側の立場から原発の危険性を訴える方たちも、異端とはされていますが居る様です。 それぞれ最初は志や希望があって原子力の分野に進んだ方達が、途中で間違いに気付き、原子力の危険を世に知らしめる為に研究を続けている。 こういった研究者の前に一人の人間である事を忘れていない人たちが増える事を切に願います。
- nothingknown
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的確な答えではないのですが、、、30年近く前の話です。大学3年からの専攻を選択する際に、 『原子力に進学する奴はキ○○イか詐欺師』 ということが言われていました。 「キ○○イ」というのは、理工系にもかかわらず非論理的に『原子力は安全』と信じ込んでいるから、と言う訳です。そして「詐欺師」と言うのは、本当は危ないかもと思いつつ、金は儲かるので(原子力は他の部門より利益率が確実で勝つ大きい)国民には「絶対安全ですよ!」と自分で信じてもいないことを言っている、という訳です。 多分、推進派の政治家は前者と言うより後者だと思われます。それであれば、嘘が見破られる、つまり原子力は誰にとっても損なのだと言うことが皆に知られた段階で簡単に転向するのではないでしょうか? 政治家には、原子力推進か否かというよりもう一つ上の段階での「国民の利益」とか「国民・国家の安全」とかいう意識でのしっかりとした判断力が要求されるのであろうと思います。その意味では、確かに、現在原子力を推進している政治家は国民や国家を真剣に考えているとは思いませんね。
- NoWar2011
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答ではありません。 私が2002年に自分の県の有志を、自分の県で緊急被ばく対策マニュアルを作成するために各都道府県から資料を取り寄せたとき、すでにいっぱい原発のある福島県にはありませんでした。東京や青森のものは役に立ちました。 福島県ではいま、作っている最中と聞いています。 私は、推進にもある程度の理解を示す立場でした(フランスみたいなスタンス)が、その時にはなぜかマニュアルが作られていないか理解できませんでした。 あとで、ふるさとの歴史を見て、推進・反対両派の激しい衝突のなかで、喧嘩になったときに、長(おさ)が、ええい、止めだ!会議も中止だ!と白紙にもどしたことを知りました。 福島は、マニュアルをつくることさえ難しい状況になって、巻き込まれていったことは想像にかたくありません。 そのなかで、反対を言い続けることが、あるいは、警鐘をならすことが、あるいは、危険を直視することさえ、できなくなった状況が、あったこと、を私たち全てが、自分の故郷への過ちとして反省しなければいけないように思います。 原発の是非、の問題。 しかし、すでに原発がある場合に何かを忘れていなかったか。 職にあぶれた人たちを臨時に雇ったしたうけ組織。 ずさんな溶接があったとして、それを防ぐ手立てを、できなかったか。 問題は、そのような日本の中で深く進行していったと思います。
お礼
ありがとうございます。 何か問題がおこっても、自分は責任を取りたくない、自分には関係ない、そういった一人一人の態度も、今回の事故の原因の1つだと思います。 またおっしゃるように、何かあった時の対処法をきちんと考えていなかった事、そういった事も今回の事態をさらに悪化させた原因であると思います。 原発について調べていると、万が一の際の安全対策について万全を期すべきだという意見を、国や東電側は「絶対安全だと言っているものに対して、万一の安全対策を考える訳にはいかない」という、とんでもない考え方で無視してきた事実があったようです。 「何重にもフェールセーフがかかるように考えられている」と安全を謳っていた原発で、万一の安全対策が考えられていなかった事実に驚愕します。 「日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がない」とNo.7の方の回答に挙げたURLにも書かれていますが、私もそう思います。もう事が進んでしまっていたら、自分の過ちを認める事が出来ない人が多いように思います。けれどそれでは先に進んだ時、問題は余計に大きなものになります。 どこかの段階で間違いに気付いた時、すっぱりと止める勇気を持ちたいと思います。 今がその絶好の機会だと思います。 原発をなくす事で経済の問題など痛みは伴うでしょう。ですがそんな事を言っていられる状況ではないように思います。 過去の過ちを反省してより良い未来に進む事が出来るのか、それとも過去の過ちから何も学ばずに同じ過ちを繰り返すのか、その分岐点に私たちは立っているのだと思います。
