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死ぬ恐怖がくるのはなぜ?

【夜中一人で部屋の下に降りていくとお父さんとお母さんが寝てました。そしたら急にフと死ぬ恐怖が身体を駆け巡りました。お父さんもお母さんも私もいずれ死ぬ。それが恐くなりました。死んだら人はどうなるんだろう?何もなくなるんだよ、と私の心が言いました。つらいことも嫌なことも楽しいことも幸せも愛もなくなって「無」になる。それが恐い。夢も希望も私にはないの?】 時々こういった恐怖が私に訪れます。 これは何なんでしょうか? 誰かわかりますか 何か趣味とかやってないせいでしょうか? 今の自分の生活が間違ってるせいでしょうか? 単に寂しいせいでしょうか? 誰か教えてください・・

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.5

私にも、全く同じような経験があります。私のきっかけは、テレビのドラマで火事のシーンを見たことでした。そこから妄想は広がり、母が死んで火葬されたら、自分が死んで今ココにいないとしたら・・・考えるほど心細くなりました。そんなときに母に「お母さんは死ぬの怖くない?」「死んだらどうなるの?焼かれるのって怖くない?」と聞きました。母の答えは、「今で一生懸命だからわからないよ」「死んじゃってるんだから、何にも苦痛はないはずだよ」と、少し戸惑ったような、それでもあったかい笑顔で。 趣味がないとか、生活が間違っていれば、死ぬことが怖いというより死ぬことに興味本位になるでしょう。疑問を感じるからこそ、生きている証拠で、あなたは大丈夫。 生死だけでなく、恋愛でも、ふと立ち止まることがあると思います。それだけ現状を失いたくないと思えるからではないかと思います。 もしかしたら、両親の中で守られている状況から、また違う世界に成長し始めている時期かもしれません。今の自分を否定する必要はなくて、むしろこれからに希望をもっていいと思いますよ。「死ぬ夢」が縁起がいいといわれるのだって、まんざら迷信だけではないと思いますし。成長過程では、自分で気がつかないうちに頭をよぎる『何か』があって、そこに気がついたのですから、それは素敵じゃない?自分でかみ締めて成長していけるんだからね。 実際に死ぬときには、体の様々なメカニズムで、苦痛が消えていくようです。一番最期に苦しくないように働くメカニズムがあるとも聞きます。 生と死の意味について、少しでも考えるきっかけがあること、大切だと思います。わからないから恐怖で不安だけど、きっとね、最終的には後悔しないようにやっていこうかなって思えれば、それが今のあなたの精一杯の答えで、正解だと思うよ。希望と夢をもつ、そんなきっかけだと思ってね。自分をちゃんと見るきっかけなんだもん。怖くないよ。気持ちを強くもってね♪

bio4u6
質問者

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>趣味がないとか、生活が間違っていれば、死ぬことが怖いというより死ぬことに興味本位になるでしょう。 わかります。私も時々私なんかこのまま死んじゃえばいいのにと思います。そして自ら死のうとします。死にたいと思う時って生活が間違ってるんですね でも、>疑問を感じるからこそ、生きている証拠で、あなたは大丈夫。 と言われてホッとしました。死への恐怖はなぜ感じるか?という疑問をもつということは生きてる証拠なんですね?私は大丈夫なんですね? >生死だけでなく、恋愛でも、ふと立ち止まることがあると思います。それだけ現状を失いたくないと思えるからではないかと思います。 ああ確かに恋愛もふと立ち止まるかもしれません… >両親の中で守られている状況から、また違う世界に成長し始めている時期かもしれません。 私がこれを感じたのは劇団四季のHPから美女と野獣のポスター/撮影山之上雅信の8月カレンダーをダウンロードして眺めてからでした。このポスターには何かがありました。何ででしょう? このページです↓Bタイプをプリントアウトしました http://www.shiki.gr.jp/calendar/2003/index.html >今の自分を否定する必要はなくて、むしろこれからに希望をもっていいと思いますよ。 >成長過程では、自分で気がつかないうちに頭をよぎる『何か』があって、そこに気がついたのですから、それは素敵じゃない?自分でかみ締めて成長していけるんだからね。 ありがとうございます >わからないから恐怖で不安だけど、きっとね、最終的には後悔しないようにやっていこうかなって思えれば、それが今のあなたの精一杯の答えで、正解だと思うよ。 >希望と夢をもつ、そんなきっかけだと思ってね。自分をちゃんと見るきっかけなんだもん。怖くないよ。気持ちを強くもってね♪ ありがとうございました!

