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カナディアン・セブンは?
20年くらい前ですが、ロータス・スーパーセブンのレプリカで「カナディアン・セブン」というのがありました。 あれって今はどうなったんでしょうか? ご存知の方、お願いします。
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御質問いただいたので更に回答です。が・・・正直なところ、決定的な事は判りません。 >たしかトムスチューンの2T-G改2リッターEgを積んでいた >ような記憶がありますが ワタシが聞いた範囲では、『ストックのエンジン』でした。 この手のクルマを作る場合の最大の問題の一つが排ガス対策で(排ガス規制を勘案しつつエンジンをチューンするのは、それなりの開発設備とそれらを使用出来る技術者を必要とします)、その為『エンジンはそのまま使って排ガスはオッケー』とゆぅ単純な話でした。 更に、当時のエンジンチューンのレベルと規制の厳しさを考えますと、合法的なチューニングはかなり難しかったのではないかと想像されます。 ただクルマの性格上、国内で車両検査合格後にエンジンチューンを施した、とゆぅ事は十分考えられます。その類の話であれば、結構スゴいチューンが行われていた可能性もありますね。 以前1度だけ実車を見た事がありましたが・・・車体が軽いので古い2T-Gでも速いのは確かでしたが、スロットルレスポンスなどはドヨ~ンとしたモノで、チューンを受けている印象はありませんでした。 おや?と思うほどスローなステアリングギヤ比(ステアリングユニットやアップライトも量産車の流用だったかもしれません)やベロベロのサスなどとも相まって、悪く言いますと『なんかネボけたセブンだな~』とゆぅ印象でした。
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情報が古く、また単なるウワサであってウラを取ったワケではないので全く自信ナシ、ですが何方も回答してらっしゃらない様ですので御参考情報として。 カナディアン7は、外注メーカ経由でウワサをミミにした事がありまして(ワタシも一応同業者?なので、業界のウワサは部品メーカ、外注先などから結構入って来ます)、その話です。 ※トヨタの2T-Gエンジンと5速ミッション(ハチロクの前の、TE71レビン/トレノ用)を使っているところからも判る様に、カナディアン7を企画したのは日本人との事でした。 ※日本人が企画して何故カナダか?と申しますと、日本からカナダに部品を送り、カナダで組み立ててから輸出品として日本に送り返すと日本では輸入車扱いとなってナンバーが取得出来るとゆぅカラクリを利用する為だったそぅで、別にカナダでなくても香港でも台湾でも、クルマが組み立てられる工場と組立工員を日本より安く用意出来る国ならどこでもよかった様です。 ※組立工場は単なるガレージで組立スタッフも週給雇用が中心だったと聞いています。恒久的な自動車メーカではなかった様です。 ※当時は、手配された2T-Gエンジンは50機とも200機とも言われていました。 何れにしろ手配したエンジン分を組み立ててそれでおしまい、とゆぅ商売だったのではないかと想像されます。 勿論現在では2T-Gエンジンなど入手出来ませんし、会社設立のいきさつから考えますと、現在も継続して生産されている可能性はかなり低いと思われます。 ※ついでに。 カナディアン7は、クルマ自体は全く残っていませんが、例えレーシングカーまがいの手作りのクルマでも日本国内で市販車として販売する事を可能とする、意表を突いた作戦を示したと言えるでしょう。(この話を聞いた設計屋仲間の間では、『顧客一人一人の希望を反映したスーパーカーを設計してイギリス辺りで組み立てる、完全オーダーの自動車会社設立』の構想が持ち上がったり、FJ1600に灯火類とフェンダだけを装備して、史上最強のコーナリングマシンとして市販する、などとゆぅ少々乱暴な企画をブチ上げるヤカラも現れました。どれも実現はしなかった様ですが、実現出来ていたら結構面白い事になっていたかもしれません。) 現在、東京R&Dさん(京都の童夢さんと並ぶレーシングカー設計/製造の老舗です)がイギリスで製造しているスポーツカー『ヴィーマック』なども、この作戦で市販車としての販売が可能となっている様です。
お礼
ご回答ありがとうございます。 ふっと思いついて検索をかけてみたのですが、どうやらこの会社はもう無いという事しか判りませんでした。 現在でも何台かは日本に棲息しているようですね。 たしかトムスチューンの2T-G改2リッターEgを積んでいたような記憶がありますがそのへんについての情報がありましたらお教え願いませんでしょうか?
お礼
あいまいな記憶なのですが、当時の記事でトムスのカムカバーが付いていたのを見ました。 そういうことであれば撮影用にチューンドエンジンを乗せていた物かもしれませんね。 どうもありがとうございました。