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この世の果てはどこにある
私は親のおかげで好きなものを好きなだけ買えるお金がおります。なのに世の中には食べるものも買えない人がいます。私はほんとうにわからないのです。こんなにもお金で不公平不条理が生まれるのかと。お金を持ってない人達は私の父のような資本家、金持ちに操られていて生きているように感じました。神,仏、法律、などは権力者の都合よく、人々を動かすためにあるとしか思えません。父は私に一生働かなくていいといいます。ただ名簿に名前があるだけで遊び暮らせるのです。 学生である私は今までただ楽しいがすべてで、欲しいもの車は買い、女遊び、あらゆる快楽を追及していたように思えます。このまま遊んで歳をとるのもあり、だとは思います。でもなぜかすごく物足りないのです。それは資本論を学んでからです。 この世の中はどこか狂っています。あまりにも人間は野蛮な生き物だと思います。 話しは変わりますがみなさんが食べているお肉はなんなんですか? 毎日,毎日、全世界で、大量生産、大量殺戮、されている畜産動物です。バンバン殺されて肉という形にされ、人間の胃袋にいくのです。食べられている分だけ殺されているのに、なぜ、皆さんは畜産動物殺されているのを見たことがないんですか? そうです。この世の中ではタブーとされているのです。民衆にばれない様に行われているのです。そこらへんに莫大な利益をあげている動物殺戮大企業があるのに誰も知りません.皆、知ろうともしません。 なぜこの話しをしたかというと、この人間社会にそっくりそのまま当てはまると思ったからです。動物は労働者で動物殺戮大企業が権力者である資本家です。それが現実です。 これから多くを学んでいきます。 最後にここまで読んでくだっさた方本当にありがとうございます。そして意見してください。
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私も学生時代に資本論を読みました。 結論としては資本主義は欠点だらけである。また、資本論も一面の真実をついている、です。しかしそれは資本論が正しいという意味ではありません。資本論もまた欠点だらけであり、人類はいまだ最善の経済体制を思想的な段階まで高めていないということです。ただ、マルクスの当初の予測に反して、資本主義は福祉制度により弱者に最低限の心遣い(?)をするなどの変化・進化していることは言えると思います。もちろん、根本的な解決になっていませんが。 昔、ある本を読んでおりますと、 人は大抵の場合、毎日がほどほどに楽しく暮らせればそれで良いと思っている。 しかし、それにもかかわらず、ふと「世界」のことがどうしても気になることがある。世界はどう成り立っているのか、その意味は何なのか、真実とはなんなのか、世界にとって私とは何なのか?この疑問に答えるのが宗教であり、哲学である。 という文がありました。 あなたにとって今が「ふと世界のことが気になった」時であり、その答えが「資本論」なのでしょう。 私が思うに人間個人も社会も矛盾をはらみながら、危ないバランスに成り立っているだけです。誰もがうすうすそのことに気づきながらも個人ではどうしようもないからあえて気にしないまま生きている。だけど矛盾を突き付けられると…悩むか、それでも目をつぶるのか…。現代社会では目をつぶることが多数的な判断でしょう。もちろん、それでは問題は永久に解決されないことは確かなことではありますが。一方で、誰かやれよなんて無責任なことも思ってる。そこにもまた矛盾がある…。そして最後には悩む人も悩むだけではどうしようもないことを悟り、毎日の生活に溺れていく。そして悩む人を見ると何か言ってあげたいのだけども、結局自分は悩んだだけだから、何も言えない、というわけです。 …意味不明ですな。 最後に先ほど挙げた本にはこうもかかれておりました。 この社会が続くとは限らない。現に戦後社会ができてから50年でしかない。あえて現在の社会に対して声高に矛盾を叫ばなくとも、この社会に変革が必要になった時のためにそれぞれ個人が理想の社会について考えることは無意味なことではない。 あなたにとっての理想が見つかることを祈ってます。 ではでは。
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- kenk789
