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社会に原因を求める = 問題を人のせいにしている という論理が分かりま
社会に原因を求める = 問題を人のせいにしている という論理が分かりません。 社会は国民皆で動かすものであり、社会のせいとは自分自信の問題では無いのでしょうか? 「社会に原因を求めるな」と言う人は、社会は自分たちで動かすという自覚が無く政治活動は何もしていないのでしょうか?
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「問題を人のせいにしている」と批判する対象に「社会に原因を求める」という言い方はあまり聞いたことがありません。「社会が悪い」という言い方なら良く耳にしますが。 まあいずれにせよ、これらの言い方には、頭に「俺に原因があるんじゃなくて」「俺が悪いんじゃなくて」という言葉が隠れていると感じる人が多いということでしょう。かくいう私もこれらの台詞には「俺が悪いんじゃない」というニュアンスを感じます。こういう話をする場合というのは当然何らかのミスや問題が生じたときなのであって、その原因を自らの非として認めようとせず、社会のせいにするのは明らかに問題のすり替えであり逃避でありはぐらかしであると思いますし、おそらく多くの人がそう感じると思います。 「社会は国民皆で動かすものであり、社会のせいとは自分自信の問題では無いのでしょうか?」というのは全く間違っているとは言えませんが、子供や老人を除いたとしても日本だけでも自分ひとりの社会への関与は数千万分の一に過ぎないのであって、「社会のせい=自分のせい」というのは極端に過ぎるでしょう。雨粒一つを指してこれは海であると言っているようなものです。
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- awjhxe
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⇒社会は国民皆で動かすものであり、社会のせいとは自分自信の問題では無いのでしょうか? 社会は即自分に直結していますから自分自身の問題ではないとは違います。ですが自分一人で社会を変えられるものではないから,社会の制度上の問題から立ちはだかりどうする事も出来ない場合に社会のせいにします。 それは,派遣がそうです。同じ仕事をしながらも待遇が矛盾に満ちてた半額,派遣労働者の首を絞めて正社員制度を維持する為の派遣法が野放し状態........問題を人のせいにしている.......のではなく...... ⇒社会に原因を求める= 問題を人のせいにしている という論理が分かりません。 言うならば,この労働対価が,正社員と派遣社員が著しく異なる.派遣制度は,同じ労働者からして見れば人権侵害にも等しい制度だと私は思いますが,この悪い精度を私一人の力ではどうにも成らないから社会の性にします。
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- jameseuk
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真逆ではないでしょうか?政治家、党員程:社会に原因を求めるな!と言いますよ。
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- cucumber-y
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自分が何かをしてしまった時、自らをどこに置くか、つまり立ち位置の問題ではないでしょうか。 私が学校に行かないのは社会のせい 私が万引きをしたのは社会のせい 私が就職しないのは社会のせい 私が飲酒運転したのは社会のせい 私が電車内で痴漢をしたのは社会のせい 私が通り魔となって多くの人命を奪ったのは社会のせい もし、私がこの先なにかをしでかしても上記のような発言は私自身が恥ずかしくてできません。 自分がやったことは先ずは自分の中に原因があると考え、省みるべきだと考えます。 これが私の立場が客観的な第三者であれば、何かをしてしまった人に対して「社会のせい」と先に考えることもあるかもしれません。
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ありがとうございます。
社会に原因を求める事を問題を人のせいにしているとすぐに判断する考え方に関しては,明らかに誤りだと考えて良いでしょう。個人と社会は常に相互に影響を与え合っているものであり,こういった事を無視してしまえばそれは固定観念による視点だと思います。
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ありがとうございます。
- 山田 太郎(@testman199)
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>社会は国民皆で動かすものであり、社会のせいとは自分自信の問題では無いのでしょうか? これを言うのなら社会=個人になってしまいますね。 社会とは個人の集合体であり、集合体である以上1個人だけでは動かしようが無いものです。 社会に原因を求めると言う事は、本人の責任を薄めた集合体に原因を求めている事になり、 それが問題を人のせいにしているとの理論に繋がるのです。
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ありがとうございます。
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