その他の回答 (14)

回答No.15

何度も登場ですが・・・。 いつも詳しく話してくれて、感謝と安心の気持ちです。 両親との確執は、私にもあり、自分が子供を産んだ今でもそれが微妙に続いています。まぁ、背景を・・・をと要求したわりには、それに見合う言葉がなく申し訳ないのですが。 漠然と焦る気持ちは沸いてくると思います。それだけ向上心というか意欲があると解釈しました。 だから、まず自分の悪いところばかりを見つめることは止めて。こうやって突き詰めて考えるところだって、悪いことばかりじゃないし、ほかにもあなたに出来る「何か」、悩んだ後に見つかる「何か」は必ずあるから。その「何か」に気がつかないままでいて欲しくないと思います。悩んだ分、強くなれますから。どうか悩む自分さえ、良い方向にとらえてみてね~そういう気分になったときまで、今のままちょっと悶々としてたっていいんだから。焦らなくても、時は流れます。あなたの状態に関わらず時が過ぎます。でも必ず、あなたにも良い波はやってきますし、それを逃さないよう、外に目を向けること。 (くれぐれも私は一介の主婦、宗教もしていなければちょっとしたことでキレるわがままな性格です。それでもやってこられているんだから、あなたのような人は、もっともっと大丈夫!) 追伸:笑おうね!何でもいいから笑って!とにかく笑える気持ちになること!コレが解決の近道かもよぉ~♪

bio4u6
質問者

お礼

ありがとうございました 焦ったり悶々としたりしても時は流れますよね どんな状態でも時は流れるから 外に目を向けて日々過ごして行きたいと思いました どうもありがとうございました!

回答No.14

情報が色々と寄せられているようですので、差し支えなければ、あなたの年齢(世代)や死を思うようになった原因と思われる状況など、もう少しお話してもらえませんか? あなたの背景が見えなければ、どんな話が適当かもわからないし、いたずらにネット上で情報を得すぎるということも危惧されます。情報の多すぎるご時世ですから、その点を憂慮しつつ、補足をお願いします。

bio4u6
質問者

お礼

ありがとうございました この恐怖は何なんだろう?ということから気軽な感じでこのグ-を利用させてもらいました。でも皆さんも同じことを考えているようで宗教観といった話しもありmisachi395さんは私のことをよく考えてくださりとても嬉しいです。 背景といっても実家に住んでいるくらいで両親はホントは仲が悪いくらいです。友達はいなくて本来は頑固ででも仲良い人には明るく優しくて会社や社会ではなぜか注目されてしまいます。 実家離れた方がいいとよく占師に言われます。 年齢は20代半ばです。フジ系ドラマ「白線流し」世代。高校出て専門か4大行って一人暮らしして学生生活をエンジョイする予定でしたが、短大に進み実家暮らしです。貯金も使ってしまい一人暮らしはできそうにありません。。彼氏もいたことないし出会い系サイト利用した事もあるし最悪。トップレベルに行きたい。 いたずらにネットで情報を得ている感じはあるかもしれません…。でもその意気・いたずら気がないと相談したいことも相談できないタイプになっちゃうんです。 こんな感じなんですが…よく、この先の人生を考えてしまいます… ありがとうございました

