- 締切済み
力になりたい。
学生の時からの長年の付き合いのあった友達(女性)がいるのですが、 お互い忙しくしており、しばらく疎遠になっておりました。 少し前にたまたま連絡を取る機会があり、 久々に楽しい時間をすごしていたのですが、 何度か話をしているうちに、 長い間精神的な病気になっていたことを話してくれました。 5・6年ほど人と接したくなく、人との関係も絶って ただ普段の生活でくたくたに疲れて、無気力だったと言います。 弱音を吐くような人ではなかったので、 この言葉以上につらかったのかと思います。 今はだいぶ良くはなったという言葉は聞けましたが、 完全な回復というものはないそうで、 彼女は何も支えになるものがなかったことを悲しんでいたり 辛かったことを思い出して(冷静にことこまかく記憶しているようです) まだ痛みがぶりかえしているように見えるのです。 「きっと無駄な時間っていうのはないと思うよ」や、 「人に経験できない気持ちや理解力はすごくあると思う」などは 精一杯伝えてはいるつもりです。 彼女は聞いてもらって整理をしたいのかなとも思います。 しかし少なくとも、無かったことにしたいのかとも思うのです。 今はただ吐き出して忘れたい、といった状態なのかもしれません。 彼女はどういう気持ちなのか、 (もしかしたらこんな風かもしれないという仮定でもいいのです) 私はどういう風に受け返せばよいのか、なんて言葉をかけたらいいのか、 良い方向に向くきっかけになるようなお話しや 少しでもエネルギーがたまっていって 彼女に力になれることはありませんか。 彼女の人生を受け止めるくらいじゃないと 素人が軽い気持ちで接しないほうがいいよなどの意見は 勝手ながらナシでお願いします。
- みんなの回答 (5)
- 専門家の回答
みんなの回答
彼女はきっと喪失感で一杯なんでしょうね。 私は、今、喪失感があります。 常にではありませんが、気が付くと胸にぽっかり穴が開いた感じです。 私にはもう生家がない様に思えます。 晩年、父が生きていた頃の穏やかな家とは違って、何処かよそよそしく感じます。 暴れん坊で困る人でしたが、何だか父がいないと家は居心地が悪いのです。 父親が亡くなり、母は今は認知症になっています。 母は母ですが、でも何か以前とは違うのです。 母とは喧嘩もしたし、憎いと思ったこともあるけれど嫌いにはなれず、会えば懐かしいし、同じ人なのに…やはり何処か違うのです。 母はひょっこり昔の母に戻ったり、違う人になったり。 大切にしなくてはいけない人なのに、何処か距離を置いている自分がいます。 父が亡くなってから、なかなか鬱々とした気分が晴れません。 自分はもっと単純な人間だと思っていました。 そんなこんなでここ数年、なかなか読書が思うように出来なくなっていた私ですが、今 読んでいる本があります。 もし、彼女が本を読むことが出来るのなら、お薦めしたいのが次の本です。 『妻を帽子とまちがえた男』/ オリバー・サックス (晶文社) http://www.amazon.co.jp/%E5%A6%BB%E3%82%92%E5%B8%BD%E5%AD%90%E3%81%A8%E3%81%BE%E3%81%A1%E3%81%8C%E3%81%88%E3%81%9F%E7%94%B7-%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%BC-%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/dp/4794925220/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1234199170&sr=8-1 この話に出てくる人物は皆 実在の人物で、著者である神経学を専門とした臨床医サックス氏の患者です。 四部構成になっていて、前書きはやや読みにくいかもしれませんが、本文は読みやすく静かな感動があります。(まだ、一部の終わりまでしか読んでいませんが、ぜひお薦めしたいと…。) 