- modoki666
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もう参議院議員を辞められましたが、『加納時男』という人を参考程度に上げておきます。 この方は東京電力の元副社長で、原発推進の論客であった方です。 経団連推薦候補として、自民党の議員を十二年やっておられました。 議論の際にかならずおっしゃられていたことが、フェールセーフという何重もの安全システムが働くということを根拠に原発を推進の根拠としていました。 今のような事態は絶対起きないと力説していた人です。 今回マスコミでも盛んに想定外の津波によってとか、震度によってとかそういう表現をされている人もいますが、実際の福島原子力発電所の海抜や震度、津波の高さ、防波堤の形高さなど数値や形を挙げて説明していません。 女川原発付近の高さは、15mに達していますが、今回のような事故は起きていません。 福島第二原発と比較もしていません。 国際原子力機関から相当の指摘を受けていたはずですが、自民党政権としてどういう対策を打っていたのでしょうか? 経団連をバックにしていては、経団連から、二十億近いお金を政治献金としてもらっている自民党がそういう人たちに逆らえるはずがありません。 情報がコントロールされていては、フェールセーフというシステムが本当に原発に組み込まれていたかどうかさえ判りません。 おそらくこれからもそういう情報は出て来ないでしょう。 本当の議論をせずに、情報を吟味させる機会を国民から奪っている人たちは、政治家に限りません。 政治家として信念を持って原発を必要とするのなら、真剣な議論をするべきでしょうが、責任問題に発展しかねないので、隠し続けるでしょう。 おそらく突っ込んだ議論をさせないためにも民主党政権を何とか引きずり降ろそうとするでしょう。 これだけ大きな事故になってでも、具体的数字や形を根拠に議論しないのかさせないのか、民主主義の根本を完全に壊していると思います。
お礼
回答ありがとうございます。 つい先日も経団連の米倉弘昌会長の福島第一原発の事故について「千年に一度の津波に耐えたのは素晴らしいことだ。原子力行政はもっと胸を張るべき」という発言が報道されたばかりですが、 (http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110317-00000302-alterna-bus_all) こういう人達は、このような事態に陥ってもなお、被曝し、命の危険にさらされながら作業している人達の事や、地震や津波ばかりか放射能の恐怖に怯えている周辺住民の事を、自分や自分の家族の身に起きたらという気持ちで考える事が出来ない人間なのでしょうか? 以下は衆院選の東北25選挙区の立候補者95人に実施したプルサーマル計画の是非についてのアンケートの結果ですが、 http://www.47news.jp/localnews/miyagi/2009/08/post_20090827110600.html これを見ると、自民党の議員は全員が原発賛成のようです。 ネット上でも現政権の民主党の非難ばかりして、原発を推進した自民党の事を全く無視して議論しようとする人がいるようですが、今後の選挙で自民党が政権をとれば、今回の事がうやむやにされてしまうかもしれない事や、引き続き各地の原発周辺住民は怯えながら暮らすしかない生活をさせられ続けるかもしれない事が想像出来ないのだろうかと思ってしまいます。 確かに現政権が頼りない事も事実ですが、原発を日本全国に建てた自民党の事も忘れてはいけないと思います。ご回答非常に参考になりました。 またおっしゃる通り、情報を吟味させる機会を奪っている事や、今回の事態の原因が政治家だけではない事はわかっています。 ですが、どういった後ろ盾があって動いているにしろ、政治家が原発の最終的な是非を決めています。 そして私達はその政治家の進退を決める一票を担っています。 原発推進派の政治家を聞きたかったのは、私達にはそういった政治家に票を入れない事くらいしか身近に出来る事がない(少ない)からです。 今単なる民間人の自分に何が出来るのか考えた時、私と同じように考えているが自分には何も出来ないのではないか、と考えている人にとって、たとえ一票であろうとも、一人一人が気付けば大きな力となると思ったのでこの質問をしました。
