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他人と違うことをしたいと言う心理を教えてください

「学ぶ」という言葉は「真似る」から来ているそうです。自分よりも優秀な人の行動を真似することが上達の基本だと考えています。 中学・高校とサッカー部だった僕は、一流選手のビデオや雑誌に掲載されている解説入りの連続写真などを見て真似をしていました。 大学受験の時も就職活動の時も、実際に成功した人の話を参考にしたり、成功した人が書いた本を参考にしました。 大学受験の時は、赤本を購入して、出題傾向に沿った勉強しました。これも成功した先輩や先生の真似だし、彼らから勧められた参考書の暗記にも努めました。 就職してからも優秀な先輩や上司の真似をしています。 空手を始めてからも、優秀な先輩の技やコンビネーションを観て真似をしていました。 写真撮影が趣味ですが、写真雑誌に載っている構図や撮り方を真似しているし、ポスターやチラシで気に入った写真があれば真似をしています。また上手い人の真似をしています。 これは僕だけじゃなくて、僕の廻りにいた人々も同じことをしていました。自分よりも優秀な人の真似をするのは当然だと思っていました。 だから「他人と違うことをしたい」という意見を聞いたときは驚きました。世の中には変わった人がいるなと思いました。 ところがその後も「他人と違うことをしたい」という人々に何人も会いました。僕には全く理解できません。 僕の行動基準は他人から褒められることです。ゴールを決めれば仲間や観客から褒められるし、受験や就職に成功すれば他人から褒められます。仕事でも成績を上げて上司や同僚から褒められたい。勿論褒められるだけじゃなくてお金や信用や人脈を得るにも+です。 それに対して、他人と違うことをして何か得することがありますか? 「他人と違うことをしたい」という人の心理を教えてください。彼らの行動基準は何なのでしょうか?

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  • saya_suke
  • ベストアンサー率40% (36/90)
回答No.7

>他人と違うことをしたいという人の心理 それは私がやらなくても誰かがやるだろうから私はやらなくていいや これは私がやった方がいいな、是非私がやりたいな、私がやらなかったら誰もやらないだろうしな …こんな感じでしょうか 実は上に書いた内容は、写真でお金を得ている友達がこないだ言ってた言葉なんです 実際の会話は、「骨董品じゃなくても使える皿はジャスコにも売ってるけど、なんで骨董品が好きなの?」と聞いたら「店にある皿を見て、これは私が使うべきだって思う物があるんだ。これは絶対私が引き取るべきだなっていう感覚。ジャスコの皿は使い勝手も良いだろうし、私が買わなくても他の誰かが買って使うよ。だから私が買ったげなくても大丈夫だと思う」という物でした 凡人の私にはとても印象強く、目からウロコな話に感じました 芸術家は普通と違うのではなく、そもそも「普通」を意識してもおらず、ただ「私はこうしたい」という単純な心理で物事を選択しており、ひたすら自分に正直に選んだ結果が少数派に当たってしまう人達なんじゃないかと思います 逆に私などは凡人でありながら「他人と同じ事などしない」ポリシーで生きております 「他人」を意識している時点で小者ですね… しかし何故かやめられないんです ただ、どれも自分なりに考えた結果最も良いと感じる選択には違いないんです 変わり者と言われながら生きておりますこの私の心の内は、短く言えば 「びっくりさせたいな」 だと思います 長いと 「普通ならああするのかなぁ、じゃぁ敢えてもっと考えよう。何か新しい試みを考え出してみんなに見せたい」 だと思います 芸術家は他人などお構いなしなのに対して、小者の行動の全ては誰かに感想を言って貰いたい一心に支配されています 浅はかですよね… しかしどうにもやめられない 「変わってるね」と言われない私など死んでいるのと同じなんです… 淋しがりやで甘えたがりだと思います 『変わってる』選択をして和を乱す事で「しょうがないね、あなたは変わってて」と、容赦してもらえる甘美に常に飢えているという事ですよね >行動基準 結果誰かがかまってくれるかどうか …という事になると思います 我ながら驚きの次元の低さです しかしやめられなそうです… 小さい頃なにか有ったのだろうかと心配になって来ました 長文すいません なんだか考えてる内に、自分の事が本当によ~くわかりました(^^;) ご質問に出会えて良かったです

patorashe
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >逆に私などは凡人でありながら「他人と同じ事などしない」ポリシーで生きております 実際の経験者からの書き込みをお待ちしていました。やはり経験者の意見は重みが違います。 >「変わってるね」と言われない私など死んでいるのと同じなんです… これがよくわからなかったのです。僕だったら「優秀だね」「よく勉強してるね」「頼りになる」と言われたいです。ただ >結果誰かがかまってくれるかどうか なるほどと思いました。 学級崩壊などの記事で、他の生徒達が大人しく勉強している授業中に、突然奇声を上げたり、教室の外に飛び出していくのは「誰かに構ってもらいたい」という合図なんですね。 そういえば暴走族も大勢の人がいる街中で走りますものね。 経験談を踏まえた説得力がある回答ありがとうございました。

