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寛容さが美徳とされている理由は?
タイトル通りになりますが、「寛容」や「相手を受け入れる」や「(思いやりを持って)相手を許す」という言葉が、良くハウツー本にありますよね。 でも、寛容さを持って相手に接したがために、結果的に自分にマイナスになる場合もあると思いました。 実際に聞いた話で言えば、 ・自治体の作業を行うため、メンバーをグループ分けした際、どこにも入れてもらえなかったトラブルメーカーを自分のチームに受け入れた。 その問題の人物とうまくやっていこうと、メンバー全員で努力したが、結局、その人物を中心にいざこざが起きてしまい、作業自体が滞り、リーダーである自分が責任を問わされた。 ・人の好き嫌いが激しい上司の下で働いていて、自分は彼に嫌われてるようだ。部署異動も可能だが、その上司とうまくやっていこうとしているため、それは考えていない。でも、同期と比べても、もう何年も出世から遠のいてしまっている。 このような話から、寛容さは必ずしも自分にプラスにならないと思うし、時には相手を切り捨てることが必要なのでは?と思うのです。 ではなぜ、寛容さが美徳とされているのでしょうか?
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noname#254711
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noname#49694
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- green3103
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- m_inoue222
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お礼
>「得」と「徳」の違いを考えればわかると思いますが。。。 確かに、寛容さが利益につながると思っていました。 寛容と損得は別物なのですね。