bio4u6
質問者

補足

訂正します >両親はホントは仲が悪いです   ↓ 週末2人で買い物出掛けたりしてるので仲はいいのかも。よくわかりません。

回答No.13

#5です。 お話にあった美女と野獣のBタイプのポスターを見てみました。 その感想の前に、様々な絵や写真をどう感じるかということは、心理学などにも応用されます。「1本の木を書かせる」などが有名な方法かな?見る人によって受け取り方は違うし、同じ人でも、状況によって違います。 私がその写真をみてまず感じたのは・・・美女が野獣に手を添えて微笑んでいるところから、女性の強さや包容力が強さとして感じられました(ディズニー映画に興味が無くて、ストーリーはだいたいしか知りません)。おそらく私が今二人の子供(0歳と2歳)の子育てに翻弄されつつも、それでも幸福感があるからかと思います。 今回、そのポスターに気持ちが揺れる気配があるようなら、思い切って仕舞い込んでみましょうよ。いつか将来、ある時期が来て、今見たらどう思うかな?といたずらな感情になったときにまた見てみれば? bio4u6さん、あなたはおそらく未成年の多感な時期になるのでは?と感じますので、その前提でお話しますね。 死生観、宗教観、世界観・・・そんな大きなことまで考えて踏み込む必要はないと思います. むしろ、自分自身だけを突き詰めないで、身近な周りに目を向けて欲しいと思う。一人でここまで大きくなったと思う?そうじゃないでしょ?疑問や納得いかないことはあっても、あなたがここまで過ごせたのは、あなたとあなたの周りの人がいたからだよ。その人たちが今のあなたに思うような良い作用がないとしても、とりあえず今色々と感じることができる状況にあるのは、あなたが独りじゃなかったから。 そして、人は与えられた環境の中でしか過ごせないのだから、それなりに工夫しなくちゃ。今すぐにできないことも、時間がたってあなたにそれなりの力や方法が身について実践できるとき、必ずあなたのように迷って悩んで辛い気持ちを味わった人は、それ以上に大きく温かくなれる。遠くを見すぎる必要はなくてね、今できそうなことから、何か探せば良いだけ。ちょっと先になりたい自分があれば(痩せるとか、憧れの職業を見つけるとか)、そのためにどうしようかなって、一歩ずつ進めばいいだけ。目標が見つからないのなら、本屋さんに直行して、ファッションから資格の本までアレコレ立ち読みするでも良し! >死への恐怖はなぜ感じるか?という疑問をもつということは生きてる証拠なんですね?私は大丈夫なんですね? 私はむしろ、平常だと思います。でも誰もが死にたいほどの気持ちや衝動に立ち会うわけではなく、「死んだら・・・」「自分なんかいなくたって・・・」なんて疑問を感じない人もいます。どちらが人間として恵まれているかはわかりません。でも、一度そういう心境になっても、行動を起こそうとしてもなお、「生きる意味」や「生きることへの執着」を文面から感じますよ。 悩むときは悩んでも良い、でも、実際に体を傷つけることが解決ではない!これだけは言います。生まれる自由の無い人間は、死ぬ自由も無い。 自分の存在意義や死生観をみつめる場面に直面しているだけで、そんなことはあなた自身が自分を消し去る程度でもない。ここまで突き詰めて自分自身を悩み、人間の存在を想うこと・・・その先にあなたができることは生きることであり、多感な気持ちを活用すること。あなたには死ぬより難しいことに立ち向かう力があると感じます。自分を見つめると同時に、自分に何ができるかを親や友達、見知らぬ世間の人たちについて、考えを広げてみませんか?何ができるかなんて、やってみなければ答えは出ないものです。それができる(「答え」ではなく「手ごたえ」が見つかるまで)までは生きていけるものです。 私は看護婦です。様々な死を見てきました。どんなに惨めな姿でも死ぬことが許されずに生かされる人も。だからこそ自分で自分を傷つけることは許せません。無駄です。死ぬことは想像以上に大変(困難)なことです。 私もちっぽけな人間ですが、ここでこうやってあなたの存在を知ったというだけで、それだけでもいろいろと考えて欲しいことが浮かびます。あなたに消えて欲しくないです。そう思わせる(文章だけでも)力があるのですよ。だから、重ねて言いますが、あなたは大丈夫です!

