私の知る限り、二重スリットの実験で干渉の観測に成功したこれまでの最大の物質はC60です。この実験の論文 Olaf Nairz, Markus Arndt, and Anton Zeilinger, American Journal of Physics -- April 2003 -- Volume 71, Issue 4, pp. 319-325,"Quantum interference experiments with large molecules"に、巨視的な物質を用いた二重スリット実験の歴史、実験手順と課題、意義が分かりやすく書かれていますので、ご一読ください。
さて、チョコボールで干渉実験を行う事についての課題を考えて行きましょう。これは
1)原理的に干渉縞が出る為の条件をみたすこと
2)実際に観測できるように干渉縞を発生させる事
の2つに分けることができます。
まず、物質の干渉実験では、粒子を一つずつスリットに送り出し一々ターゲットにあたった位置を記録し、それを繰り返すことで干渉縞を得る訳ですが、この時に、それぞれの粒子が全く同じものでなければ正しい干渉実験にはなりません。全く同じとは、構成している原子の種類と数、その位置関係まで全く同じである必要があります。
電子のように内部構造を持たない粒子であればこれは簡単です。また原子の場合でも、同位体制御によりこの条件を満たす事ができます。C60も、非常に大きな分子ですが、非常に高い対称性を持つために、これを満たす事ができました。チョコボールのような結晶でもない、非常に対称性の低い物質でこれを満たすのは非常に大変ですね。
次に、粒子の飛行の際に、どちらのスリットを通ったかの痕跡を一切残してはならないという条件があります。これは、いわゆる観測による波束の収縮を避けるためです。この条件を満たすには、実験中飛行を観察してはならないのはもちろん、原理的に経路を特定できる可能性の生じる現象、例えば、粒子からの光子の放出も抑制しなければなりません。
巨視的な物質の場合、有限温度では内部に様々な振動が生じており、これらが光子を放出する確率が無視できません。これも非常に難しい課題です。
また、干渉縞がでるためには、それぞれのスリットを通る波動の位相関係が確定している必要があります。これは、レーザー光で明瞭な干渉縞がみられるのに、乱雑な自然光では干渉縞が現れにくいのと同じです。さて、これを満たす為には、まず単スリットなどをつかって位相が有る程度そろった状態をつくり、さらに実験中に位相を乱さないようにする必要があります。多体系の位相は、環境との相互作用などにより容易に乱れますので、これも難しい課題です。
さて、例え上記の課題をすべて解決したとしても、実際に干渉縞を観測するのはなかなか大変です。というのも、物質波の波長はドブロイの条件に従って、質量が大きくなるに従って、短くなるからです。二重スリットの干渉効果は、スリットによる回折効果に依存しているのですが、波長が短くなるとこの回折効果が小さくなるために、実際に干渉がおこるように十分な距離を稼がなければなりません。また、波長が短いと干渉縞の間隔が短くなりますので、それぞれの次数の干渉を識別できるようにするのも大変なことです。
ということで、チョコボール程度の大きさで干渉実験をするのは現時点ではかなり難しいと思います。
なお、蛇足ですが、こういった巨視的状態における量子力学的現象の発現というのは、近年はやりの量子コンピュータともつながるものがありますので、注目している研究者も多くなっています。そういった研究者と雑談中に、次に狙うとしたらウイルスかなあという話になったことがあります。
お礼
ありがとうございます。 >ただ厳密にいうと、たとえチョコボールでもスリットを通過する位置に存在する確率は0ではないから、途方もない時間これを行えばいつかはスリットを通過することもあるでしょう。それが複数回行われれば、段々干渉縞が形成されるというわけです。 宇宙の年齢まで待てば形成されるのでしょうか。スリットの実験では直感的には発射元は検出面に対して90度ではなくある程度ランダムな角度で発射されているようなイメージがあるのですが、、、そうだとするとボールが通る確率は格段に上がりますが、、、