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その他の回答 (13)

noname#152554
noname#152554
回答No.3

>「他人と違うことをしたい」という人の心理を教えてください。 ↑ 「我が道を行く」 そんな「生き方」ではないのでしょうか? 「芸術は、模倣から始まる」 とは、よく言われることです。 いえ、スポーツの分野でも同じでしょう。 >一流選手のビデオや雑誌に掲載されている解説入りの連続写真などを見て真似をしていました。 ↑ 質問者さんも、そうでしょう? 芸術の世界と肩肘張らずとも、スポーツや漫画(絵画)の世界でも、先ずは「憧れたモノ」、「惚れ込んだモノ」を真似して、練習して行く事からスタートする場合が多いと思います。 「模倣」から「オリジナル(我が道)」を生み出し、大成して行く者が「一流」と呼ばれる訳です。 >「他人と違うことをしたい」 このような考えの人は、模倣の段階は無しで、最初から「我が道を行く」と言う「生まれながらの天才肌タイプ」かも知れません。 「人の真似からスタートじゃなく、【独学】で作り出して行きたい」 と言う考えの人間でしょう。 理解できなくとも、有る意味「凄い連中」ですよ。 「大成すれば」。

patorashe
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 青の時代のピカソの作品から彼には優れたデッサン力があったことがわかります。生まれ故郷のスペインで2つの美術学校を出て、パリに留学もしているし、画壇の仲間達とも積極的に交流していました。 >「人の真似からスタートじゃなく、【独学】で作り出して行きたい」 さて、人の真似をしない独学とはなんでしょうか? 質問の冒頭で僕は書きました。学ぶというのは真似るが語源だと。 独学というのは、松下幸之助の伝記を読んで経営の勉強をしたり、スポーツ選手のビデオを観て真似をすることじゃないのですか? 僕がビックリした。「他人と同じことをしたくない」と発言した人々にはいくつかの共通点があって、まず能力が低いこと、そして我が儘ということです。

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  • toteccorp
  • ベストアンサー率18% (752/4134)
回答No.2

期待以上の事はしたくないのですか。 自分の考えで成功したときはうれしいですよ。 仕事で教えられていない事はどうするのですか。 1から10まで言われなくても理解してほしいです。 世の中、丸かバツだけではありません。 成功の方法も何通りもあります。 教えてくれる人はいつまでもいません。 時代も変わります。 自分で考え決断しなければいけない事は沢山ありますよ。 親しい人の意見は本音ばかりではありませんよ。 私は「他人と違うことをしたい」とはあまり思いませんが、人のいいなりになりたくはありません。 勝手なことをする社員は要りませんが、言いなりになる社員よりアイデアの出せる社員がほしいです。

patorashe
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 僕が好きな学者のアルビン・トフラーは人生を前方が見えない車に例えました。つまり後方とデーターだけで走らせなければいけないということです。 またプロの棋士は膨大なデータ(定石)の中から状況に応じて最適な次の一手を打つそうです。 すみません、回答がよくわからないのですが・・・ >仕事で教えられていない事はどうするのですか。 類型的な事例から状況に応じて最適な次の一手を考えます。 >成功の方法も何通りもあります。 はい、何通りもある自分に最適な行動を選択します。 >教えてくれる人はいつまでもいません。 これが一番判らないのですが、世の中から書籍が無くなるというのですか?自分よりも優秀な人が廻りに誰もいないという状況は想像できません。 >自分で考え決断しなければいけない事は沢山ありますよ。 それは当然ですね。それと「他人と違うことをしたいという人の心理を教えてください」という僕の質問がどう結びつくのですか? >人のいいなりになりたくはありません。 成功した人のやり方を参考にすること=人のいいなりになるということでしょうか? 例えば、中村俊輔選手や三浦淳宏選手のフリーキックをビデオで観て真似をすることは、いいなりになっているということでしょうか? 回答内容がよくわかりません。

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  • poyo3
  • ベストアンサー率30% (260/857)
回答No.1

他人と同じまたはそれをやった人がいては価値がないからです。あくまで自分だけ、自分にしかできないがあるからこそ自分のなかの自尊心を満足する事ができるのです。また違う事をやれば比較される事もないですから。 それ以外にも今あなたにそういう人がいるかはわかりませんが同じようなことをやっている人がいてその人の方がうまければやはりどこか面白くないところもあるでしょう。(その人と仲がよければいいですが大抵そういうわけにもいきません)そういった場合に逃げとして違う事をしたいと言う場合もあるでしょう。 または親が支配的で親(やそれ以外の人)の価値観を押し付けられて生きてきた人などでも自分の自主性(自律性)を守ろうとして人とは絶対同じことをしないというひともいます。 ですから単に他人と違う事といっても動機はまちまちだと思います。

patorashe
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >他人と同じまたはそれをやった人がいては価値がないからです。 この考え方が理解できないので質問しています。 昔は走り高跳びはベリーロールが普通でした。背面跳びが現れたとき嘲笑が起きたそうですが、背面跳びの選手が新記録を出すと他の選手も真似をしたので現在は背面跳びが主流となっています。 スキーのジャンプも昔は空中で手をぐるぐる回していましたが、空気抵抗を減らした方が効果的だと判ると皆が手を体の両脇にはり付けて空気抵抗を減らしています。 上手い人の真似をして金メダルを取ればお金にもなるし(CM出演や引退後の指導者就任)にもなるし価値はあると思うのです。 >自分のなかの自尊心を満足する事ができる これもわからないのですよ。成功した人の真似をしないで受験や就職に失敗したけど自尊心は満たされるということはあり得るのでしょうか? >または親が支配的で・・・・ つまり反抗期がずっと続いているということですね。

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