- ksm8791
- ベストアンサー率44% (125/284)
今回の事故では元福島県知事の佐藤栄佐久氏の「知事抹殺」という本の内容を思い出します。 東電や霞ヶ関の体質を考えれば起きるべくして起きた事故といえるでしょう。 この本のポイントを私なりに紹介いたします。 福島県の元知事が国策捜査で逮捕、起訴されました。 佐藤元知事の取調べを担当した山上検事は、佐藤優氏の時の西村検事と同様に一応は「事実でないことをでっち上げることはしない」と言っています。しかし実際には自分たちが書いたシナリオ以外の供述については耳を貸そうとしないという状況が書かれてありました。 検事にとっては自分たちが書いたシナリオを認めさせることが任務であって、認めた瞬間、それが事実であるかどうかは問題ではなく、認めたという事実だけが成立する。認めるまでは徹底的に精神的に追い詰める。一番効果的な方法は「周りの人間を巻き込んでいるぞ!多くの人に迷惑を掛けているのだぞ!」ということを意識の深いところに刷り込むことのようです。毎日繰り返される取調べで、精神的に不安定になった人間に対し「自分が認めさえすればそれで、いままで世話になってきた人達がみんな救われるのだ・・」そう考えるように導いていくのが検察の手法のようです。これは鈴木宗男氏の時とも共通しています。 佐藤知事は県民の支持率もものすごく高い「闘う知事」の代表的人物でした。この本にもその闘いぶりが書かれていました。特に原発問題についての記述はすごい内容でした。東京電力側の問題点についても書かれていましたが、とにかくひどいのは国・官僚の対応についてです。通産省は平気で約束を反故にするようですし、原子炉の損傷についての内部告発の手紙が届いてもそれから二年間も国と原子力保安院に於いて放置されていたという部分もありました。 内部告発があった場合、保安院は本来すぐに立ち入り調査をして告発内容について検討すべきはずです。よりによってその告発内容を、改ざん隠蔽の当事者である東京電力に口頭で照会していたというのには驚きを飛び越えて怒りすら感じます。 「こんな告発がありましたがどうですか?」 調査は東電に任せ、「報告は告発内容と一致しなかった」と口を拭ったと書いてありました。 当然こんな不祥事が続けば知事としても県民の安全の為に規制します。プルサーマル計画についてもむしろ最初は推進派だった知事もこの状態・体質ではその後の運行を認めるわけにはいかないとなったとのことです。これは当たり前のことだと思います。問題は東電ばかりではなく、国側の対応にあるとこの本を読めば理解していただけると思います。 知事はこの他にも政府が進めようとしている道州制にも異議を唱えています。道州制そのものの賛否と言うのではなく、その前提となる財源移譲についての議論やそのことによるメリットデメリットなどの検証が不十分だと言っているのです。 こういうことがあったから「闘う知事」は中央の官僚から邪魔者だとの烙印を押される。そして「抹殺せよ!」という権力者の意思が発動したのだと思われます。 起訴内容がかなりの”無理筋”だということは読んでいただければご理解いただけると思います。 いまの検察の体質ですと権力者(例えば森喜朗氏、小泉純一郎氏、町村信孝氏などの検察官僚に近い人間)の不正などを知ってしまったら最期・・、その人間は過去をほじくり返され、あることないこと誹謗中傷を世間にばらまかれ、社会から抹殺されるのです。犯罪性があるかないかとか、内容が正確であるかないかは二の次なのです。邪魔者は潰す。その人間がいままでに築いてきた信用を奪い取るのです。 それが検察が振りかざす偽りの正義なのです。本当にとんでもない組織になっています。違法である「おとり捜査」や「司法取引」も恐らく日常的に行われているのでしょう。犯罪者に仕立て上げる罠が日常的に仕掛けられている疑いもあります。 とりあえず最後のまとめにしますが、東京地検に知事の後援会幹部が呼ばれて出頭します。