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部落差別について
私は東京生まれで東京育ちの40代男性です。 先日9月13日・14日・15日の連休を利用して、家族を連れて和歌山へ世界遺産めぐりをしてまいりました。 早起きをして「熊野本宮大社」→「那智大社」「那智大滝」を見た後「熊野速玉大社」と立て続けに観光し、そして宿泊先の南紀白浜にもどるべく「熊野古道」ルートを通ろうと思い、熊野街道を下って帰りました。 その途中何度か『差別をなくそう』という看板を見かけ、中辺路あたりに差し掛かったときだったと思いますが、川の流域に何とも現代では表現しがたい(安藤広重の絵に出てくるような)スラムなたたずまいの家が数件軒を連ねていたのです。それはそれは何とも不気味で一瞥すれば誰でも「この地域には何かあるに違いない」と感じさせずには入られない雰囲気で、一体この地域で何が起きているのだろうという違和感を感ぜずにはいられませんでした。 私は高校生の頃から島崎藤村の「破壊」などを読んだり、大学の講義などでも「差別」について触れたりしましたが、何とも掴み所がなく実感がないまま「部落差別」を語っていたというのが正直なところです。おそらく関東出身の方は私のような人間は多いと思います。 ○よく「事実は小説よりも奇なり」と申しますが、一体あそこの地で何が今現在でも起きているのでしょうか? ○なんであんな人権無視の集落が世界遺産の近くにまだ歴然と存在しているのでしょうか? ○『差別をなくそう』と言う前になぜあのスラム地区を撤去して和歌山県の福祉施設や厚生施設などに保護しないのでしょうか?(ある意味では東京のホームレスの方たちのほうが自由な印象を受けてしまうのがそれはそれでまた怖い) ○あの家に住んでいる方たちは一体なんであのような雨漏りし放題、隙間風が入り放題のようなボロボロの家にすまなければならなくなったのでしょうか?あの方たちの何世代も前の先祖の方に何か起因しているのでしょうか?(例えば江戸時代の身分制度や村八分などの名残など) 正直東京に住んでいる私にとって関西圏で部落差別がまだ根深く残っているという人伝の話はよく耳にいたしますが、平成の世になってもこの日本国内でまだあのような形で存在するとは思いもよりませんでした。 あの地域に住んでいる人の意識レベルまたそこを基盤として活動している政治家や行政の資質も疑わざるを得ません。 この質問事態が部落差別を誘引するものであってはなりませんが、あまりにも人権後進地域をみて胸が詰まってしまいました。この地域に限らず現在でも起きている被差別部落の実態を良く知る方は教えていただきたいと思います。
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お礼
nebsoku さん、こんばんは。 普通にきれいな心を持ち合わせていらっしゃる方であれば、nebsoku さんのようにお感じ頂けるのだと思います。 あの場所を目撃したことで日本と言う成熟した社会のひずみがあの場所にあるのだと、最も深刻な問題をこの目で目撃してしまった、というなんとも不機嫌な出来事でした。 おそらく差別している側も、差別されている側もあの部落からは出られないのだと思います。なぜならあそこの小さな村の長い歴史の中で確固たるピラミッド社会が出来上がってしまっているからです。それを政治家がまた集票に利用するのです。だからいつまでも改善されないのです。 日本の象徴である「富士山」が世界遺産に登録されないのは、心ないハイカーが出すゴミが高いハードルになっていると聞き及びます。そう言う意味で言えば、根深い社会問題を未だ解決出来ていない熊野はまだ世界遺産に登録されるのは拙速だったのではないかとさえ思いました。