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それほど、恵まれた環境にありながら、傲慢にならずに、人のこと社会のことを考えられることは素晴らしいことだと思います。 建前の大嘘で、民主主義等々の美辞麗句をいって権力側は騙して、国民は騙されたりしていますが、資本主義の実態は、金が支配するピラミッド型の支配社会で、ねずみ講そのものです。上が下を吸い上げて、下が入ってこなければ崩壊します。 資本主義の悪をガンガン報道して、多くの方に資本主義の実態を知ってほしいです。資本主義のことについては、下記にも質問したので興味あれば見てください。
お礼
貴重なご意見ありがとうございます。私の財産になりなした。私は子供の頃から周りの人間が金で人々を動かしているのを見てきました。それを見て金のない者は奴隷だと思いました。しかもつい最近まで。 そして大学に入り資本論を学びこの世界の汚いところを再認識させられたというか自分達が一番汚いところにいると言う事を初めて知ったのです。ショックでした。 皆様が言うとうり資本論は色々問題点があります。ややこしい世の中の暴露本みたいな感じ笑 私個人的にはもっとわかりやすく書いてあれば皆に少しは理解されもっと広がったような気がするのですが。 ただ、確かな真実はこの社会はいつの時代も弱肉強食だと言う事、そして人は皆自分が一番可愛いということですね。理想論うんぬんを永遠に考えて生涯を終えるよりまずは己の目の前の敵を倒さないとまた歴史の繰り返しになるだけということでしょうか。 偉そうなことを言いつつも結局は自分が一番でありたい自分が本当に情けないです。人の脳はわがままです笑 先日亡くなった偉大なる祖父がよく言ってました、万物には必ず終わりがあり、この世の果てがくるまで万物は何かと均衡をとるものだと。 この世の果てはどこにある2 へ皆様ご意見ください。お待ちしております。
じゃ、何を食べて生きるの? 植物? 植物も生き物だけど。 そうです。この世の中ではタブーとされているのです。民衆にばれない様に行われているのです。そこらへんに莫大な利益をあげている動物殺戮大企業があるのに誰も知りません.皆、知ろうともしません。 なぜこの話しをしたかというと、この人間社会にそっくりそのまま当てはまると思ったからです。動物は労働者で動物殺戮大企業が権力者である資本家です。<皆、知っていると思いますが。 当たり前のことをさも、すごい発見をしたように言われてもねぇ。 2ちゃんねるへいかれてみては? あなたと同じような高尚な方から下衆な方まで、幅広い層の方が議論してくれると思いますよ。 で、質問は畜産動物殺されているのを見たことがないんですか?ですか? あります。
お礼
まずは回答の仕方を勉強してください。それから私の問いに答える権利ができるのです。残念です。がんばれ
補足
じゃ、何を食べて生きるの? 植物? 植物も生き物だけど >私は肉大好きでございます。とくに銀座松唱叡さんの肉は最高ですよ。あなたも来られては?
- cse_ri2
- ベストアンサー率25% (830/3286)
若いうちはわからないでしょうが、年をとるにつれて段々と 社会や歴史の流れが見えてきます。 あなたの家は現在金持ちでしょう。しかし、先祖代々そうで したか? せいぜい3~4代さかのぼれば、一般庶民(または貧乏士族) であった家が大半です。 あなたは今お金に困っていないかもしれませんが、あなた が年寄りになっても、あるいはあなたの子供が金持ちであり 続ける保証があるのでしょうか? そういうことまで考えられるようになると、今あるお金だけ が自分の人生ではないこと、今をいかによく生きるか、また 自分の子孫にお金以外の何を残せるかが大事であるとわかる ようになるでしょう。 資本論はたしかに一面の真実をついています。 しかし資本論を信じて革命運動に参加した国・人たちの末路 がどうなったか、一度きちんと調べてみたらいいでしょう。 資本論の結論は、唯物主義と暴力革命でしかありません。 唯物主義の結論は、人間は動物でしかないということです。 人間の貴さを見失わせるこの思想を信じれば信じるほど、 人は人間性を見失い、また貧富の格差はなくなるかもしれ ませんが、全員そろって貧乏人になります。 あるいはプロレタリアート独裁の観点から、一部のプロレタ リアート層にカネと権力が集中し、結局一部の資本家だけ が裕福さを享受する社会となるのです。 結論を出すのはまだ早いです。よく勉強し、実社会で大いに 汗をかいて、人が生きる上で何が大事かよく学ぶべきです。
お礼
