「ロボット」という言葉は、1920年、カレル・チャペック(Capek, Karel、1890-1938) の「R.U.R.」(エル・ウー・エル = Rossum's Universal Robots = ロッサム万能ロボット会社、邦題『ロボット』 訳/千野栄一 岩波文庫 1989.04)という戯曲(初演は1921年1月プラハ、日本では1924年[大正13年])において創案され、彼の造語と一般に言われているが、実際には彼の兄のヨゼフ・チャペック(Capek, Josef、1887-1945) が作ったとされる。(彼の短い手紙の中で、チャペックは、人工的な労働者を新たな劇中でなんと呼べばいいかを兄のヨゼフに相談している。カレルが「labori では堅苦しい」と考えていることを示すと,弟は「それならロボットと呼べば」 とつぶやいて仕事に戻った。)
「ロボット」という単語はチェコ語で「退屈な仕事、強制労働」を意味する“robota”とスロバキア語で「労働者」を意味する“robotonik”から来ている。チャペックは『働く能力はあるが、考える能力の無い人間に似たもの』と定義している。
カレル・チャペック(Karel Capek, 1890-1938)
北東ボヘミア(現在のチェコ)の小さな鉱山の町、マレー・スヴァトニョヴィツェに生まれる。プラハのカレル大学で学んだ後、ベルリンとパリに留学。帰国後の1916年頃から創作を開始し、1921年に『リドヴェー・ノヴィニ(人民新聞)』社に入社、生涯、ジャーナリストとして活動した。その一方で、戯曲・小説・評論・童話なども執筆、幅広いジャンルで秀作を残す。戯曲『R・U・R』(邦題『ロボット』、岩波文庫)において、画家で作家でもある兄のヨゼフとともに生み出した「ロボット」という言葉は、世界中に広まった。一貫してファシズムに抵抗し、死後は共産党により反体制の烙印を押されたこともあるが、チェコの国民的作家として、多くの人々に親しまれ続けている。主な著作に、『山椒魚戦争』(岩波文庫)、『園芸家12カ月』(中公文庫)、『マサリクとの対話』(成文社)などがある。
■立ち読みフロア■
http://www.gutenberg21.co.jp/rur.htm
「R.U.R」…ロッサム万能ロボット会社
【ヘレナ】わたしの国で、最初のロボットというのを見たことがありますわ。町議会が買った――いえ、雇ったのです。
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【ドーミン】ロッサム万能ロボット工場では、一つの銘柄ばかりは造りません。...
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お礼
どうも詳しく教えていただいて、ありがとうございます。 よくわかりました。