書評をご紹介します。 病気について語ること、それは人間について語ることだ―。妻の頭を帽子とまちがえてかぶろうとする男。日々青春のただなかに生きる90歳のおばあさん。記憶が25年まえにぴたりと止まった船乗り。頭がオルゴールになった女性…。脳神経に障害をもち、不思議な症状があらわれる患者たち。正常な機能をこわされても、かれらは人間としてのアイデンティティをとりもどそうと生きている。心の質は少しも損なわれることがない。24人の患者たち一人一人の豊かな世界に深くふみこみ、世界の読書界に大きな衝撃をあたえた優れたメディカル・エッセイ。 ――これだけを読むと奇妙にしか思えなかったり、どれだけ不幸な人達なのかと思ったりすることでしょう。第一部のタイトルがまさに“喪失”なのです。しかし、失ってもどの患者も皆、補えるものをちゃんと持っているのです。ある音楽家は失われた視覚に変わり聴覚と歌が彼の日常の動作の助けになるのです。19歳までの記憶しか持たず、今、この時の記憶が一分しか持たない記憶喪失の男性には、共に同じ時代を生きる人は誰もいません。しかし祈りにも通じる高い精神世界が彼を支えます。自分の体の位置感覚そして自分が自分の体の持ち主であるという固有感覚を失って歩くことも笑うことも出来なくなった女性は、視覚イメージを体の中に自ら描いて体を動かすことが再び出来るようになります。そして、仕事にも復帰するのです。 読んでいる間、胸にぽっかり空いていた穴が塞がります。 本当は穴なんか開いていなかったんだと気付かされます。 嘆くばかりではなく、失うばかりではなく、皆、自分の人生をしっかりと歩んで行く様が印象的です。 でも、これはやはり好きずきですから無理にはお薦めしませんが、私は、何とはなしに読んでいると励まされるのです。 質問者さんが彼女にしてあげられることは、彼女が会いたいと言ったらいつでも会える心積もりでいることでしょうか。 現実に出来る範囲で良いと思います。 月並みなことしか言えませんが、話をちゃんと聞いてあげて、彼女が笑ったら一緒に笑い、彼女が泣いたら一緒に泣いてあげることが一番良いと思います。一緒に泣いてくれるのって結構相手は救われるのです。 小学生の時、私は局所麻酔で手術を受けたのですが、麻酔があまり利かずに生き地獄でした。痛みに耐えかね泣き叫び、鼻水と涙でドロドロになっていた私の視線の先には両手をしっかり握って一緒に泣いてくれている看護婦さんがいました。今でも忘れられません。一緒に泣いてくれる人がいることにどれだけ励まされたかを。 難しい言葉は要らないと思います。 少しばかり励ましても良いのではないかと思うんです。 でも、お説教になってしまったら良くないです。 彼女の気持ちに成り切らなくても良いから、ほんのちょっぴりでも共感することが大切なんだと思います。 質問者さんらしいやり方で良いと思います。 私ならですが、よそよそしいのは淋しくなります。
- ririnnnohitori
- ベストアンサー率18% (186/981)
#3です。 意見をするというのは難しい事なんですよ。否定する事も肯定することもできないわけですからね。ですので、灰色の事しか云えないのでその方は意見を言ってもらえていないと感じたのでしょうね。 受け止めるという表現は難しいですね。私は何もしないでただ受け止めるだけというわけではなく、言葉を選んで相手にちゃんとわかってるよと言うような感じのメッセージを伝える事ができればいいという意味で受け止めるような発言をされてはいかがでしょうかという意味でした。 むずかしいですね・・・肯定してもらいたい部分があるのかなという感じがしますので、その通りに実行するのもちょっと危険と言う感じはしますし。
- ririnnnohitori
- ベストアンサー率18% (186/981)
申し訳ないのですが、かける言葉っていうのはないんですよ。 その代わり、もともと言葉は要らないですし、ただそこにいて話を聞いているだけで十分なんです。後は相手を受け止めるような言葉をかけられてみてはいかがでしょうか??