先輩からのご意見は貴重です。ありがとうございます。ですが、歳をめされてわからなくなる事もあるのではないですか。今の世の中の大人達は枯れています。ちなみに私は今自分で事業を立ち上げております。経営、経済、法、あらゆる仲間達とくんで頑張っております。応援してください。
わたしはねえ、極端な話、世の中には善とか悪なんて絶対的な基準はないと思うのよ。要は自分がどう感じるかなのよね。 お肉にされる牛さんたちが殺されてることは誰にも想像できることだけど、人によっちゃあ、そんなこと考えたくもない、って思うかもね。うまいうまい、って言って焼肉食ってるくせにね。でもそういう矛盾に見えることって要するに慣れの問題だと思うわけ。お肉は好きだけど牛さんが殺されるとこは想像したくないのは、そういう場面に慣れてないからじゃないかなあ。誰も自分に代わって牛を殺してくれなくて、それでもどうしてもお肉が食べたければ自分で牛を殺すしかないよね。 ドイツの酪農家の家では自分ちで飼ってたかわいい豚さんを庭で吊るして殺して、お肉から内蔵から骨まで捨てるところがないくらい全部使っちゃうんだって。残酷なようだけど、そういう光景を小さな頃から見ていた子供にとってはそれは自然な光景なのね。これは宗教がどうのこうのと言う以前の問題だよね。実際、昔は皆そうやって動物を自分で殺して食べるのがむしろ普通だったんだよ。明治生まれのわたしのおばあちゃんなんて、自分ちで飼って可愛がってたニワトリを自分の手でひねって殺して今夜のおかずにしてたよ。 わたしんちの前には牧場の牛舎があって、今はやめちゃったみたいで1頭もいないけど、数年前まで1000頭近くの食肉牛がいてね、かわいい目をしてこちらを見るわけよ。こいつらの肉が焼肉屋のテーブルに並んで、それをうちらが喜んで食べてんるんだな、って思ったら急にかわいそうになったけど、こうも考えてみたのよ。人間が酪農という方法で大量に飼っているからこいつらは絶滅しないんだな、ってね。こういうと、それは人間の自分勝手な理屈だ、なんて思うかもしれんけど、お花屋さんのきれいなお花だって、公園の樹木だって同じようなものですよ。人間の都合で生きる場所を与えられてる。 あなたが普段みんなが想像しない畜産動物の実態を意識することはとっても大切なことですね。そういうことが現実を見据えるっていうことじゃないですか。 でもね、世の中を善と悪だけで二分して考えると本当のことが見えてこないよ。あなたがそう考えてるって言ってるわけじゃないけど。 なんか動物の話ばかりになってしまったけど、資本論を書いたマルクス。そのマルクス主義を主張してた大国は崩壊しちゃったよね。だからマルクス主義が間違ってるなんて短絡的なことは言えないし、むしろマルクス主義から学ぶことは大きいけど、人間がいっぱい(60億くらいらしい)住んでるこの世の中はひとつの理想的な理屈だけじゃうまくいかないのね。いろんなことをやっていみて、まずいところは直してみて、っていう感じでやってるのが現実だと思うし、まずいところも直そうとしてないのかもしれない。でもそれはたぶん、どんなに理想的に見える世の中になっても同じだと思うね。これが延々と続くのかもね。ある人にとってこれは全くの善と思うことがある人には悪なのかもしれないからね。一筋縄ではいかないのよ、簡単に。 できれば、あなたにはひとつに見えることがらを違った角度から見る習慣を身に着けてほしいですね。 たとえば戦争映画を観ていてね、残虐に人を殺していく兵隊たち、あるいは時代劇を観ていてね、正義の味方に簡単にやられる悪漢たち。そういう人にも大切な家族がいて本当はいいお父さんだったりする。 そういう想像力が大切だったりするわけですよ。 与えられた価値観とは違った角度で世の中を見る習慣が大事なわけですよ。 「畜産動物を大量殺戮する」っていう見方もあるけど、そういう悲惨なものだ、という見方だけではなくて当たり前の普通のことだ、っていう見方もたまにはしてみる必要があるよ。だって、そういう現場で働いている人といつお友達になるかわからないでしょう。そういう人たちは毎日悲惨な職場で働いているんだ、って知らない人間が決め付ける根拠はないからね。そういう職場だって自分の仕事に誇りをもっている人は大勢いるはずでしょ。自分だって他に働き口がなかったらそういうところで働かなきゃならないかもしれない、っていう可能性も考えてみることも必要かもしれない。可能性は少なくてもね。 そうやってひとつのことをいろんな視点、いろんな立場の人の視点から見たり、大雑把に見たり、細かく見たりすると、暗く見える世の中も捨てたもんじゃないって思えてくると思うんだけどなあ。
お礼
自我論を人に押し付けては上の人間になれませんよ。真実は一つです。弱肉強食。忘れたら負け組ですよ。