そこでは検事から次のように言われたとの事です。 「知事の悪口をひとつでもいいから言ってくれ」 「15分以内で言え」 「想像でいいから言え」 「会社を潰されたくなかったら言え」 評判の良い知事でしたから、事件性がないことであってもとにかく新聞社が飛びつくネタが欲しかったのでしょう。検察は標的となる人間の信用を失墜させることからはじめます。このやり方で鈴木宗男氏、佐藤優氏、植草一秀氏、三井環氏をはじめ多くの人間が痛めつけられてきました。 これが私たちの税金で組織されている検察の実態だと思うと寒気を感じずにはいられませんね・・。 もし佐藤元知事が抹殺されずに闘い続けていれれば、今回の事故はなかったと思います。 ご参考まで・・・。
お礼
ありがとうございます。 佐藤栄佐久元知事のお名前は、プルトニウムやプルサーマルについて調べていて出て来て、紹介頂いた本も読んでみようと思っていた所でした。 佐藤元知事の収賄容疑を捜査した検事は、2010年の障害者団体向け割引郵便制度悪用事件で捜査資料のフロッピーディスクを改竄し、証拠隠滅罪により最高検察庁に逮捕された人のようですね。(Wikipediaの佐藤栄佐久元知事のページ参照) 「邪魔者は抹殺する」、映画やドラマの中のような事が実際にも行われている事実に愕然とします。 地震大国の日本で原発がゴリ押しされた裏には何かあるのだろうと思っていましたが、まだほんのさわり程度しか調べられていない自分にも、その先にあるものが垣間見えて恐ろしい思いがします。 原発を押し進めた人達は何かあっても簡単に逃げられるから、もしくは直接被害を受けるのは自分ではないから、自分達には関係ないと思っているのでしょう。 それが金の為なのかなんなのか、欲に目がくらんで日本国民は危険にさらされ続け、これからもさらされ続ける事になったのですね。 自分の欲の為には他人はどうなっても知った事ではないという考え方が悲し過ぎます。 子供の頃原発の危険性について話を聞いた事があり、子供ながらに怖いと思った覚えがあるのですが、それから大人になるまで何もしてこなかった自分を恥じる思いがします。 核のゴミについても、子供の頃聞いた事があり、どうするのだろうと思っていましたが、単に現在の私達の多くの無駄を含む便利な生活の為に、未来の人達がツケを払わされる形しか取れていない事もわかりました。 私達自身も「自分達の便利な生活の為には未来の人間など知った事ではない」という事にならないように、今の生活方法やそれらを支えるものについて良く考えなくてはいけないのだと思います。しかも早急に、真剣に。 No.7の方のお礼に原発はハイリターンだと思うと私自身書き込みましたが、それは大きな間違いでした。 単に短いスパンで見ればハイリターンの様に見えるだけなのだという事が今は理解出来ました。
- Shin1994
- ベストアンサー率22% (551/2493)
No.2です。 補足&お礼ありがとうございます。 確かに、ハイリスクなのが原発です。一度今回のような事故が起これば、放射線を含んだ物質がそこら中に撒き散らされ、罪もない人々が被ばくしてしまいます。 ですが、けしてローリターンではありません。原発は、ハイリスク・ハイリターンなのです。何事もなければ、恒久的に発電が可能で、水さえあれば莫大な電力を作り出せます。 問題は、いかに災害に耐えるかです。そして、どうやって安全を確保するか。大きな問題はその二つなのです。それが解決されれば、非常に安定した電力供給が可能になります。それこそが、人類の技術発展に大きな弾みをつけてくれるでしょう。今は危険で、イメージの悪い原発も今回の件で各国が今一度、管理体制を見直す事によりまた一歩安全性が増す事になるでしょう。ドイツなど、既に国内の原発を総点検している国もあります。 この技術は、非常にすごい技術で今後が期待されるものです。辞めるわけには行きません。日本の電力のうち結構な割合を占めていますからね。
お礼