お礼
ありがとうございます。 彼女が言うのは 「ただつらくてどうしようもないときは、 わかってくれているのかもと思える医者やカウンセラーが 必要で、いてくれなければ消えたくなっていた。 だけど、その辛い場所が自分の居場所ではないと気が付いて 出口を探そうと意識が向き始めたら その人たちは聞いてるばかりで、意見をくれなかった」と言っていました。 医者などが意見をする立場ではないのはたしかなので、 全く問題ないかとは私は思います。 ただ彼女が「現在」求めているものは、全部受け止め続けるのとは 少し違うのかなと思っています。 ご意見ありがとうございました。
- toku3de-su
- ベストアンサー率44% (46/104)
躁鬱病歴3年。鬱を4度克服したものです。 質問文、No.1様へのお礼を見ての感想ですが、認知行動療法というのはご存知ですかね?ちょうど良いと思うのですが。本来であれば、担当が一人ついて行うのですが、日本の病院でそれを受けられるのは稀です。 http://www.amazon.co.jp/%E3%80%88%E5%A2%97%E8%A3%9C%E6%94%B9%E8%A8%82-%E7%AC%AC2%E7%89%88%E3%80%89%E3%81%84%E3%82%84%E3%81%AA%E6%B0%97%E5%88%86%E3%82%88%E3%80%81%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%89%E2%80%95%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6%E3%80%8C%E6%8A%91%E3%81%86%E3%81%A4%E3%80%8D%E5%85%8B%E6%9C%8D%E6%B3%95-%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BBD-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA/dp/4791102061/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1227422972&sr=8-1 これを読めば鬱の人の思考回路が少しはわかると思います。600ページもありますが、半分は薬の説明なので読む必要はありません。文章も平易なので、鬱の友達も読みやすく、読むだけでも鬱の気持ちが和らぎます。図書館にもあると思います。 まぁ、あまり具体的な回答ではありませんね。 お礼は要りません。微妙な回答にお礼をつけるのってとても大変だと思います。(体験談) まぁ、暇があったら借りてみると良いと思います。あと、その友達に教えてあげるのも良いと思います。
お礼
ありがとございます。 物事をいろんな角度から見るという方法で 感情や意識をコントロールするということが可能だというお話は 分かる範囲で理解しているつもりでした。 しかし「認知行動療法」という言葉は知りませんでした。 理解を深めるきっかけになる本を教えて頂いて、助かります。
- s_momomo
- ベストアンサー率28% (75/267)
ただ安心したいんだと思います。 彼女は精神的にダメージを受けているのですから、精神的に救われたいと思うでしょう。 が、特に何かをしてもらいたいというわけでもないはずです。 自分の不安な気持ちや寂しい気持ち、現在の悩みや考えを話して、それを否定せずに聞いてもらえるだけで、彼女としては十分心が休まることだと思います。 もっと何かをしてあげたい、と思うかもしれませんが、親切の押し付けは精神的に一番良くありません。 「気分転換にどこか行きたい所がある?」「おいしいもの食べに行こうか?」「何かしたいことがあるなら何でも言ってね。できることなら力になりたいから。」 と、それくらいの発言や提案ならいいかもしれませんね。 ただし、彼女が乗り気でないなら、無理に計画をしたりしつこく言い寄らないでください。 遠慮とかではなくて、本当にそこまでできる気力がないということも考えられますので。時には疲れていて放っておいてほしいこともあるはずです。 ご参考になれば。
お礼
彼女から「だいぶ足場は固まったんだけど、人間不信にもなったし 今までの時間のハンデがとっても悔しい」という言葉が出たりします。 必死に過ごした時間、他の人は楽しんでいただろうと思うと 周りを恨んでしまうそうです。 (それくらい深く辛い時間が長かったんだと思います) しかし、恨んでも何もうまないのもわかっており、なんとかしたいがなにもできないといったようなことも言っています。 彼女にとって大切な時間だし、長かった分 余計に 「時間がなんとかしてくれるよ」とは言えないです。 話を聞いて「すごく長かった・・・」と彼女が言ったときに 「そうだよね」と言ったら彼女はうんと言い 「あなたが全部わかってくれているわけではないのは知っているけど、 受け止めてくれたようで気が楽になった。言葉って不思議だね」と笑って言いました。 「この前本で読んだんだけど、人生は帳尻が合うように出来ているって書いてあったよ」など言うことができれば 一時的であっても、気持ちがプラスに向いてくれるような気がするのです。 そんな風にゆっくり接していきたいのですが、 私自身の努力の方向(彼女に対してだけではなくても)や、 身の置き方(相手と同じ気持ちになりながら、第三者的に引っ張る 又は踏み台になる など) 意識の仕方(自分のことで精一杯な状態をやめて、受け入れる余裕はあるよといった笑顔で接する など) 私も本を読んで頭ではわかっているつもりなのですが、 ”こういうときはこう”という理論での対応は違うと思うのです。 具体的に行動にうつせるようなお話?方法?手法?(どんな言葉でもうまく当てはまらないのですが・・なんていうのかな) を教えてください。
補足
ありがとうございます。 変わらず友達だし、何かあったら言ってねという風には 伝えています。 メールや電話や付き合いは受け身的に行動しています。 回答を頂いたことにより、また少し自分の整理ができたので 補足をさせてもらいました。
お礼
ありがとうございます。 書いて頂いたことは、よくわかりました。 肯定も否定もせず、 「このときにこんな風になったからこんな風に思ったんだね」と 彼女が言った言葉を繰り返していってみようと思います。 彼女自身が、その思考回路から出たいと思ったときに 「だけど今だったら、 こんな風に考えてこう思えるじゃないだろうか?」などを 伝えられる時がこればいいなと思います。