bio4u6
質問者

お礼

ありがとうございました心から 自分の身体を傷つける必要はないというところでドキッとしました。ちょうど私は仕事を辞める事をくり返したりして自分や家族を痛めつけていました。わざと精神異常者を装い家族に苦しい思いをさせてきました。家族に今私は支えられています。性格は嫌われていても。 >あなたには死ぬより難しいことに立ち向かう力があると感じます。 そうですねこう言われて嬉しいです >自分を見つめると同時に、自分に何ができるかを親や友達、見知らぬ世間の人たちについて、考えを広げてみませんか? そうしようと思います 全文章一つ一つが大切なものでした ありがとうございました 消えるのはよそうと思います 例え私が悪者でも死なずに生きようと思います ありがとうございました…

  • cse_ri2
  • ベストアンサー率25% (830/3286)
回答No.12

>宗教ですか >勉強というのは宗教の勉強をした方がいいということ >ですか? 宗教なんて言葉を聞いても、今の日本人には無神論者である ことが正しい生き方であると信じている人が多いので、いささか 驚かれたかもしれません。 まずは、下記の質問あたりが参考になるかもしれません。 私の回答はNo.7です。 『我思う、故に世界あり』  http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=242673

参考URL:
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=242673
bio4u6
質問者

お礼

ありがとうございました URL参考になりました

  • cse_ri2
  • ベストアンサー率25% (830/3286)
回答No.11

肉体の死の先に何があるのか、たいていの人には分からない からです。 でも恥ずかしいことではありません。お釈迦様もそうですし、 弘法大師をはじめとする日本の多くの仏教僧たちも同じ問題 で悩み苦しみました。 この問題については、残念ながら宗教しか回答を与えるもの はありません。 (もっとも宗教によって回答が違うので、一般人には非常に分かりんくいのですが) いろんな本を読んで、勉強してください。 納得のいく回答が見つかることを、願っています。

bio4u6
質問者

お礼

宗教ですか 勉強というのは宗教の勉強をした方がいいということですか? この背筋の凍るようなゾッとした感じは…小さい頃もそうだししばらく忘れていたけど今回目覚めてきて… 幸せになるのが恐いのかとも思いました 自分の限界を見ず途中で自分を諦めて、途中を受け入れたことをした後、それが自分が求めていた幸せかもしれないという曖昧な幸せを飲み込んだ後、こういった恐怖があります

  • K-1
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回答No.10

みんな同じ事を考えます。 誰でも一度や二度は「死の恐怖」にとりつかれ、夜寝るのも恐くなり、道を歩くのもさえ恐い。 やはり未知なるものへの恐怖が原因の一つじゃないでしょうか。 で、ワタシの場合、書物、映画などで「死とは?」を勉強しました。 著名人の死生観、宗教、オカルトまで。 そして得た結論は「死後の世界はない。死ねば無」ですね。 しかし、死の恐怖は薄れました。 死ぬのは嫌だ、生きていたい。 本や映画や音楽をもっと見たい、おいしいものを食べたい、あちこち旅行したい。 死ぬことの恐怖ではなく、生への執着です。 そして何時か来る「その日」のために、何か「私がここにいた証」を残しておきたいと思っています。 勉強し、自分なりの結論が出れば「死の恐怖」も薄れるのではないでしょうか。

bio4u6
質問者

お礼

>生への執着 ですか…そういわれるとそうなのかなという気もします。 私がここにいた証…なるほど 皆さんの言葉一つ一つが重みになり非常に励みになりました

  • hirakawa
  • ベストアンサー率27% (509/1821)
回答No.9

どんな人でも一度や二度はそんなこと考えるのではないでしょうか?私にもありましたよ。 保育園児から成人した子供まで三人の子供を抱える私は、生活に追われ、そのようなことを考える心のゆとり?も無くなってしまいました。 今は、現実のことを考えることで精一杯です(爆)