http://www.iam-t.jp/HIRAI/pageall.html 参考URLをお読みになった事はありますでしょうか? 私もこの文章自体は今日読んだばかりですが、また、この文章の全てが本当かどうか私自身検証している訳ではありませんが、現状ではこういったヒューマンエラーが防げないと言う事です。 人間が作り人間が使うのですから、必ずどこかにヒューマンエラーは起こります。 それが小さなものであっても、重大なミスになる危険を孕んでいるんです。 あなたも気付いているように「使いこなせていない」、問題はこれにつきると思います。 原理や設計が完璧だとしても、施工の際にミスがあり、点検に見落としがあり、使用に際しても慣れからくる慢心が起こります。 そしてさらに今回の様な想定外の天災も起こります。 そこで対応するのも人間ですから、やはり様々なヒューマンエラーが起きてしまいます。今の政府や東電の対応を見ていても、それらは明らかではないでしょうか? そして取り返しのつく失敗と、取り返しのつかない失敗とがあります。 原発で起こる事故では後者の失敗が多過ぎます。 参考URLではネジ一本緩んだ場合に160人もの人が危険にさらされながら対処した事が書かれています。これを例えば、遠隔操作のロボットなどで全ての場所や事例ごとで”完璧に”対応出来るような技術を持ち合わせてから初めて使用出来るものではないでしょうか? 使いこなせるようになって初めて使用を開始すればいいのではないでしょうか? 現状ではまだ使用する段階にないのに使用している事を私は問題視しています。 だから「ふさわしくない」と思っているのです。 素晴らしい車であっても、碌に運転も出来ない者が乗れば凶器になるのと同じ事です。 素晴らしい車を否定しているのではなく、それを乗りこなせない者は乗ったらダメだと言っているのです。 どうしても乗りたいのなら、どこか誰にも危害を加える危険のない場所で思う存分練習して乗りこなせるようになってから乗れ、という事です。 原発はローリターンだなどと思った事はありません。 問題はそこではなく、「ハイリスク」すぎるという点です。 使用するならばローリスクに出来るようになってから使用すべきではないでしょうか。
- wwo
- ベストアンサー率27% (23/84)
とりあえず、十派一カラゲに人々をくくって、右翼はみんな原発発推進で核武装派だとかの暴論が顕著に見られましたので、訂正しておきます。 我々には想定内の事故ですよ。この原発事故。 「我々」とは、原発反対派の我々です。 と同時に、その「我々」の中の私は核武装推進派です。 私は共に、国を守り、国民を守り、世界の平和を守る為に、日本の核武装と原発拒否を主張してきました。 原発は核武装の為に必要とはなりますが、核武装に役立つ原発建設が必要なのであって、今の原発では不向きです。 それに我が国の仮想敵国は、我が国内の原発を攻撃対象に定めていますので、国防と原発は両立しません。常識です。 原発は明らかに安全保障上のガンになってます。 中国軍の優先攻撃対象が日本各地の原発地です。ミサイル攻撃してきます。 中国軍の軍事計画上の常識として知られています。 それから右翼政治家や右翼評論化は自分が「右翼」と呼ばれることを拒んでいますが、私は自分が右翼だと思ってますので右翼を自称してますが、なにか? 原発推進派というのは「カネ目当て」の人種であって、国防族ではない。 「カネ目当て」の人間の多くは、カネを見込んで原発と電気を欲し、カネを見込んで核武装に反対する。 ホラホラっ! オマエラの事なんだよ!お前らだ。 ということで、質問者さんも私も原発反対派でよかったですね。
お礼
私は原発反対派ですが、核武装も反対派です。 戦争も反対です。 どの国のどんな人であれ、戦争の名の下に命が奪われるのは反対です。 私達を守る為に、他国の誰かを殺すのであれば、それが他国の兵士であっても嫌です。 誰かの命を故意に奪った上に自分の命があるのなら、そんな命はいりません。 守って欲しいとも思いません。 これは単に私の思想です。(夢想でしかないとも言えますが…) あなたはそういった戦争を起こさない為に核武装すべきと思っているのかもしれませんが、そうであるのなら解決法へのアプローチは違っても、根っこの部分は私と同じですね。 私も命よりも金が重要な現状に嘆きを感じます。残念です。 訂正ありがとうございました。
- cse_ri2
- ベストアンサー率25% (830/3286)