>バンバン殺されて肉という形 東京の品川に東京食肉市場というところがあり、そこの近くで働く私は毎朝、全国各地から車に乗せられてやってくる立派な角をもった、目のくりくりした大きな牛を毎朝のように見ながら通勤してます。はっきり言って牛ってかわいいですよ。豚の場合は2階建ての車両にギュウギュウ詰にされて乗せられてきますね。 当然、と殺されるところは見えませんが、そこの駐車場にいる牛たちは鳴いたりしています。多いときには10頭程度乗せた車が10数台、要するに1日に100頭以上解体されるわけですね。寒いときなんか、夜にないてますよ。 そこの周りには日本を代表する大企業SON○の本社などもありますが、カラスがとてもたくさんいます。 牛たちは何のために生まれてきたのか知っているのかな? でも食べてしまいますね。出来るだけ食べませんが。だってどんなものにも大体牛肉のエキスとか入ってますよ。そんなときは"頂きます"って心から言ってやること、残さず召し上がってやることしかないでしょう。もう殺されてしまっているのですから・・・。 少なくとも人間は誰かに食べられるためだけに生まれてきているわけではないだけマシだと思いますよ。 牛より人間がマシでないのは、平気で同じ人類であっても殺しあうことでしょうかね。 ただ人間なんて何をやってもむなしい存在です。それもまた仕方ないことでしょう。また牛を見ながらの出勤です。それでは。
お礼
心苦しいです。情けないです自分が。貴重なご意見忘れません。
- ma_
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私も「資本論」は、学生時代解説書と併読し読みました。 よのなかの現実は、「資本論」のような、弱肉強食の世界だとおもいます。 それはまったくの事実です。そこまでに至る分析、「唯物史観」も、 すばらしい歴史観だとおもいます。 ただ、資本論は、その現状の世界をどうしていくのかについて、「社会主義・共産主義」をしめしています。計画経済という概念もあるでしょう。 どうしていくのかについての、理論構築が不十分であるとおもいます。 資本主義社会からの脱却の手段としての、「計画経済」も、かなりムリがあるとおもいます。 体制が、資本家の力が及ばない政権となったところで、個人的な経済利益追及欲がなくなるとは思えませんし、「ひとよりいい生活がしたい」という欲もなくならないとおもいます。中国でも、窃盗などの犯罪はなくなっていませんしね。 大企業=悪 というのは、簡単ですが、だからその企業が倒産すれば、失業者は街にあふれますし、雇われているひともそれは望んでいません。 たとえば、その大企業を労働組合が自主管理しても、結局は労働幹部が汚職とか私腹をこやしたりすることにもならないとは言えません。 大学は、さまざまな学問・思想を学ぶところとしたほうが、将来有益です。 もしも、あなたが資本論の理論に魅せられて、研究者になるのは止めませんが。
お礼
ありがとうございます。私も真に同感いたしました。先輩のご意見を聞ける事がどれだけ貴重な事か。
- ceita
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私のような浅学非才の者にはあなたの高尚な思想は理解できないようです。 こちらに行かれると議論も可能ではないでしょうか? http://www.2ch.net
お礼
2ちゃんねるをはじめてみて見ましたが、、、ものすごく低次元でした。あそこはいったい、、、、
お礼
大変感銘致しました。実は友人達もあなた様の回答を読み感銘致しておりました。大変わがままな質問にお答えしていただき誠に申し訳ありませんでした。 私が思うに人間個人も社会も矛盾をはらみながら、危ないバランスに成り立っているだけです。誰もがうすうすそのことに気づきながらも個人ではどうしようもないからあえて気にしないまま生きている。だけど矛盾を突き付けられると…悩むか、それでも目をつぶるのか…。現代社会では目をつぶることが多数的な判断でしょう。もちろん、それでは問題は永久に解決されないことは確かなことではありますが。一方で、誰かやれよなんて無責任なことも思ってる。そこにもまた矛盾がある…。そして最後には悩む人も悩むだけではどうしようもないことを悟り、毎日の生活に溺れていく。そして悩む人を見ると何か言ってあげたいのだけども、結局自分は悩んだだけだから、何も言えない、というわけです。 >身にしみる思いで読ませていただきました。本当になにもいう事がありません。ありがとうございました。