bio4u6
質問者

お礼

ありがとうございました

  • BlueCap
  • ベストアンサー率18% (17/92)
回答No.8

私も夜中にひとり布団の上を転げまわってますよ。そしてこの質問&回答を見て、みんな考えてるんだな~って思ってなんだか「ほっ」です。 考えることが出来ないのを考えられないんです。なんだか矛盾しているような言葉ですが。「無」となったら当然考えることは出来ないですよね。意識もないだろうし。その考えることができないという状態ってどんな状態だ?って考えられる私は考えるんです。えらい坊さんは「無」の境地に至れるというけどどうなんでしょうね。あ~もう、メチャメチャ怖いです。風呂場でも「こぇー、ぎゃー、わー」ってなります。(夜遅く風呂にはいるとそうなる)。 親を見ると「死」を考えてしまうのは、普通に行けば親のほうが早く死ぬからだと思います。もちろん私も考える時があります。 趣味とか持てばなくなる?とのことですが、確かにそれをしている時は考えませんね。でも結局、家に帰って、寝る前は落ち着いているので考えちゃいます。 皆さんもそういうこと考えてるみたいなので、別に何かが間違っているわけでもないでしょう。死んだ後がたとえ「無」であったとしても今を「無」にすることはないでしょう。夢も希望ももってください。このことで実害があるとすれば、蚊やゴキブリを殺すのに躊躇してしまう事でしょうか?(あくまで、私はってことで)こないだバルサンしちゃいましたが(^^;) 今はとりあえず幽霊、見たいですね。死後の世界があれば問題ないわけですから。あ~でも怖いな。取り殺されても嫌だし。でも見れば安心・・・う~ん。転生のほうも考えたんですが、記憶ないのは「無」と大差ないような気もするし、う~ん。さてと、とりあえず風呂にでも入ってくるか!今から風呂に入らないわけではないですが、そういう風に無理やり区切りをつけてます。だっていくら考えても答えでないし。それでわ~。

bio4u6
質問者

お礼

ありがとうございました >死んだ後がたとえ「無」であったとしても今を「無」にすることはないでしょう。 >夢も希望ももってください。 そうですね 大事なのは 夢 と 希望 です!

  • terapee
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回答No.7

死ぬのは怖いです、私も時々そう感じることありますよ。 個人的には、まだ人生を楽しみたいですし、 今が幸せだからそうとも思えるのではないかなぁ と思います。 常にそういった事を考えて悩んでしまっては、 精神的に参ってしまうでしょう。 けど、時々であれば正常なのではないでしょうか? むしろそういう感覚があるからこそ、 今の生活や人生が愛しく感じるのであろうし、 周りの家族や友人知人、命というものを 大切に感じる事ができるのではないでしょうか。 それってとても大切な事だと思います。 今の社会に欠けている部分の一つかもしれませんね。 私なりの意見です、的を外していたらごめんなさい。

bio4u6
質問者

お礼

>時々であれば正常 >そういう感覚があるからこそ、今の生活や人生が愛しく感じるのであろうし、周りの家族や友人知人、命というものを大切に感じる事ができるのではないでしょうか。 ありがとうございました

noname#6694
noname#6694
回答No.6

わかります。同じように小さい時から死に対して恐怖を感じました。 (今でも時々感じますけど) 私の場合、今の自分がなくなることへの恐怖でもあります。 それは趣味とか生活がという問題ではなく、誰もが考えることではあると思うんです。 そのきっかけがあるかないかの違いだけで。 それはどんなとき感じますか? それが本当につらくてどうしようもないのなら(眠れないとか、生活に支障をきたす程度であれば)、どんなときにそれを感じるかを考えて対処するしかないと思います。 皆さんがおっしゃってるように死について考えることは悪いことではなく、自分の生き方を考える上でいいことだと思います。

bio4u6
質問者

お礼

そうなんです、今の自分がなくなることへの恐怖なんですよね… どんな時感じるだろう?なんか自分が『欲しかったものかもしれないものを手にいれた「感覚」を持った時』世界が静かになって死ぬことへの恐怖が出てきます。 ありがとうございました 私はきっと今幸せで、世界に甘えているんだと思います。 もっと社会で活躍しろよと誰かが言っているのかもしれません

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