現状維持派も含めれば、既存の政治家、すべてですね。 No.4さんの回答にありますが、共産党・社民党・民主党などに 反原発の主張をしていた政治家はいるかもしれませんが、 代案なしの反対するための反対運動なので、まったく意味なしが ありません。実現性の薄い主張は、現状維持と同意義です。 しょせんは中国・北朝鮮の代弁なので、「日本」国民の生活に 悪影響が出ても、彼らは気にしていないようです。 明日から、関東地域で一部停電が始まります。 東電は実社会への影響をできるだけ低くしようと努力するでしょうが、 電気がこないとどれだけ社会的混乱を引き起こすか、そのよい 事例となるでしょう。 私自身は、安定した電力供給ができるのであれば、別に原発には こだわりませんが、二酸化炭素を排出せずに発電する原発は、 クリーンなエネルギー源だと言わざるを得ません。 今後、反原発を主張する政治家は、安定した電力供給が可能となる 現実的な代案を提示することが求められます。 今まで、反対のための反対活動しかできなかった連中に、どれだけ のことができるのか、多少楽しみにしています。(笑)
お礼
二酸化炭素の問題を出されていますが、二酸化炭素と放射能とどちらが恐ろしいものですか? 温暖化の原因が本当に二酸化炭素なのか、それ自体が怪しまれている意見もあり、また温暖化自体も疑問視の意見も出ていますよね? 二酸化炭素排出の方を取ったとして、問題を先送りにする事には変わりありませんが、放射能のように大勢の人が取り返しの付かない事態に陥るのと、どちらが先に回避すべき問題でしょうか? 代替案のない反対も、原発を使いこなせていない現状での原発の安全性やクリーンさを謳う推進派も、現実離れしている点では変わりがありません。 単に既に原発が使用されているから、現実に即していないのに現状を変えにくいという状況なだけではないでしょうか。 今までの電気の使い方では確かに原発に頼らざるをえない状況でした。ですが、今までの電気の使い方に一切問題はありませんか? 明らかに使いすぎ、無駄が多過ぎるのが事実ではないでしょうか? それらの無駄の部分まで、全て以前の状態に戻して供給する必要があるでしょうか? 例えば太陽光発電を代替案として、天気の悪い日は電気の使用に制限が出るという生活でも仕方ないのではないでしょうか? もちろん太陽光発電だけが解決案と思っている訳ではありませんし、何か1つの案で解決出来る問題とも思っていません。 複数の解決方法を組み合わせて、より良い着地点を探すべきだと思います。 現在輪番停電などで不便な生活が始まっていますが、こういう痛みを伴っている時だからこそ、間違った現状から抜け出せる絶好の機会ではないでしょうか。 原発反対を実現性の薄い主張と一蹴するのではなく、対岸の火事のように高みから見物する姿勢ではなく、どうやったら実現出来る解決案を提示出来るかを皆で考えるのが先決ではないでしょうか?
- anorack
- ベストアンサー率30% (86/285)
中国や北朝鮮やロシアになめられない為にも、 日本は憲法を改正して軍隊を所有し、さらに核武装も必要だと主張している 右翼系の政治家は、原発推進派だよ。 日本から原発無くすと、日本国自ら核兵器製造出来なくなるからね。 逆に、 反原発派の中で、前世紀の東西冷戦時からずっと政治家やっている連中には、 中国や北朝鮮や旧ソ連の意向を汲んで、日本の核武装を阻止する為に、 反原発運動に力を入れている。
お礼
他の回答者の方が補足して下さいましたが、核武装主張の右翼系だからといって原発推進派という訳ではないようです。 素人考えでも今のような原発では、逆に今回の様な惨状に対応出来ず、国防がおろそかになっている所へその他の原発にミサイル攻撃でもされたら一貫の終わりで、国防どころか本末転倒な気がします。 そして安全に使う事の難しい原発を国内に作る事は国防どころか、自国で国内攻撃、国民攻撃しているのと変わりないと思います。
お礼
ありがとうございます。お礼が遅くなりすみません。 推進派と反対派で意見が食い違い平行線になってしまうのはお互いの立つ土台が違うからなのでしょうね。 反対派は100人に1人が死ぬのも嫌だから反対をし、推進派は100人に1人くらい取るに足らない数だという。それよりも経済の発展の方が大切だという。 反対派は「生命の尊厳」を基軸にし、推進派は「業績の向上」や「経済の発展」を基軸にしている。 「命」が大切か、「金」が大切か。 もちろん金がなくては生きては行けない世の中なのかもしれません。ですが命がなければ金なんかいくらあっても意味がない。 命を脅かす程の貧困であれば改善すべきですが、経済発展の影に誰かの命を脅かしている現状も改善すべきと思います。